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第二話
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「馬車を止めてちょうだい」
御者に命じると、すぐに馬車は速度を落とし、ゆっくりと止まる。
私はドアを開け、通りの路地に老婆が座り込んでいるのを確認すると、外出用の真新しいデイドレスの裾を持ち上げながら近づく。
お祝いムードで騒がしい通りから入り込んだ路地は、驚くほど静かだった。誰もが家から出ているせいもあるだろうが、入り込めば通りの音が一切聞こえてこない。ひょっとすると何らかの魔法が作用しているかもしれないが、具体的なことまでは私には分からなかった。
とにかく、私は座り込んだ老婆の前へやってきて、膝を折って声をかけた。
「大丈夫ですか?」
身なりが悪い、というわけではない。老婆はそれなりに身綺麗な衣服をまとい、羊毛のローブは使い込まれているが暖かそうだ。後頭部でまとめられた白髪が乱れているということもなく、イヤリングやネックレスといったアクセサリ類は金で統一されていた。
老婆が頭を上げると、ひどく憔悴した青白い顔色をしていた。
「ああ……すまないね、お嬢さん」
「家に送りましょうか?」
「大丈夫だよ。家はないんだ」
「そう、ですか」
何かできることは、と私が考えていたところ、老婆は先ほどの私と同じように、自嘲気味に嘆息していた。
「ここに戻ってきたのは、いい加減何か変わっているかと思ったからなんだ。でも、何も変わっていなかった。がっかりだよ」
「……あなたは、この国の出身なのですか? どこかへ行かれて?」
「そう、お嬢さんと同じ『灰色女』だよ」
「まあ」
これには、私も驚く。
老婆の白髪は、よく見ると灰色がかっている。近くで見ればそれははっきりして、その独特の色合いを『灰色女』である私が間違えることはない。
生まれて初めて同類を見つけて、私は少しだけ浮き足立った。同じ境遇の女性というだけで、私は家族にも似た親愛の気持ちが湧くのを抑えきれない。
すると、老婆は私へ左手を差し出した。
「これも運命というものか。神の思し召しかもしれないね。お嬢さん、右手を貸しておくれ」
私は言われるがままに、右手を老婆へと向けた。
引っ張り上げるのかと思いきや、老婆は私の手を握り、神妙に語り聞かせる。
「いいかい。私は、生涯をかけてやっと気付いた。私は……私たち『灰色女』は、魔法が使えないんじゃない。今から、私たちが無能でなくなる技を伝えるから、お嬢さんはしっかりと役立てて、自分の運命を変えておくれ——『万物は灰より生ずべし』」
パチンッ!
どこかで何かが弾けた。
私の頭の中でだけ響いた音のようにも聞こえたし、足元の石畳がひび割れた音のようにも思えた。
老婆はいつの間にか私の手を離し、私を追い払おうとする。
「さあ、もう行きなさい。私は少し休んだら、この国を出るからね」
「お婆様、今、何をなさったの?」
「一晩寝たら、分かるさ。きっと、お嬢さんの世界はガラリと変わる」
「そんなことが?」
「お嬢さんがどう生きるかまでは、私は関われない。あとは、お嬢さん次第だよ」
早く行け、とばかりに老婆は手を払うように振り、私を急かす。
私は、戸惑いつつも、言われたとおりにするしかなかった。
「よく、分からないけれど……私のためにしてくれたのね。ありがとう、お婆様。私と同じひと。お元気で」
「ああ、お嬢さんも元気でね」
私がそれ以上、老婆に何かを言うことも、することもできないと分かっていた。
仕方なく、私は通りに戻り、馬をなだめていた御者に「出してちょうだい」と命じる。
御者は文句の一つも言わなかった。『灰色女』の私のやることなど興味はない、どうでもいい、というふうだ。
私を乗せた馬車は、オールヴァン公爵邸へと再び進みはじめた。
御者に命じると、すぐに馬車は速度を落とし、ゆっくりと止まる。
私はドアを開け、通りの路地に老婆が座り込んでいるのを確認すると、外出用の真新しいデイドレスの裾を持ち上げながら近づく。
お祝いムードで騒がしい通りから入り込んだ路地は、驚くほど静かだった。誰もが家から出ているせいもあるだろうが、入り込めば通りの音が一切聞こえてこない。ひょっとすると何らかの魔法が作用しているかもしれないが、具体的なことまでは私には分からなかった。
とにかく、私は座り込んだ老婆の前へやってきて、膝を折って声をかけた。
「大丈夫ですか?」
身なりが悪い、というわけではない。老婆はそれなりに身綺麗な衣服をまとい、羊毛のローブは使い込まれているが暖かそうだ。後頭部でまとめられた白髪が乱れているということもなく、イヤリングやネックレスといったアクセサリ類は金で統一されていた。
老婆が頭を上げると、ひどく憔悴した青白い顔色をしていた。
「ああ……すまないね、お嬢さん」
「家に送りましょうか?」
「大丈夫だよ。家はないんだ」
「そう、ですか」
何かできることは、と私が考えていたところ、老婆は先ほどの私と同じように、自嘲気味に嘆息していた。
「ここに戻ってきたのは、いい加減何か変わっているかと思ったからなんだ。でも、何も変わっていなかった。がっかりだよ」
「……あなたは、この国の出身なのですか? どこかへ行かれて?」
「そう、お嬢さんと同じ『灰色女』だよ」
「まあ」
これには、私も驚く。
老婆の白髪は、よく見ると灰色がかっている。近くで見ればそれははっきりして、その独特の色合いを『灰色女』である私が間違えることはない。
生まれて初めて同類を見つけて、私は少しだけ浮き足立った。同じ境遇の女性というだけで、私は家族にも似た親愛の気持ちが湧くのを抑えきれない。
すると、老婆は私へ左手を差し出した。
「これも運命というものか。神の思し召しかもしれないね。お嬢さん、右手を貸しておくれ」
私は言われるがままに、右手を老婆へと向けた。
引っ張り上げるのかと思いきや、老婆は私の手を握り、神妙に語り聞かせる。
「いいかい。私は、生涯をかけてやっと気付いた。私は……私たち『灰色女』は、魔法が使えないんじゃない。今から、私たちが無能でなくなる技を伝えるから、お嬢さんはしっかりと役立てて、自分の運命を変えておくれ——『万物は灰より生ずべし』」
パチンッ!
どこかで何かが弾けた。
私の頭の中でだけ響いた音のようにも聞こえたし、足元の石畳がひび割れた音のようにも思えた。
老婆はいつの間にか私の手を離し、私を追い払おうとする。
「さあ、もう行きなさい。私は少し休んだら、この国を出るからね」
「お婆様、今、何をなさったの?」
「一晩寝たら、分かるさ。きっと、お嬢さんの世界はガラリと変わる」
「そんなことが?」
「お嬢さんがどう生きるかまでは、私は関われない。あとは、お嬢さん次第だよ」
早く行け、とばかりに老婆は手を払うように振り、私を急かす。
私は、戸惑いつつも、言われたとおりにするしかなかった。
「よく、分からないけれど……私のためにしてくれたのね。ありがとう、お婆様。私と同じひと。お元気で」
「ああ、お嬢さんも元気でね」
私がそれ以上、老婆に何かを言うことも、することもできないと分かっていた。
仕方なく、私は通りに戻り、馬をなだめていた御者に「出してちょうだい」と命じる。
御者は文句の一つも言わなかった。『灰色女』の私のやることなど興味はない、どうでもいい、というふうだ。
私を乗せた馬車は、オールヴァン公爵邸へと再び進みはじめた。
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