昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

金の延べ棒

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「さて、始めようか。皆、よろしく頼む!」
 ヴィルさんは眉をキリリとさせて言った。
 わたしたちは「領館」と呼ばれる役所の中にいた。
 経理の人たちが仕事をしている部屋と、ドア一枚でつながっている資料室だった。かなり大がかりな作業になることがわかっていたので、経理の人たちには強制的に有休休暇を出して休んでもらっている。
「ここにある帳簿を片っ端から確認し、怪しい経費を見つけてくれ!」

 その日のお役目は、不正経理の調査だった。
 過去の帳簿を引っぱり出し、黙々とめくっては、添付されている領収書と突き合わせて内容を確認していく。
 高い税で民を苦しめていただけでも罪深いというのに、帳簿の改ざんにまで手を出している疑いがあるのだから手に負えない。

 しばらくしてヴィルさんが「皆、どうだ?」と言った。
「俺はたった今、変な不動産を転がしている証拠を見つけた。振込先の口座もわかっている。これがあれば、少なくとも一人は捕らえることができるだろう。あとは尋問して芋づる式に……という感じだが。一応、皆の進捗も聞かせてくれ」

 わたしは帳簿につけた折り目を指差した。
「不正な切手代を見つけました。こちらですわ。振込先の情報もあります」
 ヴィルさんが見つけた不正とは別の人がやっているものなので、これで容疑者は二人になる。
 二つもあれば十分だろうと思っていると、驚いたことに次々と手が上がった。
「こちらには異様なほど高額な菓子代です」とアレンさん。
「馬車代が水増しされている。隣国まで行っても余るような金額だ」とフィデルさん。
「謎の宿泊費。高すぎる」とマークさん(久々に声を聞いた。笑)
 視察に同行してくれていた財務関係の専門家二人からも、別の証拠が三つほど報告された。次々と出てくる横領の証拠に、皆開いた口がふさがらない。

「ちょっと待て、いくらなんでも多すぎだろ。どうなっているのだ、この領地は」
 ヴィルさんは呆れ果てて天井を仰いだ。
 正面から「うーん」と唸る声が聞こえると、彼は「まだあるのか?」と身を乗り出した。
 皆の視線が一斉に『四人目の副団長』へと注がれる。

 諸事情あって、第一騎士団に副団長が四人いた。
 訳ありの副団長はベッカー様といって、団長ヴィルさんよりもだいぶ年上だ。アレンさんと背格好が近く、黒髪をオールバックにした素敵なオジサマだった。

「実は、私のところは金塊が……」と、ベッカー様が言った。
「なんだって!?」
 一同衝撃を受け、思わずベッカー様の手元をのぞき込む。
 中がポケット状にくり抜かれた分厚い帳簿に、四角い『金の延べ棒』がすっぽりと収まっていた。
 驚くほど古典的な隠し方だ。まるでジョークグッズのようで笑ってしまうのだけど、それはオルランディア人の皆も同じ感覚のようだ。
「こんなものは古典劇のネタだと思っていた」
「これ、自分でくり抜いたのか?」
「まじまじ見ると馬鹿みたいですね」
 口々に言いながら皆笑っている。

「隠しているということは、所持していることがバレると都合が悪いということだ。盗んだか、奪ったも同然のように手に入れたか、もしくは賄賂……」
 ベッカー様は金の延べ棒を手に取ると、照明のほうに向けてしげしげと眺めた。そしてプッと噴き出した。
「見てくれ。究極の阿呆だ。紋章と連番があるぞ。ははははっ」
 彼が指差したところを見ると、オルランディア銀行の紋章と連番が刻印されていた。それがあると、すぐに所有者が誰か調べられるそうだ。皆、間抜けなワルモノを笑っている。

「手に入れた時点では、バレずに換金できる見込みがあったのでは?」と、アレンさんが急に真顔になって言った。
「そんなことができるのか?」と、ヴィルさんが尋ねた。
「他国へ金塊を持ち込み、溶かして作り直す。そのまま現地で現金化し、オルランディア通貨に両替して持ち帰る……。金塊洗浄と呼ばれる手法が裏社会にあります」
「しかし、そう簡単に金塊を持ち出すことはできないぞ? 国境の保安部隊は旅行者の荷物をすべて【鑑定】で調べている」
「私もずっとそう思っていました。しかし先日、別件でその【鑑定】をくぐり抜けてきたものを目にしたばかりです」
 お義父様の周りにあった呪符入りの美術品のことだ。
 ヴィルさんは大きく目を見開いた。

「手に入れたときには換金に行ける場所だった。でも、今は行けない。だから隠している。そういう可能性もありますよね」
「アレン、もっとはっきり言ってもいいぞ?」
「……近年、国境が封鎖されて旅行に行けなくなった国ではないかと思いました」
あの国・・・だな」と、ヴィルさんは項垂れた。

 彼らの口ぶりから察するに、おそらくは北の隣国なのだろう。先日、テオの調査でも国境が封鎖されていると聞いたばかりだった。

「あの国と悪事が結びつくのは、感じが悪い」と、アレンさんはメガネの位置を直した。
「王都に隣接している領地を、金に汚い貴族に貸すのはマズイよな」と、ヴィルさんは言った。
「俺はこれを機にナルヴィルの武力強化をしたい。王都に何かあったら、エルデン伯の動きを封じつつ、ここから援軍を出せるぐらいにまでしたいと思っている。叔父も当然それを期待している。だから俺にこの地を治めさせようと考えたのだ」

 再び皆の目がベッカー様へ集まった。
「それについては、まったく問題ないだろう」と、ベッカー様は言った。
「ナルヴィルの市長になる男は、そっち方面の専門家だ。世の人々に『ナルヴィルまでが実質の王都だ』と言わせしめるだろう」
 訳あり副団長ベッカー様の言葉を聞き、皆は顔を見合わせてニンマリと不敵な笑みを浮かべた。

 なぜわたしたちが監査団のようなことをしているかというと、とあるオジサマたちの悪事を暴くためだった。

 エルデン伯の取り巻きだった貴族は、領地が南北に分かれた日を境にナルヴィルを離れ、北のエルデン伯領へ逃げていった。しかし「領主補佐」を自称する男性三人が、まだナルヴィルに居座っている。エルデン伯の部下として、川より南側を管理していた人たちだ。
 彼らはヴィルさんに対して従順な態度を見せているものの、彼の下で働くために残っているわけではない。むしろヴィルさんに取り入って『ナルヴィル市長』の座を手に入れたいと企んでいる。
 三人のうちの誰かが市長になれば、実質的にエルデン伯領が失われていないも同然の状態になるからだ。
 ヴィルさんもその動きを見越して対策を練っていた。

 ナルヴィル市長はすでに決まっており、今回の視察に同行している。それが『四人目の副団長』ことウォーレン・ベッカー様だ。
 お義父様の右腕として兵部省に勤めていた方で、三人の調べが済むまで素性を隠すことになっている。もともと第一騎士団や近衛騎士団に所属していた人なので、副団長の変装はお手のものだ。護衛を装いつつヴィルさんの視察に同行していた。

 陛下の命令でエルデン伯家の調査が行われていたときから、領地経営が「搾取の状態にある」との結論は出ていた。
 領主とその取り巻きの貴族だけがぬくぬくと財産を肥やしていることは明白で、残っている三人は、コッソリ背後から石を投げられるほど民から嫌われているらしい。
 ヴィルさんは彼らが不正に得た金品を奪い返し、少しでも民に返還しようと考えているのだ。
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