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兵庫県予選大会 2日目
第116走 謝罪の応酬
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【現在時刻 11:31】
サワァ……サァ……
◇
歯の擦れる音と温かい日差しがこぼれる小さな広場には、古くなった東家に座る結城の姿があった。
ここは緑山競技場から徒歩10分ほどの場所。
昨日の予選前に、如月美月から"譲ってもらった”場所でもある。※
「……ふぅ…」
少しだけ高鳴る鼓動を感じながら、結城は深く息を吐いていた。
だがこれはため息ではなく、今の彼にとっては集中力を高める為の呼吸だ。
「もっと……タタタタタンッのリズムなんだよ、70m地点だけリズムが合わない。クソ、もう1回だ……」
そして再び結城はブツブツと呟き始める。
その前髪の奥に映る瞳は、不自然に”1点だけ”を凝視しているようだ。
実を言うと今日の結城は、朝に寮を出た時からずっとこの状態である。
電車で緑山記念に向かっている際も、ずぅっと”何か”を言い続けているのだ。
「タン……タタタタン……違う、また腕の角度がずれてる。足の入れ替えを意識しすぎだバカ。クソもう1回だ。早く、忘れてしまう前に完成させないと……」
そして彼の”脳内レース”は、再びスタート地点から始まるのだった。
————————
【現在時刻 12:11】
「さぁ、始めるか!」
力のこもった隼人の宣言と共に、いよいよ男子キタ高4継メンバーがサブトラックへとやってきた!
だがそこに結城の姿は無い。
「早馬~、アイツすぐ戻るって言ったくせに、12時になっても戻ってこなかったじゃねぇか。大丈夫か?死んでんじゃねぇのか?」
「死んでたら緑山記念で葬式やりましょ。めっちゃお客さん入りますよ!」
このように呑気な会話を交わす渚と翔は、決勝を間近に控えているとは思えないほどにリラックスしている様子だ。
この余裕は、間違いなく”自信”から来るものだろう。
「全くお前らは、もうちょっと心配するとか……さぁ?」
「いやいや、隼人も”さぁ始めるか!”とか主人公みたいな事言ってたじゃん。お前も早馬の事心配してない証拠だ!」
「そんな事……多分ない!」
「多分だって!カハハハハッ!!」
そしていつもの更衣室横のコンクリート上に荷物を置いた3人は、各々アップの準備を始めていく。
翔は相変わらずスパッツへとスグに履き替え、隼人と渚はジャージを脱いで陸上Tシャツへと変わるのだ。
◇
するとここで、ようやく最後の1人も姿を現す。
「すいませんすいません!!ハァ……ハァ……遅くなりました!!」
「お、社長出勤野郎が来たぞ。4継メンバーから外そうぜ」
「罪が重い!」
渚に対してそう答えていたのは、もちろんキタ高の第1走・早馬結城である。
東屋で時間を使いすぎた彼は、急いでサブトラックにやって来たのだ。
するとそんな息の上がる結城に対しキャプテンの隼人は、念の為の確認を行う。
「大丈夫か結城?遅れたのは、なんかケガを隠してるとかじゃないよな?」
「えぇ!?そんな事はないです佐々木キャプテン。むしろ昨日より感覚は良くなってきてます」
「そ、そうか……」
その結城の言葉に、フッと胸を撫で下ろす隼人。
だが横にいた渚が次に口にする言葉が、一瞬にして場を凍らせてしまうとは誰も想像していなかった。
「ハハッ。ケガを隠すって、昨日の黒崎じゃないんだから!」
「渚、それちょっとデリカシーなし男だぞ……?」
「あっ……ヤベ、ごめんごめん。別に悪気は1ミリもねぇよ。ただあまり隼人が心配しすぎだからな」
そう言って渚は、先ほどの発言の意図を説明している。
—————だが最悪な事に、渚の数メートル背後にはなぜか”彼”が立っていた。
「……く、黒崎!?なんでここに?」
そう言って驚く隼人の視線の先、つまりは渚の背後に黒崎慎吾が立っていたのだ!
5mほど離れてはいるが、おそらく先ほどの渚の発言は聞こえていると思われる。
「あ、あの……俺は……」
すると慎吾は気まずそうに口をモゴモゴとし始めた。
それと同時に渚の顔色も青く変わっていく。
「わ、悪い黒崎!もちろんお前を悪く言うつもりはなかったんだぞ!?ただ何というか……いや、ごめん。俺が悪いな。1番しんどいのはお前って、少し考えりゃ分かるのに」
するとプライドの高い”あの渚”が、なんと慎吾の方を向いて土下座をしていた。
もちろん2年半共に過ごしてきた隼人ですら見た事のない、渚の情けない姿である。
「や、山口先輩!?別に俺は怒って無いです。か、顔を上げてください!」
「……そうか?ならお言葉に甘えて」
そう言われた渚は、スグに頭を上げる。
なんとも渚らしい切り替えの早さだ。
「俺がここに来たのは……先輩に謝ってもらう為じゃなくて、俺が先輩と1年達に謝る為です」
「お前が、謝る?」
「はい……。昨日は俺、レース後に一言も話さないまま整体師の所行っちゃったんで。だから……だから今日走る4継メンバーに、ちゃんと謝罪しにきました」
そして何か強い覚悟を決めた様子の慎吾は、渚同様に地面に両ヒザをつき、そしてゴンッ!と強く地面に頭を落としていた。
「昨日は本当に……すいませんでしたぁ!!俺のせいで……俺のせいで……!!」
彼の心からの謝罪は、サブトラックの端にまでこだましている。
————————
※譲ってもらった場所・・・第88走参照
サワァ……サァ……
◇
歯の擦れる音と温かい日差しがこぼれる小さな広場には、古くなった東家に座る結城の姿があった。
ここは緑山競技場から徒歩10分ほどの場所。
昨日の予選前に、如月美月から"譲ってもらった”場所でもある。※
「……ふぅ…」
少しだけ高鳴る鼓動を感じながら、結城は深く息を吐いていた。
だがこれはため息ではなく、今の彼にとっては集中力を高める為の呼吸だ。
「もっと……タタタタタンッのリズムなんだよ、70m地点だけリズムが合わない。クソ、もう1回だ……」
そして再び結城はブツブツと呟き始める。
その前髪の奥に映る瞳は、不自然に”1点だけ”を凝視しているようだ。
実を言うと今日の結城は、朝に寮を出た時からずっとこの状態である。
電車で緑山記念に向かっている際も、ずぅっと”何か”を言い続けているのだ。
「タン……タタタタン……違う、また腕の角度がずれてる。足の入れ替えを意識しすぎだバカ。クソもう1回だ。早く、忘れてしまう前に完成させないと……」
そして彼の”脳内レース”は、再びスタート地点から始まるのだった。
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【現在時刻 12:11】
「さぁ、始めるか!」
力のこもった隼人の宣言と共に、いよいよ男子キタ高4継メンバーがサブトラックへとやってきた!
