アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】

リラックス@ピロー

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52.誓い

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「・・・どうして、だってこれ・・・」

言いたいことはあるのにうまく言葉にできない。料理に向けていた視線をのろのろとヴィクターへ向ける。
その表情は相変わらず優しげだった。

「過去の神子に関する文献を参考に、それから神殿に協力をお願いして日本食を再現したんだ。粥などは元々店によっては出しているところもあったから」

神殿。そのことでふと日記の存在を思い出す。日記の中には日本食を恋しく思う記述なども書かれていた。まして長年に渡り良くも悪くも"神子"という存在を管理してきた場所だ。
確かに神殿の協力を得られるなら再現することも可能かもしれない。

この店は神子の故郷の食べ物を提供する専門店として、この街に出店されたらしい。この国の人間にとってけして万人受けする味ではないはずだ。
それでもわざわざこうして王都に店を構えられたのは、多くの人たちのバックアップがあってこそなのだろう。

「さあ、食べよう。このハシというのはどのように持つのが正解なんだ?」
「これは、こうやって・・・っ」

震える手で出しを掴む。
フォークやスプーンでの食事に慣れても、箸の持ち方を忘れるわけがない。
涙声になるのを堪えながら箸で魚の身をほぐし一口食べると、出汁と醤油の香りがふわりと鼻に広がった。続いて米を口にする。炊き立ての甘く優しい味が広がる。

「・・・っ、ううっ、ふ、ッ」

表面張力で耐えていた涙がぼろりと頬にこぼれ落ち、机の上にいくつもの染みを作った。
けれど涙を拭う余裕も既に失っていた。ぼろぼろと涙を流し鼻を啜りながら味噌汁に手を伸ばす。
味噌も醤油もたった一年で一体どうやって再現させたのか、その辺りの事情は分からない。けれど提供された料理は、すべて故郷の味と断言できるほどのものだった。

「っず、おいしい、ッえぅ、ッ」

しっかりと味わいたいのに嗚咽が邪魔をする。
一度皿から手を放しぐちゃぐちゃな顔面を拭うが、次から次へと涙が溢れ出す。ガタリと椅子から立ち上がる音がしたかと思うと、不意にふわりとあたたかい腕に身体が包まれた。

「喜んでもらえてよかった。これから何度だって一緒にこの店に来よう」
「・・・っ、うん」

そうして涙が止まるまで、ヴィクターはずっと抱きしめてくれていた。



随分長く泣いていたように思う。
ようやく落ち着く頃には料理はだいぶ冷めてしまっていた。そばで慰めていてくれたヴィクターの料理も同様で、申し訳ないと思いながらも与えられるその優しさに救われた。
気にするなとばかりにそっと俺の頭を優しく撫でてから、ヴィクターは自席に戻り自分の食事を再開させた。

ヴィクターは箸がうまく操れなかった為、途中からナイフとフォークで食事をしていた。
その姿が少しおかしくて、ふふ、と笑えばにこりと笑い返してくれた。

涙が止まったことで今度こそしっかり味わうことができた。舌鼓を打ちながら米の一粒も残さず完食し、手を合わせる。本当に幸せな時間だった。
この国で出される一般的な食事と比べると量はそこまで多くないはずだが、何より満足感が段違いだった。



ほくほくと多幸感に満たされながら店から出ると、外は既に陽が落ち切っていた。
祭りはまだ続いているようで人通りは多い。けれど明るく賑わっていた街並みから、夜らしくしとやかな雰囲気に姿が変わっていた。
昼間の明るい音楽から一転、今は細くゆったりとした音楽が遠くから聞こえてくる。街並みを飾る灯りは色調が落とされていた。

どちらともなく手を繋ぎ帰り道を進む。
店が建てられた場所が貴族街ということもあり家までの距離はそう遠くない。その短い時間が惜しくて、非日常な街の空気を少しでも長く楽しむため歩調をゆったりとしたものに変える。

「今日は本当に楽しかった。料理もすごくおいしかったし」
「喜んでもらえてよかった。また来年も一緒に過ごそう」

さらりと与えられた未来の約束が嬉しかった。
握られた手に軽く力を込めれば、同じようにぎゅ、と握り返される。
淡い大輪の花で編まれた花冠。露店の美味しい串焼きに焼き菓子。大道芸。そして懐かしい味付けの食事。
今日一日を振り返るとそのどれもが鮮明で、楽しく素敵な記憶に満たされている。
何より全ての思い出の中には隣にヴィクターがいた。

この世界に呼ばれて、嫌な事も辛い事も沢山あった。
黒いローブの集団に囲まれ着替えさせられ、意味の分からない儀式を強要された。神子の力を使わせるため、脅す材料として目の前で無関係の人間を傷つけられた。神官に監視され過ごす日常は、日毎神経を擦り減らした。

ぴたりと足を止めヴィクターを見上げる。

「ヨウ?」

急に歩みを止めた俺にヴィクターは首を傾げる。
この世界で初めて食事を口にした時のことを忘れない。スプーンに乗った少量の米を飲み下す瞬間の、忌避感と達成感。
それら全ての記憶の先、積み重ねたものの先にヴィクターとの今がある。この世界に来て神子として過ごした一月。そして神子を止め自分の望んだ生き方が出来るようになるまで一年。長いようであっという間の時間だった。
この世界に残ることを選んでもふとした瞬間元の世界への郷愁や寂寞に襲われる時がある。それでも今では、元の世界とヴィクターを天秤に掛け揺らぐことは無くなった。

