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第17章:境界線の熱
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「あ、アイス買い忘れた! お兄ちゃん、ちょっとコンビニ行ってくるね!」
裕香がわざとらしい声を残して、嵐のように去っていった。
バタン、と玄関の扉が閉まると、狭いワンルームには急激な静寂が訪れる。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、時計の針の音だけが大きく響く。
隼人さんは、座卓から少し離れた場所にある、僕の小さなシングルベッドにゆっくりと腰を下ろした。
「……風巻さん?」
「……ここで、毎日眠っているんだな」
彼はシーツの端を、壊れ物を扱うような手つきでそっと撫でた。
柔軟剤の匂いと、僕自身の生活の匂い。そのあまりにプライベートな空間に、彼はひどく感極まっているように見えた。
「なんだか、不思議な気分だ。地下のメール室で君を見つけた時、俺はただ、静かな場所が欲しかっただけだったのに」
「……はい」
「今は、君が呼吸しているこの場所すら、愛おしくてたまらない」
隼人さんはそのまま、ゆっくりとベッドに横たわった。
長い足を持て余しながら、僕の枕にそっと頭を預ける。
「風巻さん、そんなところで寝たら……」
「……少しだけ、貸してくれ。君の匂いがして、驚くほど落ち着くんだ」
彼は腕で目元を覆い、深く、長い吐息をついた。
地上二十二階で常に完璧を求められ、張り詰めていた彼が、僕の狭いベッドの上で、無防備な一人の男に戻っていく。
僕はたまらなくなって、横たわる彼の傍らに膝をついた。
「お疲れ様です、隼人さん」
初めて、仕事の「風巻さん」ではなく、名前で呼んでみた。
彼は腕をどけ、濡れたような瞳で僕を見上げた。
そのまま、どちらからともなく距離が縮まる。
彼の指先が僕の頬を滑り、耳の裏に触れた。
心臓の音がうるさくて、呼吸が止まりそうになる。
彼の唇が、僕の鼻先に触れるか触れないかの距離で止まった。
確信に至る一歩手前。
熱い体温だけが混じり合い、けれど決定的な言葉も、深い接触も、まだそこにはない。
「……智之。俺は、君に何を求めているんだろうな」
掠れた声が、僕の唇を微かに震わせる。
それは告白よりも切実で、祈りよりも深い、答えのない問いかけだった。
裕香がわざとらしい声を残して、嵐のように去っていった。
バタン、と玄関の扉が閉まると、狭いワンルームには急激な静寂が訪れる。
さっきまでの賑やかさが嘘のように、時計の針の音だけが大きく響く。
隼人さんは、座卓から少し離れた場所にある、僕の小さなシングルベッドにゆっくりと腰を下ろした。
「……風巻さん?」
「……ここで、毎日眠っているんだな」
彼はシーツの端を、壊れ物を扱うような手つきでそっと撫でた。
柔軟剤の匂いと、僕自身の生活の匂い。そのあまりにプライベートな空間に、彼はひどく感極まっているように見えた。
「なんだか、不思議な気分だ。地下のメール室で君を見つけた時、俺はただ、静かな場所が欲しかっただけだったのに」
「……はい」
「今は、君が呼吸しているこの場所すら、愛おしくてたまらない」
隼人さんはそのまま、ゆっくりとベッドに横たわった。
長い足を持て余しながら、僕の枕にそっと頭を預ける。
「風巻さん、そんなところで寝たら……」
「……少しだけ、貸してくれ。君の匂いがして、驚くほど落ち着くんだ」
彼は腕で目元を覆い、深く、長い吐息をついた。
地上二十二階で常に完璧を求められ、張り詰めていた彼が、僕の狭いベッドの上で、無防備な一人の男に戻っていく。
僕はたまらなくなって、横たわる彼の傍らに膝をついた。
「お疲れ様です、隼人さん」
初めて、仕事の「風巻さん」ではなく、名前で呼んでみた。
彼は腕をどけ、濡れたような瞳で僕を見上げた。
そのまま、どちらからともなく距離が縮まる。
彼の指先が僕の頬を滑り、耳の裏に触れた。
心臓の音がうるさくて、呼吸が止まりそうになる。
彼の唇が、僕の鼻先に触れるか触れないかの距離で止まった。
確信に至る一歩手前。
熱い体温だけが混じり合い、けれど決定的な言葉も、深い接触も、まだそこにはない。
「……智之。俺は、君に何を求めているんだろうな」
掠れた声が、僕の唇を微かに震わせる。
それは告白よりも切実で、祈りよりも深い、答えのない問いかけだった。
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