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41.警ら隊①
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川に落ちて、瓦礫の下敷きになると思った。しかし、まったくその衝撃がなくこわごわと目を開いてみると、驚くべきことにわたしたちは川に落ちていなかった。
「どうなっているの?」
「ピィー!」
腕のなかのアンバーが大きな琥珀色の瞳で自分を褒めて、とアピールしてくる。わたしは赤く小さな頭を撫でてやった。
「アンバーの力で、俺たちは今宙に浮いている」
至近距離から聞こえた声に頭を上げると、グラシアンの顔。近い、近すぎる。横抱きにされていることにも気が付いて、わたしの顔から火が出そうになった。
「アンバー、瓦礫ごと俺たちをあの広場に下ろすんだ。できるか?」
わたしの心の内など知らないグラシアンが、幻獣に冷静な指示を与える。アンバーはピィーピィー鳴きながら腕のなかから飛び出して、グラシアンの周囲をしきりに飛び回った。それが彼の周りに漂う火のマナを食べる行為だと思い至ったときには、わたしたちは高台と反対側の岸まで運ばれていた。ゆっくりと地上に下ろされる。
「なんだ、何があったんだ!?」
「いきなり見張り台が崩れて川に落ちると思ったのに、突然宙に浮いたんだ」
「あれ、あの人! 今度王女様と結婚される方じゃないの?」
「え? グラシアン・オブ・カニア様? じゃあ、あの女の子はだれ?」
広場にはわたしたちの到着を待って、騒ぎを聞きつけてやってきた群衆とそれを押しとどめる警ら隊でごったがえてしている。いきなり衆目を浴びてしまい、わたしは身の置き所がなかった。
「下ろしてください、グラシアン様」
「はんっ、どこに下ろせと?」
仰ぎ見たグラシアンの小馬鹿にしたような物言いが、癪に障る。
「もちろんあなたの横にですよ」
「俺の横にキャロルが立つスペースはないぞ」
見下ろしたわたしは、ようやく納得した。さも安定した場所に立っているようだが、グラシアンは瓦礫のでこぼこした上に立っているのだ。自分の姿勢が安定しているからわからなかった。恐るべし、平衡感覚。
「だったら、はやく瓦礫から降りて――」
「キャロル」
「はい?」
「おまえ、手を怪我してるぞ」
言われてみると、両の手のひらが擦れて血が出ていた。アンバーが捕らえられた網を掴んだときにできたものだろう。ついでにわたしは、地魔法の使い手に肩を蹴られた痛みまで思い出した。いきなり、心臓が肩に移ったかのように、じんじんと痛みだす。わたしは服の内側がどうなっているか知りたくなくて、早々に治癒魔法をかけた。
「グラシアン様は、どこも怪我されていないですか?」
わたしの問いかけにも、彼は憮然とした表情を崩さない。
――何か、怒っているのかしら?
「ない。――ところで、おまえは俺の専属メイドなんだろ?」
「まあ、そうですね」
とはいっても、あと何時間かの話だ。
「だったら、俺の許しもなく勝手に行動して、勝手に殺されそうになるなよ」
「……そうですね。すみません。気を付けます」
グラシアンはその場で待つように言ったし、わたしが首を搔き切られそうになったのは事実なので言い返せない。どうやら、グラシアンはわたしの身を心配してくれたようだ。人格者の仮面は外したようだが、彼が優しいことには変わりなかった。わたしは急に胸の内が暖かくなって、楽しくなってくる。叱られているのに、嬉しくなるなんて。
――これって何なの?
「グラシアン卿!」
そのとき、髭を生やした壮年の騎士が、鎧をガチャガチャ鳴らしながら走ってきた。たしか、王都の警ら隊のバートランド隊長だ。まあるい瞳の童顔がちょっとかわいいよね、と王宮の侍女たちが話していたのを覚えている。隊長は、背後に数人の部下を引き連れていた。
「どういうことか、説明してくれ。こっちは何が起きたのか、さっぱり……」
「グレードサラマンダーを攫おうとした一味を追い詰めました。しかし、そのうちの地の魔法の使い手が強力で、あの高台を崩して一人逃げ延びました。危うく、我々は川にたたきつけられるところでしたが、当のグレードサラマンダーにより助けられました」
「けが人はいるか?」
「ここにいる一味六名が重傷です」
必要最低限な物言いとその無表情っぷりに、バートランド卿の背後が騒がしくなる。
「あれ、グラシアン副団長の口調が……」
「いつものスマイルもないぞ」
「……ていうか。空気からして、別人じゃないですか?」
「おまえら、さっさと倒壊した見張台を通行禁止にして来い」
バートランド卿が背後を振り返って、手で追い払う仕草をした。
「グラシアン卿、続けてくれ。警ら隊には庶民も多い。あいつら、礼儀を知らないんだ。許してやってくれ」
かつての人格者はものの見事に彼らの会話を黙殺し、現状報告に徹する。
「精霊の使い手は二人です。今言ったとおり、地魔法の使い手は逃走しましたが、風魔法の使い手はここにいます」
グラシアンはわたしを腕に抱いたまま、瓦礫の上で伸びている頭巾姿の男を蹴り上げ、仰向けにさせた。
「ぐふ……っ、う……っ!」
――脚癖が悪すぎるわ。
「おい、世紀の人格者がやけに手荒だな」
「どうなっているの?」
「ピィー!」
腕のなかのアンバーが大きな琥珀色の瞳で自分を褒めて、とアピールしてくる。わたしは赤く小さな頭を撫でてやった。
「アンバーの力で、俺たちは今宙に浮いている」
至近距離から聞こえた声に頭を上げると、グラシアンの顔。近い、近すぎる。横抱きにされていることにも気が付いて、わたしの顔から火が出そうになった。
「アンバー、瓦礫ごと俺たちをあの広場に下ろすんだ。できるか?」
わたしの心の内など知らないグラシアンが、幻獣に冷静な指示を与える。アンバーはピィーピィー鳴きながら腕のなかから飛び出して、グラシアンの周囲をしきりに飛び回った。それが彼の周りに漂う火のマナを食べる行為だと思い至ったときには、わたしたちは高台と反対側の岸まで運ばれていた。ゆっくりと地上に下ろされる。
「なんだ、何があったんだ!?」
「いきなり見張り台が崩れて川に落ちると思ったのに、突然宙に浮いたんだ」
「あれ、あの人! 今度王女様と結婚される方じゃないの?」
「え? グラシアン・オブ・カニア様? じゃあ、あの女の子はだれ?」
広場にはわたしたちの到着を待って、騒ぎを聞きつけてやってきた群衆とそれを押しとどめる警ら隊でごったがえてしている。いきなり衆目を浴びてしまい、わたしは身の置き所がなかった。
「下ろしてください、グラシアン様」
「はんっ、どこに下ろせと?」
仰ぎ見たグラシアンの小馬鹿にしたような物言いが、癪に障る。
「もちろんあなたの横にですよ」
「俺の横にキャロルが立つスペースはないぞ」
見下ろしたわたしは、ようやく納得した。さも安定した場所に立っているようだが、グラシアンは瓦礫のでこぼこした上に立っているのだ。自分の姿勢が安定しているからわからなかった。恐るべし、平衡感覚。
「だったら、はやく瓦礫から降りて――」
「キャロル」
「はい?」
「おまえ、手を怪我してるぞ」
言われてみると、両の手のひらが擦れて血が出ていた。アンバーが捕らえられた網を掴んだときにできたものだろう。ついでにわたしは、地魔法の使い手に肩を蹴られた痛みまで思い出した。いきなり、心臓が肩に移ったかのように、じんじんと痛みだす。わたしは服の内側がどうなっているか知りたくなくて、早々に治癒魔法をかけた。
「グラシアン様は、どこも怪我されていないですか?」
わたしの問いかけにも、彼は憮然とした表情を崩さない。
――何か、怒っているのかしら?
「ない。――ところで、おまえは俺の専属メイドなんだろ?」
「まあ、そうですね」
とはいっても、あと何時間かの話だ。
「だったら、俺の許しもなく勝手に行動して、勝手に殺されそうになるなよ」
「……そうですね。すみません。気を付けます」
グラシアンはその場で待つように言ったし、わたしが首を搔き切られそうになったのは事実なので言い返せない。どうやら、グラシアンはわたしの身を心配してくれたようだ。人格者の仮面は外したようだが、彼が優しいことには変わりなかった。わたしは急に胸の内が暖かくなって、楽しくなってくる。叱られているのに、嬉しくなるなんて。
――これって何なの?
「グラシアン卿!」
そのとき、髭を生やした壮年の騎士が、鎧をガチャガチャ鳴らしながら走ってきた。たしか、王都の警ら隊のバートランド隊長だ。まあるい瞳の童顔がちょっとかわいいよね、と王宮の侍女たちが話していたのを覚えている。隊長は、背後に数人の部下を引き連れていた。
「どういうことか、説明してくれ。こっちは何が起きたのか、さっぱり……」
「グレードサラマンダーを攫おうとした一味を追い詰めました。しかし、そのうちの地の魔法の使い手が強力で、あの高台を崩して一人逃げ延びました。危うく、我々は川にたたきつけられるところでしたが、当のグレードサラマンダーにより助けられました」
「けが人はいるか?」
「ここにいる一味六名が重傷です」
必要最低限な物言いとその無表情っぷりに、バートランド卿の背後が騒がしくなる。
「あれ、グラシアン副団長の口調が……」
「いつものスマイルもないぞ」
「……ていうか。空気からして、別人じゃないですか?」
「おまえら、さっさと倒壊した見張台を通行禁止にして来い」
バートランド卿が背後を振り返って、手で追い払う仕草をした。
「グラシアン卿、続けてくれ。警ら隊には庶民も多い。あいつら、礼儀を知らないんだ。許してやってくれ」
かつての人格者はものの見事に彼らの会話を黙殺し、現状報告に徹する。
「精霊の使い手は二人です。今言ったとおり、地魔法の使い手は逃走しましたが、風魔法の使い手はここにいます」
グラシアンはわたしを腕に抱いたまま、瓦礫の上で伸びている頭巾姿の男を蹴り上げ、仰向けにさせた。
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