39 / 74
40.火祭り⑤
しおりを挟む
「小娘が、邪魔するな!」
またそれを大きい方の頭巾男が、剣で叩き落とす。氷の欠片が飛び散って、虚しく石畳を濡らした。このままではアンバーを連れ去られてしまう。実はいうと、わたしは治癒魔法が専門だ。攻撃魔法は得意と言えず、ましてや実践経験もない。わたしが性懲りもなく連射を放つと、頭巾男ははたき落としながら間合いを詰めてきた。後ずさるわたしはついに石畳の境目に脚を取られてしまう。ぐらりと身体が揺れ、尻餅をついた。
「……ぃ……!」
痛い、といううめき声は途中で止まった。わたしの喉元に剣先を突き付けられたからだ。頭巾から覗く冷めた瞳は茶色。この男が風魔法の使い手だ。
「どこの家の者か知らないが、我々の邪魔をするなら容赦はしない。潔く死ね!」
手荒く髪の毛を掴まれて、逃げることもできずぎゅっと身を縮こませる。
――まさか、ここで死ぬなんて! 陛下、ごめんなさい!
わたしが覚悟したそのとき、キィーンと鋼同士のぶつかる音がした。
「おまえの相手は俺だ! 彼女に手を出すなっ!」
わたしがよく知っているけれど、聞いたこともない険しい声。グラシアンが、男の剣先を受け止めたのだ。
「おまえは……グラシアン・オブ・カニアッ!」
男の闘志は、わたしの首をかき切ろうとしたときの何倍にも跳ね上がった。用済みとばかりにわたしを突き放し、グラシアンとの一騎打ちに集中する。男に持ち上げられた頭皮と石畳に着いた掌が痛くてヒリヒリした。
男は相手に恨みでもあるのか、大剣を執拗に連打する。グラシアンはその都度、相手の攻撃を受け流しては弾き返していた。五人倒しても息を乱してもおらず、風魔法の使い手よりはるかに上手らしい。
わたしはその隙に、アンバーに悪戦苦闘する地魔法の使い手に向かって氷柱のダガーを一斉に浴びせる。バカの一つ覚えと言われればそれまでだが、自分の攻撃魔法で一番威力があるのがこれなのだ。しかし、土魔法の使い手は手を振り払う動作をしただけで、わたしの氷柱を叩き落とした。
――飛んでくる氷柱に重力をかけて、落としたの?
わたしが知っている地の魔法の使い手で一番強力なのは、女王陛下だ。しかし、そこまでの力はない。まともにやって勝てる相手ではない。
わたしは捨て身で飛び出し網にしがみつくと、一気に両手にマナを注いだ。見る見るうちに網が凍り付き、白く変色して靄が出てくる。
「ぐ……っ」
わたしの狙いに気が付き、細身の男がわたしの肩を蹴りつけた。無言で何度も蹴りつけられて痛くて仕方がないし肩の関節が外れそうだ。しがみついている網がギザギザで掌も痛くて仕方がない。しかし、今手を離したらアンバーをさらわれてしまう。わたしは充分網を凍り付かせると手を離した。
「アンバーッ! 壊してっ!」
「ピィーッ」
――バキッ!
幻獣の小さな三本指が、凍りついた網を握りつぶす。燃やせないなら、いっそ凍らせればいいのだ。グレードサラマンダーの力がどのくらいかわからないが、幻獣は人間よりはるかに身体能力が高いはず。一か八かの賭けにわたしは勝ったのだ。
「ピィー!」
「アンバーッ! 良かった!」
胸に飛び込んできた赤い生き物をわたしは抱きしめた。可哀そうにピィ-、ピィ-鳴いて身体を擦り付けてくる。目も前の頭巾の男の舌打ちする声が聞こえた。
「ぐ……っ、卑怯な手を……」
野太い男のうめき声に振り向くと、グラシアンの長い脚が風魔法の男の腹にめり込んでいるところだった。どう見ても脚癖が悪い。わたしが凍らせた網より冷たい表情で、男を見下ろしていた。
「キャロル、大丈夫か?」
「え……、は、はいっ」
横顔で問われて、慌てて頷く。グラシアンは大男の背中を踏みつけると、うずくまるわたしの頭のてっぺんから足の先までを凝視した。
「なんだ。その手は、その肩は! ……あいつか?」
細身の頭巾の男に、見たものを焼き尽くしかねない視線を投げる。
男は勝機がないと悟るやいなや、躊躇なく走り出した。わたしたちに逃す意思はない。だが、走り去る頭巾の男の後ろ姿に地の精霊が漂うのを見て、わたしたちは凍り付いたのだ。肉眼で見えるほどの強い精霊を操る人間がいるなんて、聞いたことがなかった。子どもの絵本や神殿のステンドグラスでみたことのある、とんがり帽子に茶色い服を着た小さな老人。あれは、地の精霊王。
何かを考える間もなく、足元からビキビキと地鳴りが上がる。
――まさかっ!?
地魔法の使い手は味方ともどもわたしたちを崖下に落とし、自分だけ逃げようとしていた。この場には倒れた六人の男たちと、グラシアンとわたしとアンバー。全員を助ける手段がない。足元の石畳が、本格的に崩れ落ちる。
――落ちるっ!
