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第一話
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「まさか、聖女アリシアの姉が、『灰色女』だとは。まったく、魔法の才能は遺伝ではないとはいえ、聖女の汚点となりかねない」
隣にいる私の父、オールヴァン公爵が吐き捨てるように言い放つ。
今、大聖堂の壇上で私の妹のアリシアが聖女の証である『癒しの魔法』を使って怪我人を治し、その力を存分に周知しているところだ。
アリシアの黄金に輝く長い髪からは眩い光が溢れ、聖女の大いなる威光をより一層人々の心に刻んでいる。
この就任式を経て、アリシアは名実ともに聖女の称号を得て、この国一番の栄誉と特権を享受することになる。大聖堂のトップとなり、次期国王の王子との婚約を進めていくことになるだろう。
一方で、父から私へ向けての悪口『灰色女』とは、この国では『魔力のない出来損ない』という意味で使われる。
平民でも何かしらの魔法を使えるこの国では、より魔力が大きく、より効果のある魔法を使える者こそが偉い。万人がその恩恵にあやかれる『癒しの魔法』を使える聖女などはその典型で、王家も代々魔法そのものではなく魔力の大きい家系であることが知られている。
しかし、生まれつき灰色の髪の私は、魔力自体がない。
当然私は魔法も使えず、魔法の才能はともかく魔力は遺伝要素が大きいため、魔力のない私を欲しがる家は存在しない。十八を超えてまだ婚約の一つもまとまらない公爵家令嬢を、世間の人々はただただ悪様に罵る。
「『灰色女』はどうしようもない」
「妹は聖女なのに姉は『灰色女』だなんて」
「神様の思し召しだろう。『灰色女』は聖女と血の繋がりがあるかどうかさえ怪しい」
私は悪口を言われようとも、黙っているしかなかった。
今日、大聖堂に入れたのも、私が聖女の姉だから。妹の晴れ舞台の聖女就任式を見るのは家族にとって大変な名誉であり、オールヴァン公爵家の家名にこれ以上ない箔が付く。
だとしても、私には関係がない。
だって私は『灰色女』だ。魔力自体がないのだから、魔法も使えず、火打ち石ほどの価値もない。灰色の髪は本当に地味で、映えない。
街に出れば子どもが白髪の老婆とわざと間違えてからかってくるし、同じ貴族の間でも嫌味の的になるだけだから、私はオールヴァン公爵邸からほとんど出ることもないまま生きてきた。
聖女アリシアの姉なのだから、妹のために大聖堂へ——その役目はもう果たした。
父のオールヴァン公爵も、私を手で追い払う。
「ほら、お前はさっさと帰れ」
「分かりました」
私は淡々と、父の命令に従う。大聖堂の表通りを避けて、裏口から用意された小さな馬車に乗って屋敷に帰るだけだ。
もし私が聖女の就任式を欠席すれば、噂が立っただろう。聖女の妹をやっかむ『灰色女』の姉、なんてゴシップが出回ることくらい予想済みだ。
私はアリシアが『癒しの魔法』を使って聖女の力を証明する光景を目撃し、拍手まで送った。社交辞令だとしても、ちゃんと姉としての役目は果たしたのだ。これで誰も文句は言えまい。
このあと、新たな聖女を讃える宮廷楽団の演奏や真夜中まで続く晩餐会まで就任式は続くが、当然私は参加できなかった。そんなところに行けば、灰色の髪はいやでも目立ってしまう。
馬車の中で、私はため息を吐く。
灰色の髪は、お手入れを欠かしていないのだから年相応に艶やかだ。だが、色が悪くてはどうしようもない。妹アリシアと同じ明るい青色の瞳も、灰色の髪に隠れて姉妹共通の特徴だと思われたことは一度たりともなかった。
(そういえば、魔法のない国へ私を嫁がせるという話があったわね。遥か遠く、海を越えた先の外国……言葉さえ通じないところなら、誰も『灰色女』だなんて言わないかしら)
果たしてそれは、流刑と何が違うのだろうか。
私は自嘲気味に笑い、うつむくしかない。