「ヴィクター、本当にありがとう」
「ヨウの故郷の味に近付けてたかな。そんなに喜んでもらえて嬉しいよ」
「料理もだけど・・・それだけじゃない。この世界で俺の名前を呼んでくれたこと、そばで支えてくれたこと、与えてくれたもの全てに感謝してる」

この世界に人として在れたのはヴィクターのおかげだ。名前を呼んでくれたから、神子ではない、明光耀として大切にしてくれたから。
正面から向き合い、高い位置にある顔を見上げる。

「来年だけじゃない。この先ずっとそばにいて、今みたいに手を繋いでいたい」

言ってからまるでプロポーズみたいだと気付く。
祭りの雰囲気に呑まれている自覚はあった。それでも今口にした本心からの言葉を照れくさいとは思わなかった。ヴィクターとこの先もずっと一緒にいること。それが俺にとって一番の幸せだ。

「・・・先に言われてしまいましたね」

動揺しているのかポツリと溢れた口調は敬語に戻っていた。ヴィクターは小さく苦笑すると、握っていた手を一度放し地面に片膝を立て跪く。

恭しく俺の左手を取ると、薬指にそっと指輪を嵌めた。つるりとしたシンプルな作りの指輪だった。

「これって・・・!」
「俺と結婚してください。あなたのことを生涯守り、そして愛すると誓います」

真剣な目に見つめられ贈られた言葉にぶわりと涙が溢れた。
先程の店で涙は全て出し切ったと思っていたが、ひっきりなしに雫が頬を流れ落ちてくる。
嬉しいという感情でこんなにも泣いたのは人生で初めてのことだった。

「結婚する・・・!俺もヴィクターのことを愛してる!」

右手で目元を拭ってから、いつもより低い位置にある頭に抱きつく。勢いよくぶつかったが、鍛えられている身体は少しの揺らぎも知らず、そのままふわりと抱き上げられた。
縦抱きの為目線が高い。バランスを取る為両肩に手を置いて下を向くと、ヴィクターは幸福に溶けたような笑みを浮かべていた。




俺を抱き上げたままヴィクターは帰路を急ぐと、家へ着いた瞬間鍵をかけることもそこそこに階段を登り出した。
ただでさえ高い目線が、階段を一段登るたびさらに高くなる。落とされるわけがないと分かっていても、見慣れない高さによる不安からヴィクターへ縋る腕に力がこもった。

「ヴィクター?ちょ、一度降ろしてくれないか」
「ええ、勿論」

そう口では言いつつも腰を抱く腕から力が抜かれることはなかった。ようやく降りることを許されたのは、ヴィクターの自室のベッドに辿り着いてからだ。

ふわ、と繊細な動作でベッドへ寝かされればこの先の展開は容易く想像できた。

「て、展開が早くない?」
「一年待った。それでも早いと思う?」

その言葉に思わず逃げようとしていた動きを止める。襲撃された夜以来、ヴィクターとは一度も身体を交えていない。
同じ家に住み、同じベッドで寝ていたが手を握り軽く唇が触れるキスをする程度だった。
お互いに忙しかったという理由もある。けれどそれだけじゃ無いことは確かだった。

ヴィクターはこの一年、俺が世界に馴染むことを待ってくれていたのだろう。
この世界で生きていく覚悟を決めたと言っても、心の奥で戸惑う部分はあった。それをヴィクターには見抜かれていたのだと思う。
それでも急かさず隣で待ってくれていた。そう思うと、ぶわりと愛しさが込み上げてくる。惜しみなく与えられる真摯な思いに応えたいと思った。

寝かされた状態のままおずおずと腕を伸ばし、覆い被さるヴィクターの首へ回す。
さして力を加えなくても意図を汲んだヴィクターは上半身を倒してくれた。
そっと互いの唇が重なる。

「・・・は、」

熱く柔らかな感触に吐息が溢れる。一度離れた後、許しを得たとばかりにヴィクターが再び唇にかぶりついた。視線で促されるまま従順に唇を開けば、するりと熱い舌が入り込んでくる。

「んん、ふ、っ」

歯列を割り奥へ進んだ舌が上顎を撫でる。ざらりとした感触に、腰の奥へ静かに熱が灯った。
歯に近い上顎部分を愛でてから、つぅと辿るような動きで舌が奥へ進む。
喉に近いつるりとした粘膜を尖らせた舌でなぞられたかと思うと、根本から舌を絡め取られじゅ、と吸われる。

「ふ、ッぁ」
「は、」

ひっきりなしに与えられる生々しい刺激にびくりと肩が跳ねる。
口付けを交わす間、視線は一度も逸らされることなく向けられていた。長い時間口内を蹂躙され、これ以上息が続かないと感じたタイミングでようやく解放される。
ヴィクターに縋っていた片手を外し、じっとりと欲を孕んだ視線から逃れるように顔を手の甲で隠す。

「・・・は、もう見過ぎだって」
「目を離すのが惜しいからつい。ああ、ほら。隠さないで」
「ッふ、」

顔を隠したことで晒された手首の血管を、なぞるように指先でくすぐられる。そのほんの些細な刺激にすら声を漏らしそうになった。
顔を隠している所為で見えないが、それでもヴィクターがくすりと笑う声は聞こえた。
どんな表情を浮かべているのか手に取るように分かる。記憶の中で何度も見てきた優しい顔で今も微笑んでいるのだろう。

手首に触れていた指が離れ、そっと薄いシャツに触れた。
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