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11.グラシアン卿の手当て①
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たくさんの使用人に混じり焼けた木材を片付けていたグラシアンを見つけ、わたしはあることに気づいた。
「グラシアンきょ……、グラシアン様。こちらに来てください」
わたしは小声で囁いて、彼のケガをしていない方の腕を引っ張る。しかし、逞しい腕はビクともせず、見下ろす視線は冷たかった。見たこともない表情に、わたしはドキッとする。
──しまった!
主人の腕を無断でつかむ使用人はいない。わたしは、自分の行いを悔やんで頭を下げた。
「失礼しました。わたし、本日からこのお屋敷でお世話になるキャロルと申します。──若様の治療をしたいのですが、お許しいただけませんか?」
「余計な気をまわさないでください。わたしは、怪我などしていません」
怒っている。優雅な身のこなしと温和な対応に誤解していたけれど、グラシアンは本来騎士だ。気迫で人を黙らせることもあるし、叱りつけることもある。しかし、メイドなら主人のケガを見て見ぬふりはしないはず。わたしはめげずに、黒い袖を握りこんだ。
「意地を張らずに、治療を受けてください。放っておくと、剣を握りにくくなるかもしれませんよ。そうなってもいいんですか?」
切れ長の赤い瞳は煩わしそうにわたしを映していたが、ふと瞬いて大きく見開かれる。
「くそっ、おい……なんだよ、これ。……まじかよ?」
周りが騒がしいなか、彼の声が小さすぎてよく聞き取れなかった。ガラの悪い言葉をそのまま受け入れるには、グラシアンのイメージと程遠すぎてわたしの脳が全面拒否している。今のはきっと空耳だろう。そうに違いない。
わたしはじれったく思い、さらに語気を強めた。
「どうするんですか? 治療するんですか、しないんですか?」
「待てよ……、これは現実なのか?」
「は? ……きゃあっ!」
石みたいに固まっていたグラシアンが何を思ったか、突然自分の右手首のあたりに爪を立てた。そこ、火傷の場所!
「何して……っ!? 傷にばい菌でも入ったらどうするんですか!?」
「痛っ……。――現実かよ」
痛いと言っている割に、顔はまったくの無表情だ。むしろ、表情筋を使っていないグラシアンを初めて見た。
「早く、治療させてくださいっ!」
わたしが声を張り上げると、グラシアンは我に返ってわたしを見返した。
「あ? おま……、――あなたが治療を? わたしに?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をグラシアン相手に拝めるなんて、珍しい。他に誰が治療するというのか、呑み込みの悪さがいつものグラシアンらしくなかった。
「もちろんです。わたしがお嫌なら、せめて医者にかかってください」
「嫌だなどと、とんでもないことです。――分かりました。わたしは先に兄に用事がありますから、あなたはわたしの部屋で待っていてください。済んだら、すぐに向かいます」
「はい、かしこまりました」
──聞いてくれて、良かった。
彼がどういう人物であろうと、この国にとって貴重な人材であることは変わりないから。強がりで火傷を隠して、仕事に支障をきたすようにはなってほしくない。
執事に教えられたグラシアンの部屋は、本館の二階にあった。家具は大きな寝台と執務机だけで、あとは何も置かれていない。想像していたぎっしりと本の詰まった大きな本棚も、風雅な絵画も飾られていない。グラシアンは普段、騎士団の独身寮で寝泊まりしているから、この屋敷で過ごすのは休みの日ぐらいなのか。この部屋のどこを探しても、彼の本性が分かりそうなものはなかった。それとも、この殺風景な部屋が本来のグラシアンを表しているということだろうか。
遅れてやってきたグラシアンは椅子に座ると観念して、黒い上衣を脱いでシャツの袖をまくった。五センチくらいの真っ赤にただれた傷口。グレートサラマンダーが二回目に火を噴いたときに、避けきれず火傷を負ったようだ。医師はもちろんいるが、完全に痕の残らない治癒ができるのは、水の精霊の加護を受けた貴族だけ。
わたしは、彼の前で中腰になった。
「失礼します、グラシアン様」
「お願いします」
彼は、神妙な顔で返事をする。わたしは全身に巡るマナを手のひらに集中させ、彼の患部に両手をかざした。目の色と同じ水色の光が、グラシアンの腕に徐々に流れていく。しだいに火傷の真っ赤な傷口は薄くなり、新しい皮膚が生まれ、怪我したことがなかったかのように元通りになった。
グラシアンは袖をおろして、はじめて笑みを見せる。
「ありがとうございます。素晴らしい魔法ですね。もともとの素質もあったでしょうが、そうとう努力されたことでしょう」
わたしは頭を下げ、言葉少なに言った。
「とんでもございません」
精霊の加護は、英雄王の血が濃い順から与えられている。いわば、爵位や土地とともに継承されており、位が高い順に加護も大きいから、わたしの魔法が高度なのは当たり前。だから内緒にしたいのに、グラシアンの火傷を見てついおせっかいを働いてしまった。
「グラシアンきょ……、グラシアン様。こちらに来てください」
わたしは小声で囁いて、彼のケガをしていない方の腕を引っ張る。しかし、逞しい腕はビクともせず、見下ろす視線は冷たかった。見たこともない表情に、わたしはドキッとする。
──しまった!
主人の腕を無断でつかむ使用人はいない。わたしは、自分の行いを悔やんで頭を下げた。
「失礼しました。わたし、本日からこのお屋敷でお世話になるキャロルと申します。──若様の治療をしたいのですが、お許しいただけませんか?」
「余計な気をまわさないでください。わたしは、怪我などしていません」
怒っている。優雅な身のこなしと温和な対応に誤解していたけれど、グラシアンは本来騎士だ。気迫で人を黙らせることもあるし、叱りつけることもある。しかし、メイドなら主人のケガを見て見ぬふりはしないはず。わたしはめげずに、黒い袖を握りこんだ。
「意地を張らずに、治療を受けてください。放っておくと、剣を握りにくくなるかもしれませんよ。そうなってもいいんですか?」
切れ長の赤い瞳は煩わしそうにわたしを映していたが、ふと瞬いて大きく見開かれる。
「くそっ、おい……なんだよ、これ。……まじかよ?」
周りが騒がしいなか、彼の声が小さすぎてよく聞き取れなかった。ガラの悪い言葉をそのまま受け入れるには、グラシアンのイメージと程遠すぎてわたしの脳が全面拒否している。今のはきっと空耳だろう。そうに違いない。
わたしはじれったく思い、さらに語気を強めた。
「どうするんですか? 治療するんですか、しないんですか?」
「待てよ……、これは現実なのか?」
「は? ……きゃあっ!」
石みたいに固まっていたグラシアンが何を思ったか、突然自分の右手首のあたりに爪を立てた。そこ、火傷の場所!
「何して……っ!? 傷にばい菌でも入ったらどうするんですか!?」
「痛っ……。――現実かよ」
痛いと言っている割に、顔はまったくの無表情だ。むしろ、表情筋を使っていないグラシアンを初めて見た。
「早く、治療させてくださいっ!」
わたしが声を張り上げると、グラシアンは我に返ってわたしを見返した。
「あ? おま……、――あなたが治療を? わたしに?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をグラシアン相手に拝めるなんて、珍しい。他に誰が治療するというのか、呑み込みの悪さがいつものグラシアンらしくなかった。
「もちろんです。わたしがお嫌なら、せめて医者にかかってください」
「嫌だなどと、とんでもないことです。――分かりました。わたしは先に兄に用事がありますから、あなたはわたしの部屋で待っていてください。済んだら、すぐに向かいます」
「はい、かしこまりました」
──聞いてくれて、良かった。
彼がどういう人物であろうと、この国にとって貴重な人材であることは変わりないから。強がりで火傷を隠して、仕事に支障をきたすようにはなってほしくない。
執事に教えられたグラシアンの部屋は、本館の二階にあった。家具は大きな寝台と執務机だけで、あとは何も置かれていない。想像していたぎっしりと本の詰まった大きな本棚も、風雅な絵画も飾られていない。グラシアンは普段、騎士団の独身寮で寝泊まりしているから、この屋敷で過ごすのは休みの日ぐらいなのか。この部屋のどこを探しても、彼の本性が分かりそうなものはなかった。それとも、この殺風景な部屋が本来のグラシアンを表しているということだろうか。
遅れてやってきたグラシアンは椅子に座ると観念して、黒い上衣を脱いでシャツの袖をまくった。五センチくらいの真っ赤にただれた傷口。グレートサラマンダーが二回目に火を噴いたときに、避けきれず火傷を負ったようだ。医師はもちろんいるが、完全に痕の残らない治癒ができるのは、水の精霊の加護を受けた貴族だけ。
わたしは、彼の前で中腰になった。
「失礼します、グラシアン様」
「お願いします」
彼は、神妙な顔で返事をする。わたしは全身に巡るマナを手のひらに集中させ、彼の患部に両手をかざした。目の色と同じ水色の光が、グラシアンの腕に徐々に流れていく。しだいに火傷の真っ赤な傷口は薄くなり、新しい皮膚が生まれ、怪我したことがなかったかのように元通りになった。
グラシアンは袖をおろして、はじめて笑みを見せる。
「ありがとうございます。素晴らしい魔法ですね。もともとの素質もあったでしょうが、そうとう努力されたことでしょう」
わたしは頭を下げ、言葉少なに言った。
「とんでもございません」
精霊の加護は、英雄王の血が濃い順から与えられている。いわば、爵位や土地とともに継承されており、位が高い順に加護も大きいから、わたしの魔法が高度なのは当たり前。だから内緒にしたいのに、グラシアンの火傷を見てついおせっかいを働いてしまった。
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