小さいころから『癒しの魔法』を使えたアリシアは、誰でも分け隔てなく治療していた。魔力量の大きさに加え、聖女になるのだと周囲がもてはやしつづけたから、本人も本気でそれが自分の使命だと信じていた。
ある日、私とアリシアが屋敷のテラスで刺繍をしていたとき、私は不注意で針で指先を傷つけてしまったことがある。
「あ、痛っ……」
右手の人差し指の先に、血がぷくっと出てきていた。
それを見て、目の前で同じく刺繍に励んでいたアリシアは、こう言った。
「あらお姉様、ドジね」
「……面目ないわ」
「残念ながら、私の魔法は魔力のない人には効かないの。誰か、ガーゼと薬を持ってきてちょうだい。お姉様の手当てをしてあげて」
慌ただしくメイドが手当の支度をする横で、私は妹の嘘を黙って見過ごすしかなかった。
私に魔力があろうとなかろうと、アリシアの魔力によって発動する『癒しの魔法』が効かないわけがない。ただ単に、アリシアに私を治す気がない、というだけの話だ。
ことあるごとに、私はアリシアからさりげない嫌味を言われ、ときには露骨に避けられることもあった。
しかし、それは私が『灰色女』だから。
もし私が男性だったらそう呼ばれなかった。なぜなら、男性は一般的に女性よりも魔力が小さく、魔法の出来云々で評価されることは少ない。
一方で、女性は魔力を持っていることが当たり前、家事育児で魔法を活用することはおろか、それぞれ貴族の家門がノウハウを持つ魔法を受け継ぐことで養子縁組や嫁入りが決まることも珍しくない。
我がオールヴァン公爵家も『癒しの魔法』については一家言あり、過去には何人も聖女を輩出している。アリシアが聖女になることは当然のように受け入れられ、『灰色女』の私が役立たずであることも受け入れられているのだ。
同じ父母から生まれたのに、こうも差があると、もはや私は悲しみ疲れてしまった。
この国に居場所がない私は、さっさとどこか遠くの外国へ嫁ぐしか生きる道はない。
馬車の窓の外には、ポプラの街路樹が並ぶ。通りはお祭り騒ぎ一色で、いくつか屋台も出ていた。子どもから大人まで、聖女アリシアの就任を祝い、魔法を込めて作られた花火があちこちの中空に模様を描く。
その中で私は、ふと、気になるものを見つけた。
隣にいる私の父、オールヴァン公爵が吐き捨てるように言い放つ。
今、大聖堂の壇上で私の妹のアリシアが聖女の証である『癒しの魔法』を使って怪我人を治し、その力を存分に周知しているところだ。
アリシアの黄金に輝く長い髪からは眩い光が溢れ、聖女の大いなる威光をより一層人々の心に刻んでいる。
この就任式を経て、アリシアは名実ともに聖女の称号を得て、この国一番の栄誉と特権を享受することになる。大聖堂のトップとなり、次期国王の王子との婚約を進めていくことになるだろう。
一方で、父から私へ向けての悪口『灰色女』とは、この国では『魔力のない出来損ない』という意味で使われる。
平民でも何かしらの魔法を使えるこの国では、より魔力が大きく、より効果のある魔法を使える者こそが偉い。万人がその恩恵にあやかれる『癒しの魔法』を使える聖女などはその典型で、王家も代々魔法そのものではなく魔力の大きい家系であることが知られている。
しかし、生まれつき灰色の髪の私は、魔力自体がない。
当然私は魔法も使えず、魔法の才能はともかく魔力は遺伝要素が大きいため、魔力のない私を欲しがる家は存在しない。十八を超えてまだ婚約の一つもまとまらない公爵家令嬢を、世間の人々はただただ悪様に罵る。
「『灰色女』はどうしようもない」
「妹は聖女なのに姉は『灰色女』だなんて」
「神様の思し召しだろう。『灰色女』は聖女と血の繋がりがあるかどうかさえ怪しい」
私は悪口を言われようとも、黙っているしかなかった。
今日、大聖堂に入れたのも、私が聖女の姉だから。妹の晴れ舞台の聖女就任式を見るのは家族にとって大変な名誉であり、オールヴァン公爵家の家名にこれ以上ない箔が付く。
だとしても、私には関係がない。
だって私は『灰色女』だ。魔力自体がないのだから、魔法も使えず、火打ち石ほどの価値もない。灰色の髪は本当に地味で、映えない。
