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第34話 森の銃声と、砕けた盾
しおりを挟む王立学院の生徒たちが森に入ってから二日目。
マイルズの計画通り、演習は順調に進んでいた。
「見てください、このテント! 魔法で組み立てたみたいに一瞬で!」
「虫が寄ってこないぞ! このキャンドルすげえ!」
「夕飯は缶詰のシチューだ! 温かい!」
生徒たちは、マイルズたちが開発したアウトドアグッズの恩恵を受け、かつてないほど快適な夜を過ごしていた。
焚き火を囲み、談笑する声が森に響く。
ギルバート王子も、マイルズの隣でリラックスした表情を見せていた。
「……君といると、退屈しないな。こんな楽しい演習は初めてだ」
「それは何よりです。……ですが、殿下」
マイルズは焚き火に薪をくべながら、小声で囁いた。
「油断は禁物です。……森の静けさが、少し不自然だ」
鳥の声がしない。虫の音も止んでいる。
マイルズの『生命』スキルによる索敵が、森の奥から近づく微かな、しかし殺意に満ちた生体反応を捉えていた。
「……来るぞ」
マイルズが立ち上がった瞬間。
ヒュンッ!
風を切る音がして、見張りの生徒の足元に矢が突き刺さった。
「て、敵襲ーーーッ!!」
悲鳴が上がる。
森の闇から、黒い装備に身を包んだ集団が、音もなく姿を現した。
その数、およそ五十。
生徒たちの訓練用の装備とは違う、本物の殺し合いの武器を持った傭兵たちだ。
「標的確認。……第二王子、および銀髪の少年。殺せ」
傭兵のリーダーが無機質に命じる。
「きゃああああ!」
「逃げろ! 殺されるぞ!」
パニックに陥る生徒たち。
「落ち着け! 固まれ! バラバラに逃げるな!」
エレオノーラが生徒会長として叫ぶが、恐怖は伝染していく。
「シャルロット! 『あれ』を使え!」
マイルズが叫ぶ。
「了解! 行くよ、エア・バースト!」
シャルロットが構えたのは、長い筒状の装置――「圧縮空気銃(エアライフル)」だ。
彼女が引き金を引くと、プシュッ! という音と共に、鉛の弾丸が発射される。
火薬を使わないため音は静かだが、その威力は本物だ。
バシュッ!
先頭の傭兵の肩を撃ち抜く。
「ぐあっ!? な、なんだ!?」
「魔法か!? 詠唱が聞こえなかったぞ!」
「次弾装填! 撃て撃て撃てぇ!」
シャルロットと、彼女の指導を受けた魔導工学科の生徒たちが一斉射撃を行う。
見えない弾丸の雨に、傭兵たちが足止めを食らう。
「今のうちに殿下を後方へ! グレン、頼む!」
「御意!」
グレンが剣を抜き、ギルバート王子を守りながら後退する。
シンシアもその補佐につき、避難ルートを指示する。
「計算通りなら、北の岩場が有利です! 急いで!」
だが、敵もプロだった。
「飛び道具か。……散開しろ! 包囲殲滅だ!」
傭兵たちは素早く散らばり、木々の影を利用して側面から回り込んでくる。
さらに、魔導師殺しの異名通り、アンチマジックの煙玉を投げ込んできた。
「けほっ、ごほっ! ……視界が!」
煙幕で分断される生徒たち。
マイルズとシャルロットも、煙の中で孤立しかける。
「狙いは王子だ! 追え!」
別動隊の傭兵たちが、グレンたちの逃げた方向へ殺到する。
◇
森の奥。
グレンは、王子とシンシアを背に、鬼神の如く戦っていた。
「フンッ!」
豪剣一閃。
襲いかかる傭兵を、鎧ごと叩き斬る。
「殿下、下がっていてください! こいつらは俺が食い止める!」
だが、敵の数が多い。
一人、また一人と増援が現れ、グレンを取り囲む。
「チッ……キリがないな」
グレンの額に汗が滲む。
彼の剣技は超一流だが、守るべき対象(王子とシンシア)がいるため、大きく動けない。
「そこだ! 護衛の隙を突け!」
傭兵の一人が、死角からボウガンを構えた。
狙いはグレンではない。
指示を出している、無防備な少女――シンシアだ。
「……え?」
シンシアが気づいた時には、既に矢は放たれていた。
回避不能。
死の予感が、背筋を凍らせる。
「シンシア!」
ドスッ!!
