バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

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第30話 氷の薔薇と、爆裂するトウモロコシ

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『号外! 生徒会の優雅なティータイム! その予算は君たちのスープから!?』
翌朝。
王立学院の掲示板に貼り出された「学内新聞」の記事が、蜂の巣をつついたような騒ぎを引き起こしていた。
新聞部の部長、マリー(情報通の女子生徒)が、マイルズからリークされた情報を元に書き上げた告発記事だ。
「おい見ろよ、俺たちが泥水啜ってる間に、あいつら最高級の茶葉を買ってやがったぞ!」
「机の買い替え費用? まだ使えるだろ!」
「ふざけんな! 金返せ!」
生徒たちの怒りは頂点に達していた。
食堂では、オスカー・ゼファーが生徒たちに囲まれ、顔面蒼白で言い訳をしている。
「ご、誤解だ! これは必要な経費で……!」
「嘘をつけ! バーンズの出した数字は嘘をつかないぞ!」
マイルズは、その光景を遠巻きに眺めながら、満足げに牛乳(銀翼商会製)を飲んでいた。
「世論は味方につけた。これで生徒会も少しは大人しく……」
「……随分と楽しそうですわね、一年生」
背後から、室温が五度下がったかのような、冷え冷えとした声がかけられた。
マイルズが振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
燃えるような金髪を縦ロールにし、意志の強さを感じさせる吊り上がった碧眼。
制服の上からでも分かる、年齢不相応なほど豊かな胸元。
そして、周囲を圧倒するような貴族オーラ。
三大公爵家の一つ、ローズベルク家の令嬢。
そして、この学園の頂点に君臨する生徒会長。
エレオノーラ・ローズベルク(14歳)。
あだ名は「氷の薔薇」。
「お初にお目にかかります、ローズベルク先輩」
マイルズは慇懃無礼に礼をした。
「生徒会の不正を正すのも、生徒の務めかと思いまして」
「……口の減らない方」
エレオノーラは扇子で口元を隠し、冷徹な瞳でマイルズを見下ろした。
「確かに、副会長(オスカー)の管理不足は認めます。彼には厳重注意と、私的流用分の弁済を命じました」
「それは賢明です」
「ですが」
エレオノーラが一歩踏み出す。
「貴方のやり方も認めません。学外の業者を無断で引き入れ、学内新聞を使って生徒を扇動し、秩序を乱す……。これは『改革』ではなく『暴動』ですわ」
正論だ。
彼女はオスカーのような私利私欲の塊ではない。
「規律」と「伝統」を重んじる、堅物なのだ。
「秩序を守るために、生徒に泥水を啜らせるのが貴女の正義ですか?」
「……予算が足りないのです。我が校の財政は火の車。貴方のような成金には分からないでしょうけれど」
マイルズは、彼女の言葉に微かな棘を感じた。
そして、観察眼(スキル『生命』による視力強化)で、彼女の身なりを詳細にスキャンした。
ドレスのように豪奢な制服。だが、袖口がわずかに擦り切れている。
扇子の金具も、よく見ればメッキが剥げかけている。
(……なるほど。噂通りか)
ローズベルク公爵家は、名門だが、先代の事業失敗により莫大な借金を抱えているという噂がある。
彼女が「予算」や「金」に厳しいのは、実家の苦労が影を落としているのかもしれない。
「……分かりました」
マイルズは微笑んだ。
「では、勝負といきましょうか。会長」
「勝負?」
「もうすぐ『星嶺祭(学園祭)』ですよね。……そこで、私が貴女よりも利益を上げてみせます」
マイルズは宣言した。
「もし私が勝ったら、生徒会の予算管理権の一部を譲ってください。私がもっと効率的に運用してみせます」
「……もし負けたら?」
「学園での商売を一切やめ、貴女の忠実な下僕となりましょう」
エレオノーラは鼻で笑った。
「よろしい。……一年生の模擬店ごときに、伝統ある生徒会の展示が負けるはずがありませんわ。その生意気な口、縫い合わせて差し上げます」
彼女は背を向けて去っていった。
その背中は凛としていたが、どこか重荷を背負っているようにも見えた。

「……と、大見得を切ってしまったわけだが」
放課後。
マイルズは、特別教室棟の奥にある「魔導工学研究室」――通称、シャルロットの巣窟を訪れていた。
「マイルズ君! いらっしゃい!」
白衣姿のシャルロットが、実験台から飛び出してきた。髪はボサボサだが、目はキラキラしている。
「すごいよ! マイルズ君の言ってた『自動給湯器』の試作品、できたよ!」
「さすがだな、シャルロット。……だが今日は別の相談だ」
マイルズは、黒板に大きく文字を書いた。
『学園祭プロジェクト:打倒・生徒会』
「お金を稼ぐの?」
「ああ。それも、短期間で爆発的に」
マイルズは解説した。
「生徒会は、伝統的な『舞踏会』や『詩の朗読会』を主催するだろう。格式は高いが、退屈だ」
「うんうん」
「我々は『エンターテインメント』で勝負する。……この世界にまだない、最高の娯楽を提供するんだ」
マイルズは、一枚の図面を広げた。
それは、箱の中に強力な光源と、連続した絵が描かれたフィルムを通す機械。
「……え、これ何?」
シャルロットが眼鏡を直して覗き込む。
「『魔導映写機(キネマトグラフ)』だ」
マイルズは言った。
「光と影で、動く絵を作る。……シャルロット、君の光魔法の知識があれば、作れるはずだ」
「動く絵……!? 魔法の幻影(イリュージョン)じゃなくて?」
「幻影は術者のイメージに依存するが、これは記録したものを誰でも再生できる。……劇団を呼ぶ必要もない。一度撮影すれば、何度でも上映できる」
シャルロットが、よだれを垂らさんばかりに興奮し始めた。
「やる! やるやる! なにそれ絶対面白い!」
「よし。……だが、映画だけじゃ金にならない。映画には『相棒』が必要だ」
マイルズは、ポケットから乾燥した黄色い粒を取り出した。
「……トウモロコシ?」
「ただのトウモロコシじゃない。バーンズ領で改良した『爆裂種』だ」
マイルズはフラスコに油とコーンを入れ、シャルロットの実験用バーナーで加熱した。
ポン! ポン! ポパパパン!!
軽快な音と共に、黄色い粒が白く弾け、フラスコ一杯に膨れ上がった。
「わあ! 爆発した!」
「『ポップコーン』だ。……原価は安く、体積は何十倍にもなる。塩とバター、あるいはキャラメルを絡めれば、中毒性の高いスナックになる」
映画を見ながら、片手で食べるスナック。
原価率の低さと、回転率の高さ。
これこそが、マイルズの必勝策だった。

一方その頃。
シンシアは、マイルズに頼まれた資材の調達リストを持って、廊下を歩いていた。
「……トウモロコシ三十キロ。バター十キロ。……計算上、これだけの量を消費するには、全校生徒の八割が購入する必要がありますが……」
考え事をしていた彼女は、角を曲がったところで誰かとぶつかりそうになった。
「っと、すまない」
太い腕が、シンシアの体を支えた。
王子の護衛、グレンだった。
「……あ、貴方は」
「怪我はないか」
グレンはすぐに手を離し、距離を取った。
相変わらず無愛想だが、その目は気遣わしげだ。
「……はい。計算外の接触でしたが、ダメージはありません」
「そうか。……お前の主は、また何か騒がしいことを始めたようだな」
「ええ。……生徒会長に喧嘩を売りました」
グレンが、ふっと小さく笑った。
「退屈しないな、お前も」
「……はい。マイルズ様の側にいると、私の計算機はいつもオーバーヒート気味です」
シンシアも、つられて少しだけ口元を緩めた。
「……大変だな」
グレンは、去り際に一言だけ言った。
「無理はするな。……何かあれば、俺が盾になる」
それは、護衛騎士としての言葉なのか、それとも……。
シンシアは、赤くなった耳を押さえながら、去っていく背中を見つめていた。
「……盾、ですか。……コストパフォーマンスの悪い提案ですね」
口ではそう言いながら、彼女の胸の鼓動は早鐘を打っていた。

学園祭当日。
マイルズたちの教室は、暗幕で閉ざされ、怪しげな看板が掲げられていた。
『魔法劇場 ~動く絵と、弾けるお菓子~』
対する講堂では、エレオノーラ主催の優雅なクラシックコンサートが開かれている。
「勝負だ、会長」
マイルズは、映写機のスイッチを入れた。
シャルロットが徹夜で調整した魔導レンズが輝き、スクリーンに光が投射される。
映し出されたのは、マイルズたちが撮影した、機関車が迫ってくる映像や、ドラゴン(幻影魔法で作った特撮)が空を飛ぶ映像。
「うわあああっ!?」
「機関車が! ぶつかる!」
「すげえ! 動いてるぞ!」
客席の生徒たちが悲鳴を上げ、そして歓喜する。
そして彼らの手には、香ばしいバターの匂いを放つポップコーンのカップ。
「美味い! 止まらない!」
「映画を見ながらだと、いくらでも食えるぞ!」
爆発的ヒット。
ポップコーンの咀嚼音と、映画への歓声が響き渡る。
マイルズの「文化侵略」第二弾が、王立学院を飲み込もうとしていた。
だが、その繁盛ぶりを、遠くから苦々しく見つめる影があった。
オスカーだ。
「……おのれバーンズ。会長に恥をかかせる気か。……ただでは済まさんぞ」
彼は懐から、怪しげな「魔道具」を取り出した。
それは、暴走を誘発する違法なアーティファクト。
学園祭の裏で、卑劣な妨害工作が始まろうとしていた。
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