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51.デート
しおりを挟む早いものであれから一年の時が流れようとしていた。
ハロルド殿下の命を狙ったブレットは罰を受け、ヴィクターの汚名も晴らされた。
あれからコーニーリアスの余罪も見直され、混乱した神殿内部の状況を落ち着かせてから改めて正当な罰を受ける事に決まった。こう言ってはなんだが、その働きのお陰で俺は無事に神子という立場を退くことができた。
未だに反対の声は上がっているが、それでも最初と比べるとそれも徐々に落ち着きを見せている。おそらくもう数年後には、神子がいない神殿の姿が当たり前になるだろう。
それから神子の立場を脱した俺は改めてこの国の一員として認められた。ハロルド殿下の手配により、神子として多くの命を救ったことを評価され一代限りの爵位を与えられた。統治する土地も持たず名前だけではあるがその分身軽だ。何よりそのお陰で、王宮で文官のような立場で働く権利を得た。
ウォルターの街の復興準備も徐々に整い始めている。大掛かりな計画のため十年単位での計画となりそうだが、これも今年中にようやく着手出来るだろうと聞いている。
全てが解決したわけでは無いが、それでも慌しかった周囲は少しずつ落ち着き始めていると言えるだろう。
何よりこの一年で一番大きな出来事は、神殿を出た後ヴィクターと同じ家に住んでいると言うことだ。
爵位を与えられた時に、王宮からほど近い場所に建てられた一軒家を与えられた。
この国の貴族にとって、使用人を複数雇い豪邸を保有することがステータスとされている。一般的な貴族の住居と比べると、その新居のサイズは異例の小ささだろう。
だけど二人で住むには十分だ。むしろ自分たち以外の人の気配がない方が過ごしやすい。その事を配慮した上でハロルド殿下はこの家を与えてくれたのだろう。
俺はその家の自室の鏡で、自らの服装を確認していた。服装は全体的に明るい色でまとめて爽やかな印象になるよう心がけた。何よりジャケットの胸元を飾るのは、一年前にヴィクターから受け取ったバイカラーのブローチだ。淡い黄色と水色二色が目に優しい。
何故今こんなにも身だしなみを確認しているかと言うと、今日が年に一度の祭りの日だからだ。
前回は襲撃を受けた所為で参加できなかったが、今日は違う。二人きりで街へ出て祭りを楽しむ約束をしている。それはもう気合が入るというものだ。
非日常の空気に街は騒めきを増し、明るい音楽や楽しげな笑い声が聞こえてくる。まだ家から出てすらいないのに、既に気分は高揚し浮き足立っていた。
「ヨウ、部屋に入っても構わないか」
廊下から不意に声を掛けられ、はっと鏡から意識を戻す。さっと手櫛で髪を整えてから扉に小走りで近付きノブを捻れば、そこにはヴィクターの姿があった。装いをダークトーンで揃えたお陰で、淡い髪色や目の色がよく映えている。黒は流石に使えなかったが、俺の髪色に可能な限り寄せた色を選んだ。
「ヴィクター、その服よく似合ってるね」
「ヨウが選んでくれたものだから。それにそちらも似合ってる」
「ふ、へへ」
「嬉しそうだ。祭りも楽しみだな」
「それもあるけど、ヴィクターの口調が嬉しくて」
俺が神子をやめた時守護騎士の制度も廃止された。守るべき対象がいないのだからそれも当然だろう。因みに神殿自体は残るので神官や神殿騎士はそのままだ。
王宮騎士に移籍する際も一悶着あったようだが、今では実力を認められ新しい同僚と共に切磋琢磨していると聞いている。
王宮騎士として自他共に認められるとヴィクターは敬語を取り払った。名前も呼び捨てだ。最初名前を呼ばれた時は気恥ずかしくてものすごく照れた。けれどようやく対等な立場になれたような気がして、それが何より嬉しかった。
「どんな屋台があるかな」
