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第17話 鉄の馬と、戦乙女(ワルキューレ)
しおりを挟む「……降りてこい、石鹸屋!」
蒸気機関車『バーンズ一号』が、駅(といっても、まだ木の板を敷いただけの簡易ホームだが)に停車し、白い蒸気を吐き出した瞬間。
ドスの効いた少女の声が響いた。
黒塗りの馬車から飛び降りた帝国皇女ヒルデガルドが、プラットホームに仁王立ちしていた。
彼女は豪奢な軍服のマントを跳ね上げ、腰の大剣の柄に手をかけている。
周囲の重装騎兵たちも殺気立っているが、ヒルデガルドの放つ闘気の前では霞んで見えた。
運転席から降りたマイルズは、防護ゴーグルを外し、煤で汚れた顔を拭うこともせず、優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります、殿下。歓迎の挨拶代わりの汽笛、お気に召しましたか?」
「ふざけるな!」
ヒルデガルドが一歩踏み出す。石畳がパキンと音を立ててひび割れた。
「帝国の使節団を追い抜くなど、無礼にも程がある! ……それに、なんだその煤けた顔は! 一国の領主代行が、労働者のような格好で出迎えるとは、帝国を愚弄しているのか!」
彼女はマイルズを頭から爪先まで睨め回した。
(……線が細い。腕も足も、棒きれみたいだ)
ヒルデガルドは失望した。噂の神童というから、どんな古強者かと思えば、ただの華奢な美少年だ。
「所詮は商人の子か。……おい、貴様。剣は握れるのか?」
「たしなむ程度には」
「嘘をつけ。その手は剣ダコ一つない、女のような手だ」
ヒルデガルドは鼻で笑った。
「私は弱い男が大嫌いだ。口先だけの策士など、戦場では肉壁にもならん」
典型的な脳筋(マッスル・ブレイン)だ。
だが、マイルズは怒らなかった。むしろ、獲物を見る目で微笑んだ。
「殿下。強さとは、筋肉の量だけで決まるものではありませんよ」
「なんだと?」
「論より証拠。……私の『愛馬』に乗ってみませんか?」
マイルズは、背後の巨大な鉄塊――蒸気機関車を親指で指した。
「貴国の名馬でも、この鉄の馬には追いつけなかったでしょう? ……その背中で、バーンズ領の『本当の強さ』をご案内しますよ」
ヒルデガルドは機関車を見上げた。
近くで見ると、その威容は圧倒的だった。
熱気。油の匂い。そして、生物のような鼓動を刻むピストンの音。
(……罠か? いや、ここで断れば、帝国の皇女が鉄屑に怯えたことになる)
「……よかろう」
ヒルデガルドは不敵に笑った。
「その自慢の玩具、私が鑑定してやる。もしつまらん乗り心地なら、その首を刎ねてやるから覚悟しろ」
◇
ヒルデガルドと副官、そして数名の護衛が客車(貴賓車として急造された車両)に乗り込んだ。
外見は無骨な鉄の箱だが、中はマイルズの指示で、ふかふかのソファと、衝撃吸収用のクッションが敷き詰められている。
「出発進行!」
マイルズの合図と共に、汽笛が鳴り響く。
ガタン、と軽い衝撃があり、車窓の風景が流れ始めた。
「……速い」
ヒルデガルドが窓に張り付く。
馬車の全力疾走に近い速度が、ずっと続いている。
しかも、揺れが少ない。
「おい、副官。今、この速さどれくらいだ?」
「は、はっ! 早馬(はやうま)の全力疾走……いいえ、それ以上の速度です! しかも、その速度がまったく落ちません!」
「これを維持し続けているのか? 馬も休ませずに?」
ヒルデガルドの顔色が少し変わる。
騎兵の常識ではありえない持久力だ。
「殿下、後ろをご覧ください」
向かいの席に座ったマイルズが、後方の車両を指差した。
ヒルデガルドが振り返る。
客車の後ろには、屋根のない貨車が十両、長く繋がっていた。
そこには、黒い石(石炭)と、赤茶けた岩(鉄鉱石)が山のように積まれている。
「……石ころを運んでいるのか?」
「ええ。『資源』です」
マイルズは涼しい顔で言った。
「あの一両に、およそ十トンの鉱石が積めます。それが十両。合計百トンです」
「ひゃ、百トン……!?」
副官が素っ頓狂な声を上げた。
「馬車一台の積載量が精々一トン……。つまり、馬車百台分を、たった一度に!?」
「しかも、馬車の数倍の速度で、休憩なしで運びます」
マイルズは、ヒルデガルドの目を見据えた。
「殿下。貴国の自慢である重装歩兵団。彼らが一日に行軍できる距離は?」
「……完全武装なら、三十キロといったところだ」
「なるほど。この列車なら、一時間でその距離を移動できます。しかも、兵士は座って休んだまま。……現地に到着した瞬間、元気いっぱいで戦えます」
ヒルデガルドは、背筋に氷柱(つらら)を差し込まれたような感覚を覚えた。
想像してしまったのだ。
国境線に、突如として現れる鉄の列車。
そこから吐き出される、疲労を知らない万単位の兵士と、尽きることのない食糧、矢弾。
対する帝国の兵士は、泥道を何日も歩き、疲弊しきっている。
勝負になるわけがない。
「これが……バーンズの『強さ』か」
ヒルデガルドの声が震えた。
「剣技ではない。魔法でもない。……『運ぶ力』か」
「ご明察です」
マイルズはにっこりと笑った。
「兵站(ロジスティクス)なき軍隊は、ただの武装難民です。……我々は、戦う前に勝つ準備ができている」
◇
列車は、終点である「赤錆山工業区画」に到着した。
そこは、かつての静かな鉱山ではなかった。
「な、なんだここは……!」
ヒルデガルドが列車を降りて見たものは、黒煙を吐き出す無数の煙突と、轟音を立てて稼働する巨大な工場群だった。
高炉から噴き出す赤い炎が、空を焦がしている。
赤錆山全体が、一つの巨大な「兵器工場」のように見えた。
「いらっしゃいませ、殿下。ここが私の『鍛冶場』です」
マイルズが案内する先々で、職人たちが働いている。
溶けた鉄が川のように流れ、巨大なプレス機が鋼鉄を飴のように曲げていく。
そこで作られているのは、農具、工具、建築資材。
だが、ヒルデガルドの「軍人の目」には、それらが別のものに見えた。
(あの農具を作るプレス機は、鎧の量産に転用できる)
(あの鉄パイプは、槍の柄や、あるいは大砲の砲身になる)
(あのコンクリートブロックは、一夜にして要塞を築く建材だ)
「……化け物め」
ヒルデガルドは、隣を歩く華奢な少年を睨んだ。
「貴様、これからどうする気だ? これだけの生産力があれば、大陸を統一できるぞ」
「興味ありませんね」
マイルズは即答した。
「領土を広げれば、管理コストが増えるだけです。私は、私の領民が腹一杯食べて、温かく眠れればそれでいい。……そのために、少しばかり『爪』を研いでいるだけです」
「少しばかり、だと……?」
ヒルデガルドは、自分が腰に下げている大剣が、ひどく頼りないものに思えてきた。
彼女は今まで、己の武勇こそが最強だと信じてきた。
だが、目の前の少年は、指一本触れることなく、鉄と蒸気で世界を蹂躙できる力を持っている。
(勝てない)
武人としての本能が告げていた。
この少年を敵に回してはならない。
この生産力を、この技術を、敵国に渡してはならない。
ヒルデガルドは、悔しさと、それ以上に湧き上がる「熱」を感じていた。
「弱い男」だと思っていた。
だが違った。この少年は、誰よりも強欲で、誰よりも強大な「覇王」の器だ。
「……マイルズ・バーンズ」
ヒルデガルドは、工場の轟音に負けない声で名を呼んだ。
「何でしょう、殿下」
「訂正してやる。貴様は弱くない」
彼女は、マイルズの前に立ち、その青い瞳を覗き込んだ。
「だが、気に食わん。その余裕たっぷりの顔がな。……いつか必ず、その仮面を剥がして、私の前で跪かせてやる」
それは、事実上の敗北宣言であり、同時に強烈なライバル認定だった。
「光栄です。……では、見学はこの辺にして」
マイルズは、工場の奥にある迎賓館を指差した。
「汗をかいたでしょう? 当領自慢の『温泉』と、最高の食事を用意してあります。……戦の話は、その後でゆっくりと」
ヒルデガルドのお腹が、グゥ、と可愛らしい音を立てた。
彼女は顔を真っ赤にして、マイルズを睨んだ。
「……覚えていろ! 貴様の工場だけでなく、食糧庫も空にしてやるからな!」
鉄の馬による洗礼は終わった。
次は、胃袋の攻略戦だ。
マイルズの内政チートは、ここからさらに加速する。
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