Sprint・High!(スプリント・ハイ!)

成瀬リヅ

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兵庫県予選大会 2日目

第117走 バフアイテム

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「く、黒崎!?とりあえず頭を上げてくれ」

 焦った様子の隼人は、コンクリートに頭を当て続ける慎吾に駆け寄り、上体を無理やり起こさせていた。
 それもそのはず、突然やってきた後輩が血の出る勢いで地面に頭を打ち付けて土下座したのだ、キャプテンとして止めるのは当然である。

 だがそんな焦る隼人とは対照的に、渚の方は意外にも冷静な様子だ。

「黒崎、いいから顔上げろ。あーあー、オデコちょっと赤くなってんじゃねぇか」

 そして渚も慎吾の元に歩み寄り、同じ目線の高さに腰を下ろした。

「昨日も言ったけどよ、別に決勝に進めたんだから、もういいんだよ。もし何かに謝りたいのなら、昨日の自分にだけ謝っとけ。そんで今日戦う俺らを1番応援しといてくれ。それで十分だから、な?」

「は……はい……」

 すると慎吾はポロポロと瞳から涙を落とし、長い前髪をスグに濡らしていた。
 彼が昨日のレースを終えてから今日この瞬間を迎えるまで、どれだけの精神的苦痛を味わっていたのか?
 この涙と表情だけで、十分メンバーには伝わったようだ。

「はい!じゃあこの件は終わりでいいね?あ、郡山もちょっとストップ!何か言いたいことあるなら、今の内に言っときなよ!?モヤモヤしたまま決勝は走れないでしょ」

 すると2人の様子を見ていた隼人が、既にアップに翔を呼び止めていた。
 なにせ昨日の慎吾に対して1番怒りをあらわわにしていたのは、紛れもない1年の翔である。
 隼人は”後輩が先輩への怒りを抱えたまま”レースを走って欲しくはなかったようだ。

「……そら言いたいことは山ほどありますよ!今日緑山着いた時に黒崎先輩の顔が見えた時は、それこそ殴ってやろうかと思ったほどにね!!?」

 そう言い放つ翔の拳は、血が出てもおかしくない程に強く握られていた。
 だがその拳が振り上げられることはない。
 なぜなら翔自身も、その拳を振り上げることに何の意味も無い事は薄々気付いていたのだ。

 そして翔は続ける。

「でも……今土下座してるの見て、その殴ってやりたい気持ちは不思議と無くなりましたわ。もう終わったもんはしゃあないでしょ。俺らが今日近畿決めて、全部笑い話にしてやりますよ」

 そして翔は慎吾とは反対の方向に向き直り、そのままトラックへと歩き出そうとしていた。
 だがそんな彼の背中に、慎吾は精一杯の懺悔とエールを送る。

「あぁ……その通りだよ……!情けない先輩で、本当にすまなかった郡山。だけどお前がいれば、このチームは絶対大丈夫だ……。だから、だから……」

 そして慎吾は再び右の瞳から涙を落とし、そして叫んだ。


「あとは……あとは頼んだっ……!!」


 そして慎吾は後輩に向かって再び頭を下げたのだった。
 だが正直なところ、慎吾自身もこの言葉を後輩に託していいのか、一瞬だけ悩んでいた。

 ”これがプレッシャーになってしまうのではないか?”
 ”責任を押し付けて、自分が楽になろうとしているだけじゃないのか?”

 このような葛藤が彼の中に浮かんでいたのだ。

 しかし気付けば自然と口は開いていた。
 翔の”去りゆく大きな背中”が視界に入った瞬間に、勝手にノドが声を通していたのだ。

「…………」

 するとそれを聞いた翔は、その場で足を止めていた。
 だがしばらく言葉は発さず、なぜか遠くを見て立ち尽くしている。
 そんな今の彼の表情は、この場にいる誰にも見えてはいない。

「郡山……?」

 すると翔の隣でアップの準備を進めていた結城が、彼の名をボソッと呟いていた。
 するとそれを合図にしたかのように、翔は慎吾に対して力強く言い放つ。

「……近畿に向けてとっととケガ治しとけ!」

 そして翔は再びサブトラックの方へ歩みを進め始めるのだった。


————————


【現在時刻 12:19】

「全く素直じゃないよな、郡山のヤツは。俺が近畿連れて行きますよ先輩!ぐらい言えればいいのに、ハハハッ!」

 目の赤い慎吾の隣で、渚は相変わらずの明るさを振りまいていた。
 だがそんな彼を含む残りの3人も、いよいよアップへと向かう様子だ。

 すると……。

「あ、待ってください!俺、謝りに来ただけじゃないんです……」

 そう言うと慎吾は、キタ高ジャージのポケットから”黒い何か”を取り出した。
 それは小さな布切れのように見えるが、金色の部分も見え隠れしている。

「なにそれ?どっかで見た事あるような気が……」

 その布切れを見た隼人は、見覚えのある何かの正体を思い出そうとする。
 だがその正体は、慎吾が布切れをバッと広げた瞬間にスグに判明した。

「コレです!ハチマキです!吉田先生から預かってきました」

「あぁ、ハチマキだっ!!どうりで見た事あるわけだ!」

 そう、慎吾が握っていた布切れの正体は、レース中に頭に巻くハチマキだったのだ。
 その広げられた黒いハチマキには、金色の刺繍ししゅうでで”北城魂”と書かれている。

「うぉぉお!?カッケー!!!」

 そのハチマキに興奮を隠せない様子なのは、もちろん渚である。
 スグに慎吾の手からハチマキを奪い取り、早速ツーブロックの頭に巻き始めるほどの興奮具合だ。

「へー、1年の時に見た記憶はあったんだけど、吉田先生が持ってたんだね。コレは決勝に向けて最高のモチベだよ」

 そう冷静に語る隼人も、慎吾から受け取ったハチマキを早速頭に巻いている。
 渚よりは長めの髪型だが、県予選に向けてシッカリと量を整えた髪にはピッタリのようだった。
 そもそも顔が整っているので、大体のモノは似合ってしまうのが佐々木隼人という男なのだ。



 こうなってしまうと、残された結城も頭に巻かざるをえない。

「カ……カッケー!!」

「お、珍しく早馬も興奮してんじゃん!でも分かるぜその気持ち、こういうアイテムはテンション上がるよな!」

「はい!これ巻いてるだけで強く見えますよ!」

「分かるー!」

 このように意気投合している結城と渚。

 だが実際、メンバー全員が同じハチマキを巻くだけでもチームワークは向上する。
 ”一体感”が大きなポイントとなる4継において、気持ちの面で大きなアドバンテージを得られるハチマキは言わば”バフアイテム”のようなモノなのだ。※

 ちなみに全ての学校がハチマキを巻くわけではので、尚更特別感は増していく。


「ありがとな黒崎!これは最高の差し入れだわ」

「でもこれは吉田先生が……」

「バーカ、お前が持ってきた事に意味があるんだよ!全く、吉田先生も策士だな」

 そう言うと渚はハチマキを外して、大切にスパイクケースへと巻きつけた。
 さすがにアップの時に巻く選手はいないので、次に頭に巻くのは”決勝”が始まる時だ。

「早馬!残りの1つは、後でお前から郡山に渡しておいてくれるか?」

「はいっ!」

 こうして隼人から翔の分のハチマキも受け取った結城は、大切にリュックの中へとしまう。
 そんな様々な思いのこもった2つのハチマキに、結城は見た目以上の重さを感じているのだった。


————————
※バフ効果・・・身体能力向上など、有利になる能力上昇効果の総称。よくゲームなどに登場する。
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