10 / 16
第十話 出発します
しおりを挟む
夏が近づき、白みを帯びてきた朝日が湖面に反射し、精緻なステンドグラスのように輝いています。
私と石橋を渡りながら、夏になればもっと眩しくなるとフィーが説明してくれました。
初めて出会った花畑を横目に、屋敷に残っていた女性用の綿ブラウスとコーデュロイスカート、一番低いヒールの靴を履き、フィーに案内されて私は騎士団の建物へと向かっています。
本部として機能している近代風建築の建物のほか、石造の棟もあれば煉瓦造りの棟もあり、どうやら造られた時代がそれぞれ違うようです。
歴史の長いラポール騎士団を味方につけるため、私は内心ビクビクしつつ赤い馬と荊の紋章の旗を掲げた本部へ、そして騎士団長との面会に挑みます。
何でもフィー曰く、「騎士団長は大柄ですが、とても優しい方です。自分を見た女性や子どもが怯えると深く傷つくので、できれば耐えてください」とのことでした。なので、私はできるだけ胸を張り、怖くない平気ですと主張していかなくてはなりません。
フィーからもらったヘアオイルのおかげでふわふわになってきた白金の髪をまとめ上げて結い、私はちょっと強くなった気分ですから、きっと大丈夫です。
私はホールに案内され、大きな背を丸めて備品の甲冑や剣の位置を直している人物——あれが騎士団長ですとフィーに耳打ちされました——へ声をかけました。
「お忙しい中失礼するわ、アルビナと申します」
声をかけられた人物は、熊のようにのそりと立ち上がります。
私やフィーよりもずっと背の高い、偉丈夫と形容して差し支えないほどの壮年の大男が、あっという間に穏やかな表情で挨拶してくれました。
「お待ちしておりました。ラポール騎士団の長を務めるイドルラドルと申します。ラドルとお呼びください」
騎士団長はラポール伯爵領の出身でしょう、やっぱり例に漏れず変な長い名前です。
首が痛くなるほど見上げなければならず、私は思わずつぶやきます。
「大きい……」
「はい、ラドル騎士団長は声も大きくて威圧感がすごいですよ」
「そうなんだ」
「小声で話せということか」
「では、さっそく話に入りましょう」
ラドル騎士団長にさらっと忠告して、フィーはホールの端にあるテーブルセットへ向かっていきました。どうやら、二人は気の知れた仲のようです。
椅子に座り、改めてラドル騎士団長は友好的に話を切り出してくれました。
「えー、こほん。話を進めますと、ラポール伯爵閣下から概ね伺っております。しかし、騎士団がこれから何をして、どう稼いでいくかはアルビナ様に委ねるとのこと」
そう、そこばかりは私が舵取りをしなくてはなりません。騎士団が勝手に働くとなるとラポール伯爵家から離脱するということになりかねず、これから先私はフィーを手元に置いておくこともできません。
なので、私は正直にラドル騎士団長へ現場を打ち明け、協力を依頼しました。
「今はまだ、どうすればいいか分からない。もし何か案があれば教えてちょうだい、私も頑張って考えるから。それと、しばらくフィーを借りたいの。秘書が必要だから、いいかしら?」
「承知しました。フィーは事務能力にも長けておりますし、要人警護もお手のものです。必ずお役に立つでしょう」
これには、フィーが大きく頷きました。ラドル騎士団長の許可があれば、安心して私はフィーを連れ回せます。一応、私の身分は『ラポール伯爵夫人』ですから、従者をつけずにうろうろするのは外聞によろしくないため、フィーが一緒ならば護衛の騎士がついている、という名分が立つのです。
つまり、これから私ははありとあらゆる場所を巡っていかなくてはなりません。伯爵から任されたすべての現場を知り、状況を把握し、活用や改善策を見つけ出すこと、それが私のお仕事なのです。
もちろん、それは簡単なことではありません。
「あちこちを回ってこの土地の状況を確認しないと。私は知らないことだらけで新参者だから、簡単に受け入れてもらえるとは思わないわ。それでも、動かないことには始まらない」
ラドル騎士団長は何度も頷き、私の意欲を買ってくれました。
「それならばフィーはなおのこと役立つでしょう。フィルフィリシア家は騎士の名家、フィーも市民に顔は売れておりますので……マスコット的な意味で」
「違います、違いたくありませんが、違います」
「あー、顔がいいから……」
「腹が立つでしょう? 私など声を張るたび虎か何かかと恐れられているのに」
「そちらのほうがよほどマスコットでしょうに」
「やかましい、使えるものは何でも使ってこい」
小声で叫ぶようにして、ラドル騎士団長はフィーを脅かすふりで戯れていました。フィーもまた言い合い、笑い合えるくらいにはいい間柄です。
さて、ラドル騎士団長の協力を取り付けたことですし、私はフィーを連れて出かけることにしました。
騎士団の厩舎から馬を二頭借り、フィーと一緒に屋敷から出発です。
目指すは——この土地のすべてを知ること、です。
私と石橋を渡りながら、夏になればもっと眩しくなるとフィーが説明してくれました。
初めて出会った花畑を横目に、屋敷に残っていた女性用の綿ブラウスとコーデュロイスカート、一番低いヒールの靴を履き、フィーに案内されて私は騎士団の建物へと向かっています。
本部として機能している近代風建築の建物のほか、石造の棟もあれば煉瓦造りの棟もあり、どうやら造られた時代がそれぞれ違うようです。
歴史の長いラポール騎士団を味方につけるため、私は内心ビクビクしつつ赤い馬と荊の紋章の旗を掲げた本部へ、そして騎士団長との面会に挑みます。
