バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

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第46話 社交界の女王と、甘い宝石



王都ロイヤル・ニースに、本格的な冬が到来した。
石畳は雪化粧を施され、街路樹は氷の結晶で輝いている。
だが、王都の貴族たちにとって、冬は「冬眠」の季節ではない。
夜会、舞踏会、サロンでの茶会。
一年で最も華やかで、そして残酷な「社交シーズン」の幕開けである。
「……さて。医療の次は、娯楽(エンタメ)といこうか」
バーンズ商会本店、会長室。
マイルズは、暖炉の火を眺めながら呟いた。
机の上には、二つの箱が置かれている。
一つは、艶やかな光沢を放つ布製品。
もう一つは、黒く輝く小さなお菓子。
「準備はいいか、シンシア」
「はい、会長。……在庫は確保済みです。あとは『火付け役』がいれば、爆発します」
財務官のシンシアが、眼鏡を光らせて答える。
「よし。……会いに行こう。王都最強の『火付け役』に」

マイルズが向かったのは、貴族街の一角にあるハール侯爵邸。
以前、マイルズが滞在していた場所であり、姉リーナの嫁ぎ先だ。
「あらマイルズ! 久しぶりね!」
サロンに通されると、燃えるような赤髪の美女が、満面の笑みで迎えてくれた。
リーナ・ハール。
かつて石鹸を流行らせた功績により、今や彼女は「流行の最先端を知る女」として、王都社交界の女王(クイーン)の座に君臨していた。
「お久しぶりです、姉上。……ますますお美しくなられましたね」
「ふふ、お上手ね。でも、その言葉を聞きに来たわけじゃないでしょう?」
リーナは悪戯っぽく微笑み、扇子を閉じた。
「聞いたわよ。学園で暴れまわり、商会を立ち上げ、あげくパンデミックまで鎮圧したって。……私の可愛い弟は、どこまで登り詰めるつもり?」
「まだ麓(ふもと)ですよ」
マイルズは苦笑し、持参した箱をテーブルに置いた。
「今日は、姉上に『冬の新しい武器』をお持ちしました」
「武器?」
「ええ。……貴婦人たちの心を撃ち抜き、男たちを虜にする武器です」
マイルズは、最初の箱を開けた。
甘く、濃厚な香りがサロンに広がる。
中には、一口サイズの黒い粒が、宝石のように並べられていた。
「これは……お菓子?」
「『チョコレート』です」
マイルズは説明した。
「南方から輸入したカカオ豆を、砂糖とミルク、そして私の開発した製法で練り上げました。……どうぞ」
リーナは、恐る恐る一粒を摘み、口に運んだ。
カシャリ、と薄い殻が割れ、中からトロリとしたガナッシュが溶け出す。
苦味と甘味、そして鼻に抜ける芳醇な香り。
「……んっ!」
リーナが目を見開いた。
「な、何これ……! 甘いのに、深くて……とろける……!」
彼女は頬を紅潮させ、恍惚の表情を浮かべた。
「美味しい……! 砂糖菓子とは次元が違うわ。まるで『食べる宝石』ね」
「気に入っていただけて光栄です。……疲労回復や、気分の高揚にも効果があります」
マイルズはニヤリとした。
「これを、次の夜会で振る舞っていただけませんか? 『バーンズ商会の新作』として」
「もちろんよ! これを出せば、他のお茶会なんて霞んでしまうわ!」
リーナは興奮気味に頷く。
「で、もう一つは?」
マイルズは、少し声を潜めた。
「……こちらは、ここだけの話にしてください。殿方には刺激が強すぎますから」
彼は、二つ目の箱を開けた。
そこに入っていたのは、水のように滑らかな光沢を持つ、極薄の布地。
ガレリア帝国から輸入した最高級の絹(シルク)を使い、シャルロットの協力で縫製した「シルク・ランジェリー」だ。
この世界の女性用下着は、麻や綿の無骨なドロワーズが主流だが、これは違う。
繊細なレースがあしらわれ、肌に吸い付くようなデザイン。
「ま、まあ……!」
リーナが顔を真っ赤にして口元を押さえる。
「なんて……破廉恥な……。でも、綺麗……」
彼女は布地に触れた。その滑らかさに、指が震える。
「麻のゴワゴワした下着とは大違いね。……これを着れば、ドレスのラインも美しく見えるわ」
「その通りです。美しさは見えないところから始まります」
マイルズは囁いた。
「これを身につけた女性は、自分が特別な存在になったような自信を持てる。……そして、その自信は、必ず表の美しさとなって現れます」
リーナは、ごくりと喉を鳴らした。
彼女は社交界の女王だ。美への執着は誰よりも強い。
「……欲しいわ。全色、全種類」
「差し上げます。……その代わり、貴婦人たちの『秘密のお茶会』で、こっそりと広めてください。『これは、選ばれた女性だけが着られる魔法の布なのよ』と」
「……悪い子ね、マイルズ」
リーナは、妖艶な笑みを浮かべた。
「ええ、引き受けたわ。……この冬、王都の女性たちは皆、貴方の掌の上で踊ることになるわね」
商談成立。
チョコレートという「表の爆弾」と、ランジェリーという「裏の爆弾」。
二つの新商品を手にした社交界の女王が、動き出す。
「ああ、そうだ姉上」
マイルズは帰り際に言った。
「エレオノーラ……ローズベルク公爵令嬢にも、同じものを送ってあります。彼女とも連携してください」
「あら、あの堅物の令嬢も? ……ふふ、彼女がこれを着てどんな顔をするか、楽しみだわ」
王都の冬は、熱く、そして甘く燃え上がろうとしていた。
マイルズの内政は、ついに文化と流行の最先端をも支配し始める。
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