鈍い音が響いた。
シンシアの目の前に、大きな背中があった。
グレンだ。
彼は咄嗟に身を投げ出し、シンシアを抱きかかえるようにして庇ったのだ。
「……ぐ、ぅ……!」
グレンが苦悶の声を漏らす。
その背中には、深々とボウガンの矢が突き刺さっていた。
「グ、グレン……様……?」
シンシアの時間が止まった。
嘘だ。
計算外だ。
最強の騎士である彼が、こんな、私なんかのために。
「……無事か、シンシア」
グレンは血を吐きながら、それでも優しく微笑んだ。
「言っただろう……。守備範囲だと……」
ガクン、と彼の膝が折れる。
巨体が、シンシアの上に覆いかぶさるように倒れ込む。
温かい血が、シンシアの頬を濡らした。
「やったぞ! 盾が崩れた!」
「女と王子を殺せ!」
傭兵たちが、勝利を確信して迫ってくる。
シンシアは、倒れたグレンを抱きしめたまま、震えていた。
恐怖ではない。
悲しみでもない。
頭の中で、何かが焼き切れる音がした。
プツン。
「……許さない」
シンシアの瞳から、ハイライトが消えた。
彼女は、懐からマイルズに預けられていた「護身用ケース」を取り出した。
中には、マイルズが「もしもの時以外は使うな」と言っていた、危険な試作品たち。
「よくも……私の大切な人を……」
シンシアが立ち上がる。
その手には、奇妙な形の金属筒(閃光音響手榴弾)と、バチバチと青白い火花を散らす棒(高出力スタンバトン)が握られていた。
「計算終了。……殲滅モードへ移行します」
彼女が手榴弾のピンを抜き、敵の足元へ転がした。
カッッッッ!!!
森が昼間のように白く染まり、鼓膜をつんざく爆音が響いた。
「ぎゃあああ目があああ!」
「な、なんだ!?」
視界を奪われ、混乱する傭兵たちの間を、シンシアが疾走する。
普段の事務的な動きではない。
怒りに身を任せた、獣のようなスピード。
バチィィィン!!
スタンバトンが傭兵の首筋に叩き込まれる。
赤錆山の発電機が生み出した高電圧が、神経を焼き切る。
「あがががががっ!?」
白目を剥いて泡を吹き、倒れる傭兵。
「一人」
シンシアは止まらない。
落ちていたグレンの剣を拾い上げ、スタンバトンとの二刀流で踊るように敵陣へ突っ込む。
計算され尽くした動きで急所を狙い、容赦なく叩き潰す。
「ひ、ひぃぃ! なんだこの女!」
「悪魔だ! 逃げろ!」
恐怖に駆られた傭兵が背を向けるが、逃がさない。
「逃しません。……代償は、支払ってもらいます」
シンシアが投げたスタンバトンが、逃げる男の背中に直撃し、感電させる。
その姿は、まさに「鬼」だった。
愛する者を傷つけられた女の怒りは、どんな計算式よりも激しく、そして冷酷だった。
遅れて駆けつけたマイルズは、その惨状を見て息を呑んだ。
倒れ伏す数十人の傭兵たち。
そして、血まみれで倒れているグレンの傍らで、折れた剣を握りしめて立ち尽くすシンシアの姿。
「……シンシア」
マイルズが声をかけると、彼女は糸が切れたように崩れ落ちた。
「マイルズ様……グレン様が……グレン様が……!」
彼女は子供のように泣きじゃくっていた。
「計算できませんでした……こんな痛み、知らない……!」
マイルズはすぐにグレンの元へ駆け寄り、傷を確認した。
「……深いな。だが、心臓は外れている」
マイルズは冷静に診断した。
「死なせないよ。私の部下が、命がけで守った男だ」
マイルズは、医療キットを開いた。
森の中での緊急手術。
シンシアの悲鳴のような祈りが響く中、マイルズの手が動く。
愛と鮮血の演習は、こうして最悪の夜を迎えた。
だが、この夜を越えた時、シンシアはただの秘書ではなく、一人の「愛を知る女性」として生まれ変わることになる。
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