バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

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第45話 堕ちたギルドと、白衣の進軍

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バーンズ領に、冬の足音が聞こえ始めた頃。
領主館の執務室に、王都の銀翼商会から緊急の早馬が飛び込んできた。
「マイルズ様! 緊急事態です!」
伝令の男が、息を切らして報告する。
「王都の下町……特に市場周辺で、謎の『疫病』が発生! 嘔吐と激しい下痢、高熱を訴える者が数百名に達しています!」
「……症状は?」
「腹痛、脱水症状。……死者も出始めています」
マイルズの脳裏に、病名が浮かぶ。
(……食中毒か。それも、サルモネラか腸炎ビブリオのような、感染力の強い菌だ)
「医師ギルドの対応は?」
「それが……『悪い血を抜け』と言って瀉血(しゃけつ)を行ったり、強力な下剤を飲ませたりして……逆に死者が増えています!」
「馬鹿な……!」
マイルズが机を叩いた。
脱水症状の患者から血を抜き、さらに下剤で水分を奪うなど、自殺行為だ。
無知とは、時に悪意よりも人を殺す。
「父上。……出動します」
マイルズは立ち上がった。
「バーンズ医療チームの『初陣』です」

「総員、乗車せよ!」
号令と共に、白い制服に身を包んだ看護学生たちと、ゼッド率いる医師団が、特注の大型馬車に乗り込んでいく。
サスペンション付きの高速馬車だ。
「行くぞ、お前ら! 遠足じゃねえぞ!」
ゼッドが怒鳴る。彼はいつもの薄汚い格好ではなく、マイルズが用意した清潔な「スクラブ(手術着)」を着ていた(ただし、眼帯と態度の悪さはそのままだ)。
「吐瀉物の処理だ! 汚ねえぞ、臭えぞ! 覚悟はいいな!」
「はいっ!!」
彼女たちの返事に、迷いはない。
一行は王都へ向かって疾走した。

王都の下町は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
広場には患者が雑魚寝状態で放置され、汚物にまみれている。
医師ギルドの人間は、感染を恐れて遠巻きに祈祷をするか、見当違いの治療を行っているだけだ。
「どけ! 邪魔だ!」
到着するなり、ゼッドがギルドの医師を蹴散らした。
「な、なんだ貴様らは!?」
「バーンズ救護団だ。……そこを退け、ヤブ医者共。殺す気か」
マイルズが指揮を執る。
「トリアージ(選別)開始! 重症者はテントへ! 軽症者は水分補給!」
「消毒班、展開! 汚物を処理し、石灰を撒け!」
白衣の集団が、軍隊のような統率で動き出した。
彼女たちは手際よく患者を分け、清潔なシーツの上に寝かせ、手足を拭いていく。
「な、なんだこの女たちは……」
「手際が良すぎる……」
ギルドの医師たちが呆然と見つめる中、マイルズは治療の核心に着手した。
「経口補水液(ORS)だ」
マイルズが指示する。
水に、正確な比率で塩と砂糖を混ぜた液体。
「これを飲ませろ。脱水を止めるには、血を抜くことじゃない。水を足すことだ」
「水……? そんなもので治るわけが……」
「黙って見ていろ」
看護師たちが、スプーンで少しずつ患者に水を飲ませていく。
すると、ぐったりしていた子供の顔に、見る見るうちに生気が戻り始めた。
「……おいしい」
「あ、ああ……神様……」
母親が泣き崩れる。
「点滴も用意しろ! 重症者には血管から直接入れる!」
ゼッドが注射針を構える。
その技術は神業だった。脱水で浮きにくい血管を、一発で捉える。
数時間後。
広場の空気は劇的に変わっていた。
死の臭いは消え、代わりに石鹸の清潔な香りと、安堵の空気が満ちていた。
数百人の患者のうち、手遅れだった数名を除き、全員が命を取り留めたのだ。
「……信じられん」
ギルドの医師が膝をつく。
「祈りもせず、高価な薬も使わず……ただの水と、清潔な布だけで……」
「それが『医療』だ」
マイルズは彼らを見下ろして言った。
「あなた方がプライドを守っている間に、私の部下たちは命を守った。……恥を知れ」
その言葉に反論できる者は、誰もいなかった。

騒動が収束した後。
マイルズたちの元に、一人の男が駆け寄ってきた。
「あ、あの……!」
彼は、下町で小さな診療所を営む若い医師だった。
「感動しました……! これこそが、私が求めていた医療です!」
彼だけではない。
ギルドのやり方に疑問を持っていた若手医師や、薬師たちが次々と集まってきた。
「私を……バーンズ領で働かせてください!」
「給料はいりません! 技術を教えてください!」
マイルズは、ゼッドと顔を見合わせた。
ゼッドは「フン、物好き共め」とそっぽを向いたが、その口元は笑っていた。
「……歓迎しますよ」
マイルズは彼らに手を差し伸べた。
「来る者は拒まない。……ただし、覚悟して来てください。ウチの外科部長は、鬼より怖いですよ?」
こうして、王都でのパンデミックは、バーンズ医療チームの圧倒的なデビュー戦となった。
この一件で「医師不足」の問題は一気に解消へ向かう。
そして、マイルズの名声は「神童」から「医療の革命児」へと進化し、王都の貴族たち、さらには王家の耳にも届くことになる。
次回、季節は冬へ。
社交界の華やかな舞台で、マイルズは新たな商品――「絹とチョコレート」を武器に、女性たちのハート(と財布)を鷲掴みにする。
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