婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる

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10.可愛くて怖いグレードサラマンダー

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 黒衣を着た長身の騎士が、立っていた。その姿に、疲労の色が見え始めた皆が喝采をあげる。

「グラシアン、頼むっ! この火を何とかしてくれ!」

 状況を一瞬で理解したグラシアンが眼力をみなぎらせ、竜のように立ち上る火柱に手をかざす。焔色の光がわずかな風を起こして周囲をまとい、みるみるうちに彼の手のなかに吸収されていった。わたしたちを翻弄していた炎の全てを吸収する間、グラシアンの表情に変化はない。これだけの火を操るのは至難の業なのに。火を手足のように自由に操れるのは、彼が炎の精霊の愛し仔だからだ。
 次第に火柱は勢いを失い、火の気が止む。みんなが気を抜いたときだった。

「あぶないっ!」

 消えたはずの火がまた勢いよく燃えあがったのだ。わたしには、グラシアンの手に火がかすったかのように感じられた。しかし、彼は何事もなかったように再び手をかざし、火の勢いを消した。熱風が起きて、グラシアンの黒い髪が舞う。
 あたりは焼けた木材の匂いと煙に満ちていた。結局火元とみられる一室が焼けただけで、他に被害はない。わたしたちは今度こそ、安堵のため息をついた。

「皆、無事ですか?」

 さすがに夜勤明けでくったくたに疲れているのだろう、グラシアンの声にいつもの張りはなかった。突然、メイド服を着た中年の女性が悲鳴をあげる。

「息子が、息子がおりませんっ!」
「厩舎の少年はどこだ」
「コリン様、ブライスはここにいますっ!」

 焼けた建物のなかから、ハンチング帽の少年が担架で運ばれてきた。その顔は灰と涙でぐしゃぐしゃで膝や腕に生々しい火傷が広がっている。肉の焼ける匂いと、皮膚がめくれ血が流れる姿に、顔をそむける使用人もいた。コリンが仁王立ちで少年を見下ろす。

「これはどういうこと? 火事を起こしたのはおまえか?」
「若様、もうしわけ、ありません、……でした」

 涙と痛みに暮れる少年の代わりに、担架を支える中年の男性が答えた。

「こいつが拾った火トカゲの卵が孵った途端、四方八方に火を噴いたそうでして……」
「生まれたばかりの火トカゲが、火を噴いただって?」

 コリンは、素っ頓狂な声をあげた。火トカゲは成長すると猫ぐらいの大きさになり、怒らせれば小さく火を吐く。しかし、幼生時は無害な生き物のはずだった。

「ありえないよ。たかがトカゲだよ?」
「……ほんとう、なん……です」

 ブライスが細い声で答える。

「それは、これのことですか?」

 グラシアンの声に皆が一斉に振り返ると、騎士服の肩にピィーピィー鳴く火トカゲの姿があった。小鳥ぐらいの大きさの赤いボディに、琥珀色の大きな瞳。愛嬌たっぷりに、騎士の長い首筋に身を摺り寄せている。

 ――可愛いっ!

 しかし、その小さな生き物が火事の原因であると気づくと、周囲からどよめきが広がった。グラシアンが、落ち着いた声を発する。

「これは、グレートサラマンダーです。幼生時は火トカゲとほとんど区別がつかないが、よく見ると尾が長く黒いひれが付いているのが特徴です。闘争本能が高く、一番先に生まれた個体が周りの卵を焼き払う生態なので、もしかしたら、まわりに卵がなくても誕生と同時に火を吐く習性を持っているかもしれません」

 そこまで詳しくグラシアンが語れるのは、彼がグレートサラマンダーの密猟者のアジトを摘発したからだ。コリンが顔を曇らせた。

「そんな獰猛な火トカゲ、大丈夫なのか? お前にはなついているようだが」

 猛々しい幻獣の幼生が、瞳を輝かせてきゅるるっと鳴く。その姿は愛くるしいとしか説明できなくて、わたしは火事の原因にも関わらずうっとりとその子を見ていた。

「それは、わたしにも分かりません。ところで、ブライスの医者は呼びましたか?」
「ただ今、知らせを出したところです」

 執事が答える。彼も顔や頭に煤を被り、黒い制服もよれよれになっていた。

「だったら、僕が医者を迎えに行ってくるよ。その方が早い」

 風魔法の使い手であるコリンが、魔法で人の倍ぐらいの大きさの鳩をその場に浮かびあがらせる。驚いた使用人たちが声を上げた。
 コリンの毬のような身体が白い鳩の背中に飛び乗る。大きな翼をはためかせると、地上まで風圧が来て、わたしのヘッドドレスが激しくたなびいた。
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