浮遊感と同時に、駆け寄るグラシアンの必死な表情が視界によぎる。いつも憎たらしいぐらい澄ましているか、ごろつきのような粗野な笑みを浮かべているかのどちらかなのに。
「……リスッ!」
アンバーを抱えたまま空中に放り出されたわたしをグラシアンが、包み込む。わたしは絶体絶命の危機を迎えているというのに、その腕に抱かれると何もかもが満ち足りた気持ちになって瞳を閉じた。
――あなたがいるなら、大丈夫。
またそれを大きい方の頭巾男が、剣で叩き落とす。氷の欠片が飛び散って、虚しく石畳を濡らした。このままではアンバーを連れ去られてしまう。実はいうと、わたしは治癒魔法が専門だ。攻撃魔法は得意と言えず、ましてや実践経験もない。わたしが性懲りもなく連射を放つと、頭巾男ははたき落としながら間合いを詰めてきた。後ずさるわたしはついに石畳の境目に脚を取られてしまう。ぐらりと身体が揺れ、尻餅をついた。
「……ぃ……!」
痛い、といううめき声は途中で止まった。わたしの喉元に剣先を突き付けられたからだ。頭巾から覗く冷めた瞳は茶色。この男が風魔法の使い手だ。
「どこの家の者か知らないが、我々の邪魔をするなら容赦はしない。潔く死ね!」
手荒く髪の毛を掴まれて、逃げることもできずぎゅっと身を縮こませる。
――まさか、ここで死ぬなんて! 陛下、ごめんなさい!
わたしが覚悟したそのとき、キィーンと鋼同士のぶつかる音がした。
「おまえの相手は俺だ! 彼女に手を出すなっ!」
わたしがよく知っているけれど、聞いたこともない険しい声。グラシアンが、男の剣先を受け止めたのだ。
「おまえは……グラシアン・オブ・カニアッ!」
男の闘志は、わたしの首をかき切ろうとしたときの何倍にも跳ね上がった。用済みとばかりにわたしを突き放し、グラシアンとの一騎打ちに集中する。男に持ち上げられた頭皮と石畳に着いた掌が痛くてヒリヒリした。
男は相手に恨みでもあるのか、大剣を執拗に連打する。グラシアンはその都度、相手の攻撃を受け流しては弾き返していた。五人倒しても息を乱してもおらず、風魔法の使い手よりはるかに上手らしい。
わたしはその隙に、アンバーに悪戦苦闘する地魔法の使い手に向かって氷柱のダガーを一斉に浴びせる。バカの一つ覚えと言われればそれまでだが、自分の攻撃魔法で一番威力があるのがこれなのだ。しかし、土魔法の使い手は手を振り払う動作をしただけで、わたしの氷柱を叩き落とした。
――飛んでくる氷柱に重力をかけて、落としたの?
わたしが知っている地の魔法の使い手で一番強力なのは、女王陛下だ。しかし、そこまでの力はない。まともにやって勝てる相手ではない。
わたしは捨て身で飛び出し網にしがみつくと、一気に両手にマナを注いだ。見る見るうちに網が凍り付き、白く変色して靄が出てくる。
「ぐ……っ」
わたしの狙いに気が付き、細身の男がわたしの肩を蹴りつけた。無言で何度も蹴りつけられて痛くて仕方がないし肩の関節が外れそうだ。しがみついている網がギザギザで掌も痛くて仕方がない。しかし、今手を離したらアンバーをさらわれてしまう。わたしは充分網を凍り付かせると手を離した。
「アンバーッ! 壊してっ!」
「ピィーッ」
――バキッ!
幻獣の小さな三本指が、凍りついた網を握りつぶす。燃やせないなら、いっそ凍らせればいいのだ。グレードサラマンダーの力がどのくらいかわからないが、幻獣は人間よりはるかに身体能力が高いはず。一か八かの賭けにわたしは勝ったのだ。
「ピィー!」
「アンバーッ! 良かった!」
胸に飛び込んできた赤い生き物をわたしは抱きしめた。可哀そうにピィ-、ピィ-鳴いて身体を擦り付けてくる。目も前の頭巾の男の舌打ちする声が聞こえた。
「ぐ……っ、卑怯な手を……」
野太い男のうめき声に振り向くと、グラシアンの長い脚が風魔法の男の腹にめり込んでいるところだった。どう見ても脚癖が悪い。わたしが凍らせた網より冷たい表情で、男を見下ろしていた。
「キャロル、大丈夫か?」
「え……、は、はいっ」
横顔で問われて、慌てて頷く。グラシアンは大男の背中を踏みつけると、うずくまるわたしの頭のてっぺんから足の先までを凝視した。
「なんだ。その手は、その肩は! ……あいつか?」
細身の頭巾の男に、見たものを焼き尽くしかねない視線を投げる。
男は勝機がないと悟るやいなや、躊躇なく走り出した。わたしたちに逃す意思はない。だが、走り去る頭巾の男の後ろ姿に地の精霊が漂うのを見て、わたしたちは凍り付いたのだ。肉眼で見えるほどの強い精霊を操る人間がいるなんて、聞いたことがなかった。子どもの絵本や神殿のステンドグラスでみたことのある、とんがり帽子に茶色い服を着た小さな老人。あれは、地の精霊王。
何かを考える間もなく、足元からビキビキと地鳴りが上がる。
――まさかっ!?
地魔法の使い手は味方ともどもわたしたちを崖下に落とし、自分だけ逃げようとしていた。この場には倒れた六人の男たちと、グラシアンとわたしとアンバー。全員を助ける手段がない。足元の石畳が、本格的に崩れ落ちる。
――落ちるっ!
浮遊感と同時に、駆け寄るグラシアンの必死な表情が視界によぎる。いつも憎たらしいぐらい澄ましているか、ごろつきのような粗野な笑みを浮かべているかのどちらかなのに。
「……リスッ!」
アンバーを抱えたまま空中に放り出されたわたしをグラシアンが、包み込む。わたしは絶体絶命の危機を迎えているというのに、その腕に抱かれると何もかもが満ち足りた気持ちになって瞳を閉じた。
――あなたがいるなら、大丈夫。
1
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる