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第16章:お茶の間とハイスペック
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週末、僕の住む少し古いマンションの一室に、およそ不釣り合いなほど上質な香水の香りが漂った。
「失礼するよ……。お邪魔します、智之」
手土産の高級洋菓子店(行列ができるので有名な店だ)の袋を提げ、少し緊張した面持ちで入ってきた隼人さんに、玄関先で待機していた裕香が飛びつかんばかりの勢いで声を上げた。
「わ、わああ! お兄ちゃんが言ってた『カッコいい人』って、レベルが違いすぎるんだけど!? 芸能人? 本物の王子様なの!?」 「こら、裕香、失礼だろ。……すみません、風巻さん」 「いいんだ。……妹さん、元気があっていいな」
隼人さんは戸惑いつつも、穏やかな笑顔で裕香に挨拶を済ませ、リビング(という名の六畳間)の小さな座卓に腰を下ろした。 背の高い彼が窮屈そうに座っている姿は、どこかシュールで、でもひどく愛おしい。
裕香が淹れたお茶を飲みながら、話題はいつしか僕の子供時代の話に。 「お兄ちゃん、昔からこうなんですよ。ボケーっとしてて、おっとりしてて。ほら、これ見てください、小学生の頃の運動会!」
裕香が引っ張り出してきた古いアルバムを、隼人さんはまるで重要機密書類を扱うような真剣な眼差しで手に取った。
「……っ」 アルバムを開いた瞬間、隼人さんの息が止まった。 そこには、ハチマキがずれて、転んで土だらけになりながらも、一生懸命にゴールを目指して走る幼い僕が写っていた。
「……可愛い。……尊い。……どうして俺はこの場にいなかったんだ」 「風巻さん、声に出てますよ」 「智之、この写真をスキャンしてもいいか? いや、額縁に入れて飾りたいんだが……」 「ダメに決まってるでしょう!」
隼人さんの独占欲が、ついに「過去」にまで及び始めている。 でも、彼は僕の情けない過去の写真一枚一枚を、本当に大切そうに、愛おしそうに指でなぞっていた。
「山﨑さんは、昔から『山﨑さん』だったんだな。……見ているだけで、心が洗われるようだ」
裕香がキッチンで「お兄ちゃん、あの人ガチだね……」と小声で茶化してくる。 僕は顔が熱くなるのを抑えられなかった。 窓のないメール室ではなく、西日の差し込む僕の部屋で。 彼は、僕という人間を、過去から現在まで丸ごと飲み込もうとしていた。
「失礼するよ……。お邪魔します、智之」
手土産の高級洋菓子店(行列ができるので有名な店だ)の袋を提げ、少し緊張した面持ちで入ってきた隼人さんに、玄関先で待機していた裕香が飛びつかんばかりの勢いで声を上げた。
「わ、わああ! お兄ちゃんが言ってた『カッコいい人』って、レベルが違いすぎるんだけど!? 芸能人? 本物の王子様なの!?」 「こら、裕香、失礼だろ。……すみません、風巻さん」 「いいんだ。……妹さん、元気があっていいな」
隼人さんは戸惑いつつも、穏やかな笑顔で裕香に挨拶を済ませ、リビング(という名の六畳間)の小さな座卓に腰を下ろした。 背の高い彼が窮屈そうに座っている姿は、どこかシュールで、でもひどく愛おしい。
裕香が淹れたお茶を飲みながら、話題はいつしか僕の子供時代の話に。 「お兄ちゃん、昔からこうなんですよ。ボケーっとしてて、おっとりしてて。ほら、これ見てください、小学生の頃の運動会!」
裕香が引っ張り出してきた古いアルバムを、隼人さんはまるで重要機密書類を扱うような真剣な眼差しで手に取った。
「……っ」 アルバムを開いた瞬間、隼人さんの息が止まった。 そこには、ハチマキがずれて、転んで土だらけになりながらも、一生懸命にゴールを目指して走る幼い僕が写っていた。
「……可愛い。……尊い。……どうして俺はこの場にいなかったんだ」 「風巻さん、声に出てますよ」 「智之、この写真をスキャンしてもいいか? いや、額縁に入れて飾りたいんだが……」 「ダメに決まってるでしょう!」
隼人さんの独占欲が、ついに「過去」にまで及び始めている。 でも、彼は僕の情けない過去の写真一枚一枚を、本当に大切そうに、愛おしそうに指でなぞっていた。
「山﨑さんは、昔から『山﨑さん』だったんだな。……見ているだけで、心が洗われるようだ」
裕香がキッチンで「お兄ちゃん、あの人ガチだね……」と小声で茶化してくる。 僕は顔が熱くなるのを抑えられなかった。 窓のないメール室ではなく、西日の差し込む僕の部屋で。 彼は、僕という人間を、過去から現在まで丸ごと飲み込もうとしていた。
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