「大通りの方に行けば市民向けの屋台がたくさん並んでる。ああ、でも一通り見たら貴族街の方に移動しよう」
「そっちにも屋台があるのか?」
「ああ。祭り限定の雑貨や宝飾類の店が出ていたり、貴族向けの珍しい食べ物が出されたりする」
「どっちも楽しみだ」
「じゃあ行こうか」
そう言って差し出された手を握り返す。
騎士を続けているためその手は硬い。分厚い皮膚も胼胝も努力の結晶だ。俺はこの手に触れることが好きだった。
手を繋いだまま玄関の扉を開ければ、活気にあふれた空気が直接肌に伝わってきた。
先に市民向けの屋台を見る為、家を出た後はまずそちらへ向かう。行き交う人々は誰もが嬉しそうで、祭りだからか煌びやかな格好をしている人が多かった。
市民向けの大通りが近付くとより賑やかな声が大きくなる。似たデザインの花冠を被っている人が増えたのでそれも祭りの定番なのかもしれない。
「あっ、お兄さんたち!うちの花冠を見ていきなよ!」
道を進んでいくと予想通り花冠を売る屋台がいくつも見えてくる。鮮やかな花々に目を奪われていると店主に声を掛けられた。道行く人々へ同じように声を掛けているのだろう。
浅い木箱に花同士が重ならないよう並べられている。店主の後ろの地面には花瓶へ大量に花が生けられているので、冠が少なくなったら追加で編んでいるようだ。ヴィクターの横からずれて屋台へ近付くとふわりと花の青い香りが濃くなった。
「折角だし買って行こうか」
「そうしよう、どの色にする?」
「今年は淡い色の花が流行で・・・」
店主の声が不自然に途切れる。
花冠に向けていた顔を上げると店主と視線が交わる。彼女の目は驚きに見開かれていたが、すぐに表情を取り繕うとニコリと人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「淡い色の花が流行で、この辺りが人気だよ!」
「ではそちらを二つお願いします」
「まいどあり!」
そうして勧められた花冠を二つ購入し被れば完全にお祭りモードだ。昔夏祭りで光る腕輪を買った時の気分に似ている。
大柄なヴィクターの頭に花冠が乗せられていることがアンバランスなはずなのに、不思議と良く似合っていた。
ちらりと高い位置にある顔を見上げていると視線に気が付いたヴィクターに微笑まれた。顔を上げたことでずれた花の位置を調整され、そのまま髪を優しく撫でられる。
「ヨウの髪も最近は騒がれなくなってきた」
黒髪に黒い目。神子の証とも言えるこの色は、神殿の外へ出た当初はずいぶん騒がれた。
けれどハロルド殿下の根回しによりその騒ぎは一年も経てばずいぶんと落ち着いた。王宮や貴族街なら一人で出歩いても軽く視線を向けられる程度で、驚かれることはほとんどない。
平民街では今のような反応をされる時も多いが、それでも必要以上に騒がれることは無くなった。
それと比例するように薄い髪色への必要以上の蔑視も僅かに和らいだ。急激には難しくとも、このまま少しずつでも変わっていければ良いと思う。
「ヴィクター、次はあっちの方を見よう。おいしそうな匂いがする」
ヴィクターと繋いだ手を引き別の屋台へ向かう。袋に入れられた一口サイズの焼き菓子や串を刺したソーセージ、温かいスープなど色々な食べ物が売られている。どれも作り立てておいしそうだった。
気になるものをいくつか購入しヴィクターとシェアしながら味わう。空腹が満たされた後は雑貨を見て周ったり、広場で披露されている大道芸を楽しんだ。
一区切りつく頃にはとっくに昼を過ぎていた。
「そろそろ貴族街の方へ移動しよう。少し寄りたい所があるんだけど良いかな」
「寄りたい所?」
祭り仕様に飾られたさまざまな店を楽しみながら移動すると、目的の場所まで辿り着くまで結構な時間が経っていた。ヴィクターに案内され到着した場所は意外な事に宝飾店だった。
