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14.専属メイド②
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お茶を美味しく淹れるには自信がある。カニア侯爵家に潜入する計画を立ててから一か月、一日も休まずキャロル相手に練習したのだから。
わたしは、ワゴンのうえで沸いたお湯をティーポットとカップに注いだ。少しグレイを帯びた白い生地に金文字が描かれている、上品なつくりだ。グラシアンの母親である侯爵夫人の趣味だろうか。
しばらく茶器を温めてからお湯を切り、黒褐色の茶葉を入れる。その間に少量のミルクをカップに流しいれ、お茶が蒸されるのを待った。オレンジペコのお茶葉は枝先から二番目の葉を集めたもので葉が柔らかく、紅茶特有のえぐみや渋みが少ない。わたしも好きで、よく飲んでいた。
ティーカップのなかで、透き通った薄紅色が広がり、心地よい香りが漂う。それをテーブルに置くと、グラシアンは「いただきます」と背筋を伸ばした。とても、これから一服しようという態度ではない。もしかしたら、苦いお茶を飲まされると思って、緊張しているのかも。
──この王太女たるわたしが、そんなことするはずがないじゃない。
案の定、グラシアンは一口飲んで、ほぅっとため息をつく。長い脚を組む仕草からいかにも緊張を解いたのが分かった。
「美味しいですね。これは癖のある茶葉で、初心者が淹れるとたいてい渋みが出るのですが、ミルクと紅茶の配分も温度も申し分ない」
「光栄です」
わたしは頭を下げながら、笑みをこぼす。一か月の苦労が報われた瞬間だった。グラシアンはソーサーをテーブルに戻すと、わたしを見あげた。
「どこで習ったのですか?」
「前に勤めていたお屋敷の先輩から習いました。彼女は、わたしが上手く淹れられるようになるまで、毎日付き合ってくれました」
「あなたの淹れたお茶が毎日飲めるとは、その先輩は幸せですね」
本物のキャロルは苦くてまずいお茶を何度も飲んでゲーゲー言っていたので、それが幸せというグラシアンの気持ちがわたしには分からなかった。彼は銀のプレートに盛られた小さなドーナッツを指をさす。
「それは、あなたが食べさせてください」
わたしの目は点になった。言われた意味が分からなくて、恐る恐るうかがう。
「グラシアン様は、どこかお悪いのですか? それとも、まだ手首が痛むのですか?」
「どこも悪くありませんし、火傷はあなたが完璧に直してくださいました。しかし、日勤者と夜勤者が一名ずつ欠勤したため七十二時間連続勤務を強いられ、溜まったデスクワークにも追われました。戻ったら屋敷の火消しで、さすがにわたしのマナも尽き果てたところです。もう、腕をあげる力も残っていません。あなたはわたしの専属メイドだから、言うことを聞いてくれるでしょう?」
紅茶を飲む元気があるなら、お菓子を口に運ぶ元気もあるだろう。全く納得できないし、彼の意図が理解できない。だが、騎士団が猛烈な人手不足に陥っているのは本当なのだ。そうでなくとも、グラシアンは仕事が早くて正確だから、いればいるだけ当てにされてしまう。女王陛下も忙しい人間に仕事を振れと、日頃からわたしに言っている。
──だが、断る。
「でしたら、一刻も早くお休みになったほうが良いのではないでしょうか? お風呂の準備をしましょうか?」
「入浴もいいですが、さきに小腹を満たさないと。空腹ではとても眠れないんですよ」
こう言えば、ああ言う。病身でもあるまいし、メイドに食べ物を口に運んでもらう健康な成人男性がいるとは思わなかった。いたとしても、あの『グラシアン卿』がその人だとは思いもしない。仕方ない。王太女ならまだしも、今のわたしはメイドだ。
「失礼します」
観念して、グラシアンの椅子の横に腰をかがめると、ドーナッツをその口元まで運ぶ。
「ひゃっ」
わたしは、ワゴンのうえで沸いたお湯をティーポットとカップに注いだ。少しグレイを帯びた白い生地に金文字が描かれている、上品なつくりだ。グラシアンの母親である侯爵夫人の趣味だろうか。
しばらく茶器を温めてからお湯を切り、黒褐色の茶葉を入れる。その間に少量のミルクをカップに流しいれ、お茶が蒸されるのを待った。オレンジペコのお茶葉は枝先から二番目の葉を集めたもので葉が柔らかく、紅茶特有のえぐみや渋みが少ない。わたしも好きで、よく飲んでいた。
ティーカップのなかで、透き通った薄紅色が広がり、心地よい香りが漂う。それをテーブルに置くと、グラシアンは「いただきます」と背筋を伸ばした。とても、これから一服しようという態度ではない。もしかしたら、苦いお茶を飲まされると思って、緊張しているのかも。
──この王太女たるわたしが、そんなことするはずがないじゃない。
案の定、グラシアンは一口飲んで、ほぅっとため息をつく。長い脚を組む仕草からいかにも緊張を解いたのが分かった。
「美味しいですね。これは癖のある茶葉で、初心者が淹れるとたいてい渋みが出るのですが、ミルクと紅茶の配分も温度も申し分ない」
「光栄です」
わたしは頭を下げながら、笑みをこぼす。一か月の苦労が報われた瞬間だった。グラシアンはソーサーをテーブルに戻すと、わたしを見あげた。
「どこで習ったのですか?」
「前に勤めていたお屋敷の先輩から習いました。彼女は、わたしが上手く淹れられるようになるまで、毎日付き合ってくれました」
「あなたの淹れたお茶が毎日飲めるとは、その先輩は幸せですね」
本物のキャロルは苦くてまずいお茶を何度も飲んでゲーゲー言っていたので、それが幸せというグラシアンの気持ちがわたしには分からなかった。彼は銀のプレートに盛られた小さなドーナッツを指をさす。
「それは、あなたが食べさせてください」
わたしの目は点になった。言われた意味が分からなくて、恐る恐るうかがう。
「グラシアン様は、どこかお悪いのですか? それとも、まだ手首が痛むのですか?」
「どこも悪くありませんし、火傷はあなたが完璧に直してくださいました。しかし、日勤者と夜勤者が一名ずつ欠勤したため七十二時間連続勤務を強いられ、溜まったデスクワークにも追われました。戻ったら屋敷の火消しで、さすがにわたしのマナも尽き果てたところです。もう、腕をあげる力も残っていません。あなたはわたしの専属メイドだから、言うことを聞いてくれるでしょう?」
紅茶を飲む元気があるなら、お菓子を口に運ぶ元気もあるだろう。全く納得できないし、彼の意図が理解できない。だが、騎士団が猛烈な人手不足に陥っているのは本当なのだ。そうでなくとも、グラシアンは仕事が早くて正確だから、いればいるだけ当てにされてしまう。女王陛下も忙しい人間に仕事を振れと、日頃からわたしに言っている。
──だが、断る。
「でしたら、一刻も早くお休みになったほうが良いのではないでしょうか? お風呂の準備をしましょうか?」
「入浴もいいですが、さきに小腹を満たさないと。空腹ではとても眠れないんですよ」
こう言えば、ああ言う。病身でもあるまいし、メイドに食べ物を口に運んでもらう健康な成人男性がいるとは思わなかった。いたとしても、あの『グラシアン卿』がその人だとは思いもしない。仕方ない。王太女ならまだしも、今のわたしはメイドだ。
「失礼します」
観念して、グラシアンの椅子の横に腰をかがめると、ドーナッツをその口元まで運ぶ。
「ひゃっ」
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