街に出れば子どもが白髪の老婆とわざと間違えてからかってくるし、同じ貴族の間でも嫌味の的になるだけだから、私はオールヴァン公爵邸からほとんど出ることもないまま生きてきた。
聖女アリシアの姉なのだから、妹のために大聖堂へ——その役目はもう果たした。
父のオールヴァン公爵も、私を手で追い払う。
「ほら、お前はさっさと帰れ」
「分かりました」
私は淡々と、父の命令に従う。大聖堂の表通りを避けて、裏口から用意された小さな馬車に乗って屋敷に帰るだけだ。
もし私が聖女の就任式を欠席すれば、噂が立っただろう。聖女の妹をやっかむ『灰色女』の姉、なんてゴシップが出回ることくらい予想済みだ。
私はアリシアが『癒しの魔法』を使って聖女の力を証明する光景を目撃し、拍手まで送った。社交辞令だとしても、ちゃんと姉としての役目は果たしたのだ。これで誰も文句は言えまい。
このあと、新たな聖女を讃える宮廷楽団の演奏や真夜中まで続く晩餐会まで就任式は続くが、当然私は参加できなかった。そんなところに行けば、灰色の髪はいやでも目立ってしまう。
馬車の中で、私はため息を吐く。
灰色の髪は、お手入れを欠かしていないのだから年相応に艶やかだ。だが、色が悪くてはどうしようもない。妹アリシアと同じ明るい青色の瞳も、灰色の髪に隠れて姉妹共通の特徴だと思われたことは一度たりともなかった。
(そういえば、魔法のない国へ私を嫁がせるという話があったわね。遥か遠く、海を越えた先の外国……言葉さえ通じないところなら、誰も『灰色女』だなんて言わないかしら)
果たしてそれは、流刑と何が違うのだろうか。
私は自嘲気味に笑い、うつむくしかない。
小さいころから『癒しの魔法』を使えたアリシアは、誰でも分け隔てなく治療していた。魔力量の大きさに加え、聖女になるのだと周囲がもてはやしつづけたから、本人も本気でそれが自分の使命だと信じていた。
ある日、私とアリシアが屋敷のテラスで刺繍をしていたとき、私は不注意で針で指先を傷つけてしまったことがある。
「あ、痛っ……」
右手の人差し指の先に、血がぷくっと出てきていた。
それを見て、目の前で同じく刺繍に励んでいたアリシアは、こう言った。
「あらお姉様、ドジね」
「……面目ないわ」
「残念ながら、私の魔法は魔力のない人には効かないの。誰か、ガーゼと薬を持ってきてちょうだい。お姉様の手当てをしてあげて」
慌ただしくメイドが手当の支度をする横で、私は妹の嘘を黙って見過ごすしかなかった。
私に魔力があろうとなかろうと、アリシアの魔力によって発動する『癒しの魔法』が効かないわけがない。ただ単に、アリシアに私を治す気がない、というだけの話だ。
ことあるごとに、私はアリシアからさりげない嫌味を言われ、ときには露骨に避けられることもあった。
しかし、それは私が『灰色女』だから。
もし私が男性だったらそう呼ばれなかった。なぜなら、男性は一般的に女性よりも魔力が小さく、魔法の出来云々で評価されることは少ない。
一方で、女性は魔力を持っていることが当たり前、家事育児で魔法を活用することはおろか、それぞれ貴族の家門がノウハウを持つ魔法を受け継ぐことで養子縁組や嫁入りが決まることも珍しくない。
我がオールヴァン公爵家も『癒しの魔法』については一家言あり、過去には何人も聖女を輩出している。アリシアが聖女になることは当然のように受け入れられ、『灰色女』の私が役立たずであることも受け入れられているのだ。
同じ父母から生まれたのに、こうも差があると、もはや私は悲しみ疲れてしまった。
この国に居場所がない私は、さっさとどこか遠くの外国へ嫁ぐしか生きる道はない。
馬車の窓の外には、ポプラの街路樹が並ぶ。通りはお祭り騒ぎ一色で、いくつか屋台も出ていた。子どもから大人まで、聖女アリシアの就任を祝い、魔法を込めて作られた花火があちこちの中空に模様を描く。
その中で私は、ふと、気になるものを見つけた。
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