だがそこに結城の姿は無い。
「早馬~、アイツすぐ戻るって言ったくせに、12時になっても戻ってこなかったじゃねぇか。大丈夫か?死んでんじゃねぇのか?」
「死んでたら緑山記念で葬式やりましょ。めっちゃお客さん入りますよ!」
このように呑気な会話を交わす渚と翔は、決勝を間近に控えているとは思えないほどにリラックスしている様子だ。
この余裕は、間違いなく”自信”から来るものだろう。
「全くお前らは、もうちょっと心配するとか……さぁ?」
「いやいや、隼人も”さぁ始めるか!”とか主人公みたいな事言ってたじゃん。お前も早馬の事心配してない証拠だ!」
「そんな事……多分ない!」
「多分だって!カハハハハッ!!」
そしていつもの更衣室横のコンクリート上に荷物を置いた3人は、各々アップの準備を始めていく。
翔は相変わらずスパッツへとスグに履き替え、隼人と渚はジャージを脱いで陸上Tシャツへと変わるのだ。
◇
するとここで、ようやく最後の1人も姿を現す。
「すいませんすいません!!ハァ……ハァ……遅くなりました!!」
「お、社長出勤野郎が来たぞ。4継メンバーから外そうぜ」
「罪が重い!」
渚に対してそう答えていたのは、もちろんキタ高の第1走・早馬結城である。
東屋で時間を使いすぎた彼は、急いでサブトラックにやって来たのだ。
するとそんな息の上がる結城に対しキャプテンの隼人は、念の為の確認を行う。
「大丈夫か結城?遅れたのは、なんかケガを隠してるとかじゃないよな?」
「えぇ!?そんな事はないです佐々木キャプテン。むしろ昨日より感覚は良くなってきてます」
「そ、そうか……」
その結城の言葉に、フッと胸を撫で下ろす隼人。
だが横にいた渚が次に口にする言葉が、一瞬にして場を凍らせてしまうとは誰も想像していなかった。
「ハハッ。ケガを隠すって、昨日の黒崎じゃないんだから!」
「渚、それちょっとデリカシーなし男だぞ……?」
「あっ……ヤベ、ごめんごめん。別に悪気は1ミリもねぇよ。ただあまり隼人が心配しすぎだからな」
そう言って渚は、先ほどの発言の意図を説明している。
—————だが最悪な事に、渚の数メートル背後にはなぜか”彼”が立っていた。
「……く、黒崎!?なんでここに?」
そう言って驚く隼人の視線の先、つまりは渚の背後に黒崎慎吾が立っていたのだ!
5mほど離れてはいるが、おそらく先ほどの渚の発言は聞こえていると思われる。
「あ、あの……俺は……」
すると慎吾は気まずそうに口をモゴモゴとし始めた。
それと同時に渚の顔色も青く変わっていく。
「わ、悪い黒崎!もちろんお前を悪く言うつもりはなかったんだぞ!?ただ何というか……いや、ごめん。俺が悪いな。1番しんどいのはお前って、少し考えりゃ分かるのに」
するとプライドの高い”あの渚”が、なんと慎吾の方を向いて土下座をしていた。
もちろん2年半共に過ごしてきた隼人ですら見た事のない、渚の情けない姿である。
「や、山口先輩!?別に俺は怒って無いです。か、顔を上げてください!」
「……そうか?ならお言葉に甘えて」
そう言われた渚は、スグに頭を上げる。
なんとも渚らしい切り替えの早さだ。
「俺がここに来たのは……先輩に謝ってもらう為じゃなくて、俺が先輩と1年達に謝る為です」
「お前が、謝る?」
「はい……。昨日は俺、レース後に一言も話さないまま整体師の所行っちゃったんで。だから……だから今日走る4継メンバーに、ちゃんと謝罪しにきました」
そして何か強い覚悟を決めた様子の慎吾は、渚同様に地面に両ヒザをつき、そしてゴンッ!と強く地面に頭を落としていた。
「昨日は本当に……すいませんでしたぁ!!俺のせいで……俺のせいで……!!」
彼の心からの謝罪は、サブトラックの端にまでこだましている。
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※譲ってもらった場所・・・第88走参照
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