何でもフィー曰く、「騎士団長は大柄ですが、とても優しい方です。自分を見た女性や子どもが怯えると深く傷つくので、できれば耐えてください」とのことでした。なので、私はできるだけ胸を張り、怖くない平気ですと主張していかなくてはなりません。
フィーからもらったヘアオイルのおかげでふわふわになってきた白金の髪をまとめ上げて結い、私はちょっと強くなった気分ですから、きっと大丈夫です。
私はホールに案内され、大きな背を丸めて備品の甲冑や剣の位置を直している人物——あれが騎士団長ですとフィーに耳打ちされました——へ声をかけました。
「お忙しい中失礼するわ、アルビナと申します」
声をかけられた人物は、熊のようにのそりと立ち上がります。
私やフィーよりもずっと背の高い、偉丈夫と形容して差し支えないほどの壮年の大男が、あっという間に穏やかな表情で挨拶してくれました。
「お待ちしておりました。ラポール騎士団の長を務めるイドルラドルと申します。ラドルとお呼びください」
騎士団長はラポール伯爵領の出身でしょう、やっぱり例に漏れず変な長い名前です。
首が痛くなるほど見上げなければならず、私は思わずつぶやきます。
「大きい……」
「はい、ラドル騎士団長は声も大きくて威圧感がすごいですよ」
「そうなんだ」
「小声で話せということか」
「では、さっそく話に入りましょう」
ラドル騎士団長にさらっと忠告して、フィーはホールの端にあるテーブルセットへ向かっていきました。どうやら、二人は気の知れた仲のようです。
椅子に座り、改めてラドル騎士団長は友好的に話を切り出してくれました。
「えー、こほん。話を進めますと、ラポール伯爵閣下から概ね伺っております。しかし、騎士団がこれから何をして、どう稼いでいくかはアルビナ様に委ねるとのこと」
そう、そこばかりは私が舵取りをしなくてはなりません。騎士団が勝手に働くとなるとラポール伯爵家から離脱するということになりかねず、これから先私はフィーを手元に置いておくこともできません。
なので、私は正直にラドル騎士団長へ現場を打ち明け、協力を依頼しました。
「今はまだ、どうすればいいか分からない。もし何か案があれば教えてちょうだい、私も頑張って考えるから。それと、しばらくフィーを借りたいの。秘書が必要だから、いいかしら?」
「承知しました。フィーは事務能力にも長けておりますし、要人警護もお手のものです。必ずお役に立つでしょう」
これには、フィーが大きく頷きました。ラドル騎士団長の許可があれば、安心して私はフィーを連れ回せます。一応、私の身分は『ラポール伯爵夫人』ですから、従者をつけずにうろうろするのは外聞によろしくないため、フィーが一緒ならば護衛の騎士がついている、という名分が立つのです。
つまり、これから私ははありとあらゆる場所を巡っていかなくてはなりません。伯爵から任されたすべての現場を知り、状況を把握し、活用や改善策を見つけ出すこと、それが私のお仕事なのです。
もちろん、それは簡単なことではありません。
「あちこちを回ってこの土地の状況を確認しないと。私は知らないことだらけで新参者だから、簡単に受け入れてもらえるとは思わないわ。それでも、動かないことには始まらない」
ラドル騎士団長は何度も頷き、私の意欲を買ってくれました。
「それならばフィーはなおのこと役立つでしょう。フィルフィリシア家は騎士の名家、フィーも市民に顔は売れておりますので……マスコット的な意味で」
「違います、違いたくありませんが、違います」
「あー、顔がいいから……」
「腹が立つでしょう? 私など声を張るたび虎か何かかと恐れられているのに」
「そちらのほうがよほどマスコットでしょうに」
「やかましい、使えるものは何でも使ってこい」
小声で叫ぶようにして、ラドル騎士団長はフィーを脅かすふりで戯れていました。フィーもまた言い合い、笑い合えるくらいにはいい間柄です。
さて、ラドル騎士団長の協力を取り付けたことですし、私はフィーを連れて出かけることにしました。
騎士団の厩舎から馬を二頭借り、フィーと一緒に屋敷から出発です。
目指すは——この土地のすべてを知ること、です。
102
あなたにおすすめの小説
【完結】「お前を愛することはない」と言われましたが借金返済の為にクズな旦那様に嫁ぎました
華抹茶
恋愛
度重なる不運により領地が大打撃を受け、復興するも被害が大きすぎて家は多額の借金を作ってしまい没落寸前まで追い込まれた。そんな時その借金を肩代わりするために申し込まれた縁談を受けることに。
「私はお前を愛することはない。これは契約結婚だ」
「…かしこまりました」
初めての顔合わせの日、開口一番そう言われて私はニコラーク伯爵家へと嫁ぐことになった。
そしてわずか1週間後、結婚式なんて挙げることもなく籍だけを入れて、私―アメリア・リンジーは身一つで伯爵家へと移った。
※なろうさんでも公開しています。
『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!
三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!
妹のために愛の無い結婚をすることになりました
バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」
愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。
婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。
私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。