祭り用に増設されたテナントが並ぶ大通りから、さらに一本奥へずれた場所に小ぢんまりとした店が構えられている。
重厚感のある扉を開き中へ入れば、硝子で囲まれたカウンター内には煌びやかな宝飾品が並べられている。
「ヴィクター様、アケミツ様。ようこそおいでくださいました。お久しぶりでございます」
「えっ、あなたは!」
店の奥から現れたのは一年前神殿に祭り用の衣装を仕立てに訪れた商人だった。
襲撃に巻き込まれ怪我を負ったが、今では後遺症も無く回復してすぐに店を切り盛りしているらしい。無事だと聞いてはいたが、こうして元気そうに働いている姿を見られて安心した。
ブレットに利用されただけだとしても、結果的に彼をきっかけに神殿へ賊を招き入れる事になった。その罪として財産の一部差し押さえ、取扱商品の権利縮小などといった罰を与えられたとヴィクター経由では耳にしていた。店の規模が小さく控えな点もこの件が影響しているのだろう。
「さて、ヴィクター様。こちらが例の品です。お納めください」
「ああ、ありがとう。こちらが代金だ」
「はい。確かに頂戴いたします」
受け取った品物を懐へ仕舞い会計を済ませると、他に用事はないようでカウンターに目を向けていた所に声を掛けられる。
「ヨウ、お待たせ。何か欲しいものでもあった?」
「いや、大丈夫」
かつては神殿に品物を納めていたほどの高級店だ。ぱっと見るだけでもカウンターに並べられている品は簡単に購入を決断できる値段はしていない。
それに普段からアクセサリーを身に付けるタイプでもないし、手元にある宝飾品と言えばヴィクターから受け取ったブローチくらいだ。
商人に軽く挨拶をしてから店を出ると、既に陽が傾き始めていた。ちらほらと夕食をテラスで取り始めている貴族の姿も見受けられる。
市民向けのエリアと違いどこかしっとりとした音楽が流されており、騒がしさも落ち着いている。
道にはイルミネーションに似た小ぶりのライトが飾られており、景観に華やかさを演出していた。
「どうしようか、少し早いけど夕食にする?」
「実は店を予約してあるんだ。最近王都にできた店なんだけどそこでも構わないかな」
「いいね、楽しみだ」
屋台で結構な量を食べたが、たくさん歩いているからか割と胃には余裕があった。
ヴィクターがおすすめしてくれる店ならきっとおいしい所なのだろう。普段は王宮に通っていることもありあまり街の料理店に入る機会がない為、どんな料理があるのか楽しみだ。
ヴィクターが予約したという店に入ると、店主らしき人物に店の奥の個室へと案内された。
部屋を飾る調度品などは控えめで清潔感のある室内に好感が持てる。
大通り沿いの窓から外で演奏されている音楽が聞こえてきて雰囲気を高めていた。
なにやら高級なコース料理でも出されそうな空気だ。気合を入れて身嗜みは整えたがどこか場違いな気がしてそわそわと落ち着かない。
十分な身分を与えられ、きちんと働いている為給料だってもらっている。少し良い料理でも支払えるだけの資金はあるのだが、どうにも日本にいた時の庶民としての感覚が抜けきらなかった。
そんな内心はヴィクターにも筒抜けだったのだろう。愛しいものを見るような優しい眼差しでくすりと微笑まれた。
「最近この店は最近出店したと先程言ったけど、ここの料理は特別なんだ」
「特別?珍しい素材を使ってるとか?」
「そんなところ。ああ、ほら。運ばれてきたみたいだ」
小さいノックの後、扉が静かに開かれる。机の上に並べられていく料理を見て思わずはっと息を呑む。
艶々に炊かれた米と、味噌汁。醤油で味付けされた煮魚。他にも小鉢がいくつも並べられていく。最後には丁寧に箸置きと箸を置かれた。
整然と並べられたそれらの料理は、まごうことなき日本食だった。
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