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40.火祭り⑤
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「小娘が、邪魔するな!」
またそれを大きい方の頭巾男が、剣で叩き落とす。氷の欠片が飛び散って、虚しく石畳を濡らした。このままではアンバーを連れ去られてしまう。実はいうと、わたしは治癒魔法が専門だ。攻撃魔法は得意と言えず、ましてや実践経験もない。わたしが性懲りもなく連射を放つと、頭巾男ははたき落としながら間合いを詰めてきた。後ずさるわたしはついに石畳の境目に脚を取られてしまう。ぐらりと身体が揺れ、尻餅をついた。
「……ぃ……!」
痛い、といううめき声は途中で止まった。わたしの喉元に剣先を突き付けられたからだ。頭巾から覗く冷めた瞳は茶色。この男が風魔法の使い手だ。
「どこの家の者か知らないが、我々の邪魔をするなら容赦はしない。潔く死ね!」
手荒く髪の毛を掴まれて、逃げることもできずぎゅっと身を縮こませる。
――まさか、ここで死ぬなんて! 陛下、ごめんなさい!
わたしが覚悟したそのとき、キィーンと鋼同士のぶつかる音がした。
「おまえの相手は俺だ! 彼女に手を出すなっ!」
わたしがよく知っているけれど、聞いたこともない険しい声。グラシアンが、男の剣先を受け止めたのだ。
「おまえは……グラシアン・オブ・カニアッ!」
男の闘志は、わたしの首をかき切ろうとしたときの何倍にも跳ね上がった。用済みとばかりにわたしを突き放し、グラシアンとの一騎打ちに集中する。男に持ち上げられた頭皮と石畳に着いた掌が痛くてヒリヒリした。
男は相手に恨みでもあるのか、大剣を執拗に連打する。グラシアンはその都度、相手の攻撃を受け流しては弾き返していた。五人倒しても息を乱してもおらず、風魔法の使い手よりはるかに上手らしい。
わたしはその隙に、アンバーに悪戦苦闘する地魔法の使い手に向かって氷柱のダガーを一斉に浴びせる。バカの一つ覚えと言われればそれまでだが、自分の攻撃魔法で一番威力があるのがこれなのだ。しかし、土魔法の使い手は手を振り払う動作をしただけで、わたしの氷柱を叩き落とした。
――飛んでくる氷柱に重力をかけて、落としたの?
わたしが知っている地の魔法の使い手で一番強力なのは、女王陛下だ。しかし、そこまでの力はない。まともにやって勝てる相手ではない。
わたしは捨て身で飛び出し網にしがみつくと、一気に両手にマナを注いだ。見る見るうちに網が凍り付き、白く変色して靄が出てくる。
「ぐ……っ」
わたしの狙いに気が付き、細身の男がわたしの肩を蹴りつけた。無言で何度も蹴りつけられて痛くて仕方がないし肩の関節が外れそうだ。しがみついている網がギザギザで掌も痛くて仕方がない。しかし、今手を離したらアンバーをさらわれてしまう。わたしは充分網を凍り付かせると手を離した。
「アンバーッ! 壊してっ!」
「ピィーッ」
――バキッ!
幻獣の小さな三本指が、凍りついた網を握りつぶす。燃やせないなら、いっそ凍らせればいいのだ。グレードサラマンダーの力がどのくらいかわからないが、幻獣は人間よりはるかに身体能力が高いはず。一か八かの賭けにわたしは勝ったのだ。
「ピィー!」
「アンバーッ! 良かった!」
胸に飛び込んできた赤い生き物をわたしは抱きしめた。可哀そうにピィ-、ピィ-鳴いて身体を擦り付けてくる。目も前の頭巾の男の舌打ちする声が聞こえた。
「ぐ……っ、卑怯な手を……」
野太い男のうめき声に振り向くと、グラシアンの長い脚が風魔法の男の腹にめり込んでいるところだった。どう見ても脚癖が悪い。わたしが凍らせた網より冷たい表情で、男を見下ろしていた。
「キャロル、大丈夫か?」
「え……、は、はいっ」
横顔で問われて、慌てて頷く。グラシアンは大男の背中を踏みつけると、うずくまるわたしの頭のてっぺんから足の先までを凝視した。
「なんだ。その手は、その肩は! ……あいつか?」
細身の頭巾の男に、見たものを焼き尽くしかねない視線を投げる。
男は勝機がないと悟るやいなや、躊躇なく走り出した。わたしたちに逃す意思はない。だが、走り去る頭巾の男の後ろ姿に地の精霊が漂うのを見て、わたしたちは凍り付いたのだ。肉眼で見えるほどの強い精霊を操る人間がいるなんて、聞いたことがなかった。子どもの絵本や神殿のステンドグラスでみたことのある、とんがり帽子に茶色い服を着た小さな老人。あれは、地の精霊王。
何かを考える間もなく、足元からビキビキと地鳴りが上がる。
――まさかっ!?
地魔法の使い手は味方ともどもわたしたちを崖下に落とし、自分だけ逃げようとしていた。この場には倒れた六人の男たちと、グラシアンとわたしとアンバー。全員を助ける手段がない。足元の石畳が、本格的に崩れ落ちる。
――落ちるっ!
浮遊感と同時に、駆け寄るグラシアンの必死な表情が視界によぎる。いつも憎たらしいぐらい澄ましているか、ごろつきのような粗野な笑みを浮かべているかのどちらかなのに。
「……リスッ!」
アンバーを抱えたまま空中に放り出されたわたしをグラシアンが、包み込む。わたしは絶体絶命の危機を迎えているというのに、その腕に抱かれると何もかもが満ち足りた気持ちになって瞳を閉じた。
――あなたがいるなら、大丈夫。
またそれを大きい方の頭巾男が、剣で叩き落とす。氷の欠片が飛び散って、虚しく石畳を濡らした。このままではアンバーを連れ去られてしまう。実はいうと、わたしは治癒魔法が専門だ。攻撃魔法は得意と言えず、ましてや実践経験もない。わたしが性懲りもなく連射を放つと、頭巾男ははたき落としながら間合いを詰めてきた。後ずさるわたしはついに石畳の境目に脚を取られてしまう。ぐらりと身体が揺れ、尻餅をついた。
「……ぃ……!」
痛い、といううめき声は途中で止まった。わたしの喉元に剣先を突き付けられたからだ。頭巾から覗く冷めた瞳は茶色。この男が風魔法の使い手だ。
「どこの家の者か知らないが、我々の邪魔をするなら容赦はしない。潔く死ね!」
手荒く髪の毛を掴まれて、逃げることもできずぎゅっと身を縮こませる。
――まさか、ここで死ぬなんて! 陛下、ごめんなさい!
わたしが覚悟したそのとき、キィーンと鋼同士のぶつかる音がした。
「おまえの相手は俺だ! 彼女に手を出すなっ!」
わたしがよく知っているけれど、聞いたこともない険しい声。グラシアンが、男の剣先を受け止めたのだ。
「おまえは……グラシアン・オブ・カニアッ!」
男の闘志は、わたしの首をかき切ろうとしたときの何倍にも跳ね上がった。用済みとばかりにわたしを突き放し、グラシアンとの一騎打ちに集中する。男に持ち上げられた頭皮と石畳に着いた掌が痛くてヒリヒリした。
男は相手に恨みでもあるのか、大剣を執拗に連打する。グラシアンはその都度、相手の攻撃を受け流しては弾き返していた。五人倒しても息を乱してもおらず、風魔法の使い手よりはるかに上手らしい。
わたしはその隙に、アンバーに悪戦苦闘する地魔法の使い手に向かって氷柱のダガーを一斉に浴びせる。バカの一つ覚えと言われればそれまでだが、自分の攻撃魔法で一番威力があるのがこれなのだ。しかし、土魔法の使い手は手を振り払う動作をしただけで、わたしの氷柱を叩き落とした。
――飛んでくる氷柱に重力をかけて、落としたの?
わたしが知っている地の魔法の使い手で一番強力なのは、女王陛下だ。しかし、そこまでの力はない。まともにやって勝てる相手ではない。
わたしは捨て身で飛び出し網にしがみつくと、一気に両手にマナを注いだ。見る見るうちに網が凍り付き、白く変色して靄が出てくる。
「ぐ……っ」
わたしの狙いに気が付き、細身の男がわたしの肩を蹴りつけた。無言で何度も蹴りつけられて痛くて仕方がないし肩の関節が外れそうだ。しがみついている網がギザギザで掌も痛くて仕方がない。しかし、今手を離したらアンバーをさらわれてしまう。わたしは充分網を凍り付かせると手を離した。
「アンバーッ! 壊してっ!」
「ピィーッ」
――バキッ!
幻獣の小さな三本指が、凍りついた網を握りつぶす。燃やせないなら、いっそ凍らせればいいのだ。グレードサラマンダーの力がどのくらいかわからないが、幻獣は人間よりはるかに身体能力が高いはず。一か八かの賭けにわたしは勝ったのだ。
「ピィー!」
「アンバーッ! 良かった!」
胸に飛び込んできた赤い生き物をわたしは抱きしめた。可哀そうにピィ-、ピィ-鳴いて身体を擦り付けてくる。目も前の頭巾の男の舌打ちする声が聞こえた。
「ぐ……っ、卑怯な手を……」
野太い男のうめき声に振り向くと、グラシアンの長い脚が風魔法の男の腹にめり込んでいるところだった。どう見ても脚癖が悪い。わたしが凍らせた網より冷たい表情で、男を見下ろしていた。
「キャロル、大丈夫か?」
「え……、は、はいっ」
横顔で問われて、慌てて頷く。グラシアンは大男の背中を踏みつけると、うずくまるわたしの頭のてっぺんから足の先までを凝視した。
「なんだ。その手は、その肩は! ……あいつか?」
細身の頭巾の男に、見たものを焼き尽くしかねない視線を投げる。
男は勝機がないと悟るやいなや、躊躇なく走り出した。わたしたちに逃す意思はない。だが、走り去る頭巾の男の後ろ姿に地の精霊が漂うのを見て、わたしたちは凍り付いたのだ。肉眼で見えるほどの強い精霊を操る人間がいるなんて、聞いたことがなかった。子どもの絵本や神殿のステンドグラスでみたことのある、とんがり帽子に茶色い服を着た小さな老人。あれは、地の精霊王。
何かを考える間もなく、足元からビキビキと地鳴りが上がる。
――まさかっ!?
地魔法の使い手は味方ともどもわたしたちを崖下に落とし、自分だけ逃げようとしていた。この場には倒れた六人の男たちと、グラシアンとわたしとアンバー。全員を助ける手段がない。足元の石畳が、本格的に崩れ落ちる。
――落ちるっ!
浮遊感と同時に、駆け寄るグラシアンの必死な表情が視界によぎる。いつも憎たらしいぐらい澄ましているか、ごろつきのような粗野な笑みを浮かべているかのどちらかなのに。
「……リスッ!」
アンバーを抱えたまま空中に放り出されたわたしをグラシアンが、包み込む。わたしは絶体絶命の危機を迎えているというのに、その腕に抱かれると何もかもが満ち足りた気持ちになって瞳を閉じた。
――あなたがいるなら、大丈夫。
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