老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ

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第九話 騎士であり友

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 ラポール伯爵との話し合いが終わったあと、私はすっかり打ちのめされていました。

 書斎を出て、部屋までどう帰ったかの記憶がないほどショックを受け、扉を開ける気力さえ湧きません。私のそばで待つランプを持った使用人へ「開けて」と伝えるだけでいいのに、それさえも思いつかないのです。

(どうして、私だったんだろう)

 立ち尽くす私の横で、どうすればいいか迷っているランプを持った使用人は、一歩下がっていました。私の邪魔をしないように、怒りを買わないように、という判断でしょうか。

 それどころではない私は、考えつづけます。

(ラポール伯爵家でさえ、世の中の憎悪に晒されることを避けるほど、この国の市民たちは貴族への態度を厳しくしている。だから、生き延びるために伯爵家の財産を実質的に世襲ではなくする……それ自体はいいの、さすがラポール伯爵の采配だわ。でも、?)

 私の唯一の疑問、唯一の不服はそこでした。

 結婚した以上、私はラポール伯爵の命令に従うべきです。

 それはいいのですが、『私でなくてはならなかった理由』はあるのでしょうか。

 ただ単に便利なところにいたから、部外者で言うことを聞く存在だから、その程度の理由だったなら——私は、どれほど己の立場を知らなかったのでしょう。

 『ラポール伯爵夫人』だから何だと言うのか。

 所詮、今の私は何もできない、何もしない、無害な人間でしかありません。もう、身分の高い若い女であるという理由だけでチヤホヤされるほど、甘い時代ではないのですから。

 私は役立たずなのに役割を与えられた、と喜ぶべきでしょうか。

 分かりません。そう思っていいのか、いけないのかさえ。

(フィーと仲良くさせようとしたのも、そのためだったのかしら。ううん、伯爵が頼む前にフィーと出会って、そのときもう私は友達ができたと思って浮かれていた。子どもっぽくて、馬鹿みたいに)

 ああ、そうか。私は唐突に、納得がいきました。

 今持つ疑問に対してではなく、私はずっとラポール伯爵によく思われたかったのです。いい子だと褒められて喜ぶような年齢でもないのに、幼稚すぎます。

 だから、私は『ラポール伯爵夫人』という道具のように扱われることや、兄の話をされて嫌なことを言われて不機嫌にさせられることを嫌がっていたのです。

(分かってしまえば下らない。うん、下らないわ)

 そのとき、背後から足音が聞こえてきました。

 使用人からランプを受け取り、下がらせるやり取りの声で、姿を見なくても誰だか分かっています。

 私の背後からランプで私を照らすは、少し躊躇したものの、声をかけてきました。

「奥様、その……も」

 私は即座に、フィーの謝罪の言葉を遮ります。

「謝らないで。私が誤解したのだから」
「しかし」

 私は振り返り、フィーへ右手を少し上げて制止しました。これ以上、お互いの恥の上塗りをしてもしょうがないのです。

 心配しているフィーの顔を見上げて、私は強がって、微笑みを返しました。

「フィー、もし私が結婚していなかったら、私が浮かれていた気持ちは恋だったかもしれない。でも、『ラポール伯爵夫人』は絶対にそうはならないわ。安心して」

 ——私は、『ラポール伯爵夫人』としてやっていくから。

 最初からそうするしかないとしても、私には今まで覚悟が足りていなかったのです。

 きちんと口にすることで、私はすっかり退路を断たれたという自覚があります。

 おそらく、フィーはそれを理解してくれたのでしょう。その場にゆっくりとしゃがみ、床に片膝を突きます。

 騎士が跪礼コーツィを捧げるのは、主人か身分の高い人々にだけです。

 今度は逆にフィーが私を見上げ、宣誓します。

「このエンアドルフェ・フィルフィリシア、これよりあなたを主君とし、忠誠を誓いましょう。騎士団の戴く名前が変わろうとも、私だけはあなたの傍に残り、お支えします」

 真面目な騎士の、真面目な誓いの言葉のはずなのに、私は素直に受け取りきれません。疑う素振りで、何とか誤魔化します。

「それも伯爵に命じられたの?」
「いいえ。ですが、短い間でも友人だった身として、もっとずっとあなたの味方でありたいのです」

 床に置かれたランプの火が揺れ、私とフィーの影をもかすかに揺らします。しかし、フィーの視線はまっすぐに、揺るがぬ決意がそこに窺えました。

 私は、ようやく素直に、心からの感謝を口にします。

「……そっか。ありがとう」

 このとき、私は初めてフィーが心許せる友達になった気がしました。

 私たちは、これからともに大きな仕事をこなさなければならない。でも、フィーとならきっとやっていけるでしょう。

 明日から、私は行動することにしました。

 『ラポール伯爵夫人』として、ラポール伯爵に任された立場として。
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