落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。
思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。
呪いのせいで太ったら離婚宣告されました!どうしましょう!
ルーシャオ
恋愛
若きグレーゼ侯爵ベレンガリオが半年間の遠征から帰ると、愛するグレーゼ侯爵夫人ジョヴァンナがまるまると太って出迎え、あまりの出来事にベレンガリオは「お前とは離婚する」と言い放ちました。
しかし、ジョヴァンナが太ったのはあくまでベレンガリオへ向けられた『呪い』を代わりに受けた影響であり、決して不摂生ではない……と弁解しようとしますが、ベレンガリオは呪いを信じていません。それもそのはず、おとぎ話に出てくるような魔法や呪いは、とっくの昔に失われてしまっているからです。
仕方なく、ジョヴァンナは痩せようとしますが——。
愛している妻がいつの間にか二倍の体重になる程太ったための離婚の危機、グレーゼ侯爵家はどうなってしまうのか。
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました
鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」
その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。
努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。
だが彼女は、嘆かなかった。
なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。
行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、
“冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。
条件はただ一つ――白い結婚。
感情を交えない、合理的な契約。
それが最善のはずだった。
しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、
彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。
気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、
誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。
一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、
エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。
婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。
完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。
これは、復讐ではなく、
選ばれ続ける未来を手に入れた物語。
---
私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います
織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。
目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。
まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。
再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。
――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。
限られた6年の中で、セレノアは動き出す。
愛する家族を守るため、未来を変えるために。
そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。
「遺言」で結ばれた結婚~忌子である『赤い瞳』の少女は、旦那様に愛されて幸せになる~
八重
恋愛
アネットは、由緒あるバルテル伯爵家の血を引きながらも、平民として暮らしていた。
『赤い瞳を持つ者は、災いをもたらす』
そう伯爵家で信じられていたために、
赤い瞳を持つアネットは忌み嫌われる存在だったのだ。
その容姿から、18年前、生まれたばかりのアネットは母親の手によって死産と偽られ、ひっそりと実家に預けられた。
決して裕福ではないが、得意な文字を書くことを生かし、文字を教える仕事で家を支え、穏やかに暮らしていたアネット。
しかし、突然彼女のもとに結婚話が舞い込む。
相手は若くして当主となったジルベール・オランジュ公爵。
「母の遺言で君を妻にすることとした」
それは政略結婚だった。
しかし、結婚の支度金で育ての親に孝行できると考えたアネットは、ジルベールの妻となる事を承諾する。
そんな二人の距離が近づくなかで、バルテル伯爵がアネットが生きているのでは?と感づき……!?
平民として生きた少女が、ある「遺言」によって幸せを掴むシンデレラストーリー。
※他サイトでも公開しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる