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12.グラシアン卿の手当て②
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グラシアンは身体を傾げて、わたしの顔を覗き込む。
「どうして、平民のはずのあなたが魔法を使えるか、お尋ねしてもいいですか?」
誰でも浮かぶ当たり前の疑問に、わたしはドキリとする。魔法を使うつもりは毛頭なかったので、その設定は考えてこなかった。それに美顔が近すぎて、思考が停止する。
「あの……、それは」
「もしや、ご両親のどちらかが貴族の血を引いておいでですか?」
「そ、そうです。母がとある伯爵家の庶子でして平民の父と結婚して、わたしが生まれたんです」
「当代の貴族名鑑は暗記しましたが、各々の伯爵家にあなたのお母さまぐらいの歳の女性の庶子はいなかったはずですが」
「祖父が恐妻家で、庶子がいることを秘密にしていたんです」
当代の貴族名鑑を暗記したとさらっと言うが、王太女のわたしでも主だった貴族の家族構成しか把握していない。恐るべし、『完璧な』グラシアン卿。死角はないと見える。
グラシアンは、顎に手を添えた。
「あなたのおじい様とはいえ、それはいけませんね。国内の精霊の使い手を管理するためにも、庶子の出産を国へ届け出ることは貴族の義務です」
「おっしゃる通りでございます」
「しかし、あなたのような高位の水の使い手をこの世に生み出してくれたことは感謝せねばなりませんね」
「……もったいないお言葉です」
──ふぅ。何とかなった。
何を思ったのか、グラシアンは安堵したわたしのヘッドドレスをポンポンと撫でてくる。いきなりのことに、こちらは体が固まってしまった。
「キャロルと言いましたね」
「は、はい」
「ブライスの傷も治せますか?」
「はい?」
あの少年の火傷は、グラシアンのそれとは比較にならないほどひどい。完治させることが出来るのは、高位の大神官か高位貴族の水の使い手しかいないのだ。どうして、そんな話をメイドに振るのか。まさか、わたしの正体を見破った? いやいや、長年わたしに仕えてきた侍女のキャロルからもわたしの変装は完璧だとお墨付きをもらったのだ。だから、大丈夫のはず。いや、でも。
混乱するわたしに構わず、グラシアンはどんどん話を進めた。
「取り返しのつかないことをしましたが、サラマンダーの卵を孵すことはあの年の少年なら一度は憧れます。大火傷を負って、すでに罰は受けましたし、ブライスは深く反省をしています。そして、使用人の寮は老朽化で、今年中に建て替えることが決まっていました」
グラシアンは、優しい。ブライスの傷を治してやりたくて、メイドにも頭を下げる。貴族はその特異な魔法環境から、特に下の身分の者をいたわるように教育を受けているが、なかなかそれを実践する人間はいない。もしかして、彼の本性も表向きと変わらないのだろうか?
しかし、とすぐにわたしはその考えを取り消した。メイドの一週間は始まったばかり。コリンが言ったではないか。絶対、グラシアンには何か裏がある。この王太女アリス、それを暴かずして陛下の元に戻れようか。
「分かりました。その代わり、わたしが治療することは内緒にしていただけないでしょうか? 短期のお仕事なので、目立ちたくないのです」
「それは信用していただいても、大丈夫です。今から一緒に行きましょう」
グラシアンはわたしをブライス少年のところへ連れて行った。部屋にいた者たちを下がらせてから、わたしを部屋に入れる。患者を睡眠魔法でいったん眠らせてから、治療をした。
「終わりました」
ブライス少年は治療中も治療後も、よく眠っていた。わたしの手元をずっと凝視していたグラシアンが言う。
「ありがとうございます、メイド長も喜びます。彼女が心労を抱えていては、この屋敷が回らなくなってしまいますから、わたしたちとしても困るところでした」
「とんでもございません」
わたしは頭を下げる。重傷者を癒すのは久しぶりだが、軽い眩暈がするだけだった。今日一日、メイドとして仕事をこなすには支障ないだろう。
「どうして、平民のはずのあなたが魔法を使えるか、お尋ねしてもいいですか?」
誰でも浮かぶ当たり前の疑問に、わたしはドキリとする。魔法を使うつもりは毛頭なかったので、その設定は考えてこなかった。それに美顔が近すぎて、思考が停止する。
「あの……、それは」
「もしや、ご両親のどちらかが貴族の血を引いておいでですか?」
「そ、そうです。母がとある伯爵家の庶子でして平民の父と結婚して、わたしが生まれたんです」
「当代の貴族名鑑は暗記しましたが、各々の伯爵家にあなたのお母さまぐらいの歳の女性の庶子はいなかったはずですが」
「祖父が恐妻家で、庶子がいることを秘密にしていたんです」
当代の貴族名鑑を暗記したとさらっと言うが、王太女のわたしでも主だった貴族の家族構成しか把握していない。恐るべし、『完璧な』グラシアン卿。死角はないと見える。
グラシアンは、顎に手を添えた。
「あなたのおじい様とはいえ、それはいけませんね。国内の精霊の使い手を管理するためにも、庶子の出産を国へ届け出ることは貴族の義務です」
「おっしゃる通りでございます」
「しかし、あなたのような高位の水の使い手をこの世に生み出してくれたことは感謝せねばなりませんね」
「……もったいないお言葉です」
──ふぅ。何とかなった。
何を思ったのか、グラシアンは安堵したわたしのヘッドドレスをポンポンと撫でてくる。いきなりのことに、こちらは体が固まってしまった。
「キャロルと言いましたね」
「は、はい」
「ブライスの傷も治せますか?」
「はい?」
あの少年の火傷は、グラシアンのそれとは比較にならないほどひどい。完治させることが出来るのは、高位の大神官か高位貴族の水の使い手しかいないのだ。どうして、そんな話をメイドに振るのか。まさか、わたしの正体を見破った? いやいや、長年わたしに仕えてきた侍女のキャロルからもわたしの変装は完璧だとお墨付きをもらったのだ。だから、大丈夫のはず。いや、でも。
混乱するわたしに構わず、グラシアンはどんどん話を進めた。
「取り返しのつかないことをしましたが、サラマンダーの卵を孵すことはあの年の少年なら一度は憧れます。大火傷を負って、すでに罰は受けましたし、ブライスは深く反省をしています。そして、使用人の寮は老朽化で、今年中に建て替えることが決まっていました」
グラシアンは、優しい。ブライスの傷を治してやりたくて、メイドにも頭を下げる。貴族はその特異な魔法環境から、特に下の身分の者をいたわるように教育を受けているが、なかなかそれを実践する人間はいない。もしかして、彼の本性も表向きと変わらないのだろうか?
しかし、とすぐにわたしはその考えを取り消した。メイドの一週間は始まったばかり。コリンが言ったではないか。絶対、グラシアンには何か裏がある。この王太女アリス、それを暴かずして陛下の元に戻れようか。
「分かりました。その代わり、わたしが治療することは内緒にしていただけないでしょうか? 短期のお仕事なので、目立ちたくないのです」
「それは信用していただいても、大丈夫です。今から一緒に行きましょう」
グラシアンはわたしをブライス少年のところへ連れて行った。部屋にいた者たちを下がらせてから、わたしを部屋に入れる。患者を睡眠魔法でいったん眠らせてから、治療をした。
「終わりました」
ブライス少年は治療中も治療後も、よく眠っていた。わたしの手元をずっと凝視していたグラシアンが言う。
「ありがとうございます、メイド長も喜びます。彼女が心労を抱えていては、この屋敷が回らなくなってしまいますから、わたしたちとしても困るところでした」
「とんでもございません」
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