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第27話 銀の翼と、裏庭の闇鍋パーティー
しおりを挟む王立学院の激マズスープ事件から一夜が明けた。
マイルズは早朝、寮を抜け出し、王都の商業区にある「銀翼商会・王都支店」を訪れていた。
「あら、いらっしゃいませマイルズ様。……制服姿も素敵ですわね」
応接室で迎えたのは、艶やかなドレスに身を包んだエリーゼだった。
20歳になった彼女は、大人の女性としての色香と、支店長としての貫禄をさらに増していた。
「おはようございます、エリーゼ殿。……朝から押し掛けて申し訳ない」
「構いませんわ。それで? 『緊急の食糧支援』要請とは、一体何事ですの? 王立学院の食事は、それほど酷いですの?」
エリーゼが紅茶を淹れながらクスクスと笑う。
「酷いなんてもんじゃない。家畜の餌の方がマシだ」
マイルズは昨夜のスープを思い出し、げんなりとした顔をした。
「成長期の体に毒だ。……私の食事は全て商会から手配したい。バーンズ領で作ったパン、缶詰、ハム、チーズ……あるもの全てだ」
「ふふ、分かりましたわ。可愛い『未来の旦那様(仮)』が飢えてしまっては困りますものね」
エリーゼは悪戯っぽく微笑み、指を鳴らした。
「手配しましょう。……ですが、寮への持ち込みは『おやつ』程度しか認められていないのでは?」
「正規ルートではね」
マイルズはニヤリとした。
「だから、裏口を使う。……それと、調理器具も借りたい。缶詰をそのまま食べるのは味気ないからね」
◇
その日の昼休み。
王立学院の校舎裏、普段は誰も寄り付かない中庭の片隅に、香ばしい匂いが漂い始めた。
「……なんだ、このいい匂いは?」
「食堂の方じゃないぞ……?」
鼻をヒクつかせた生徒たちが、ゾンビのように匂いの元へと集まってくる。
そこで彼らが見たのは、信じられない光景だった。
マイルズとシンシアが、簡易コンロ(赤錆山製・固形燃料式)を広げ、鍋を火にかけていたのだ。
鍋の中でグツグツと煮えているのは、マイルズ特製の「トマトとソーセージの煮込み」。
銀翼商会から仕入れた「トマト缶」と「ソーセージ缶」、そして乾燥野菜を煮込み、塩コショウで味を整えただけのシンプルなものだが、この学園においては王侯貴族の饗宴に等しい。
「さあ、できたぞ」
マイルズが、焼きたての白パン(これも商会製)に、熱々の煮込みを乗せる。
ガブリ。
「……ん、美味い」
トマトの酸味と肉の旨味が口いっぱいに広がる。冷え切った体に熱が染み渡る。
ゴクリ。
周囲を取り囲む生徒たちの喉が、一斉に鳴った。
彼らの手には、食堂で配られた「石のように硬いパン」と「泥水スープ」が握られている。
「……お、おい、一年生」
一人の男子生徒が、ふらふらと近づいてきた。
マイルズと同じクラスの、レオンという大柄な少年だ。騎士科志望の脳筋だが、今は空腹で目が血走っている。
「そ、それはなんだ……? 魔法の料理か……?」
「ただの缶詰だよ」
マイルズは、予備のパンに煮込みを乗せて差し出した。
「食うか?」
「く、食う!!」
レオンは奪い取るようにパンを受け取り、貪り食った。
「う、美味いぃぃぃ!! なんだこれはぁぁ! 肉だ! 肉の味がするぞぉぉ!」
彼は涙を流して絶叫した。
「温かい……柔らかい……これが、人間の食事か……!」
その叫びが、堰(せき)を切った。
「ず、ずるいぞ! 俺にもくれ!」
「私にも! お金なら払いますわ!」
「そのパンを! 頼む、そのパンをくれ!」
数十人の生徒がマイルズに殺到する。
マイルズは慌てず騒がず、シンシアに目配せした。
「シンシア、商売の時間だ」
「了解。……原価計算、利益率設定完了。……一杯、銅貨五枚です」
即席の「裏庭カフェ」が開店した。
銀翼商会から運び込んだ在庫の山が、飛ぶように売れていく。
貴族の令嬢も、騎士志望の猛者も、マイルズの前に列を作り、空き缶を奪い合うように舐めている。
「……素晴らしい」
マイルズは、その光景を見て満足げに頷いた。
「胃袋を掴めば、人は従順になる」
「おい! そこで何をしている!」
騒ぎを聞きつけ、生徒会役員たちが駆けつけてきた。
先頭にいるのは、昨日マイルズに因縁をつけた副会長、オスカー・ゼファーだ。
「校内で勝手な煮炊きは禁止だ! しかも、外部の業者(銀翼商会)を招き入れるなど……!」
「おや、先輩」
マイルズは、ソーセージを齧りながら振り返った。
「これは『料理研究会』の活動ですよ。……今、発足させました」
「ふ、ふざけるな! 許可など出していない!」
オスカーが鍋を蹴飛ばそうとした、その時。
「やめろ!」
大柄なレオンが、オスカーの前に立ちはだかった。
「どけ、一年坊主!」
「どかない! ……この鍋は、俺たちの命だ!」
「そうだ! 生徒会はこのスープより美味いものを出せるのか!」
「引っ込め! 邪魔をするな!」
周囲の生徒たちが、一斉にオスカーを睨みつけた。
食べ物の恨みは恐ろしい。特に、不味い飯を強要してきた生徒会への不満が、マイルズの飯テロによって爆発したのだ。
「ぐっ……き、貴様ら……反逆する気か!」
オスカーは多勢に無勢と悟り、顔を真っ赤にして後ずさった。
「お、覚えていろ! このような勝手な真似、校長に言いつけて退学にしてやる!」
捨て台詞を残して去っていくオスカー。
生徒たちは勝利の歓声を上げ、再び鍋に群がった。
「……勝ったな」
マイルズは呟いた。
「マイルズ様」
シンシアが、空になった鍋を見せた。
「完売です。……売上は金貨二枚。生徒たちの『生徒会への支持率』は計算不能なほど低下しました」
「上出来だ」
マイルズは、満腹で幸せそうな顔をしている生徒たちを見渡した。
その中には、第二王子の姿こそなかったが、彼の護衛騎士であるグレンが、遠くからこちらの様子を窺っているのが見えた。
「さて。……次は『居住環境』だな」
マイルズは、冷たい風が吹き抜ける寮を見上げた。
食の次は、住。
マイルズの学園リフォーム計画は、止まらない。
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