バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

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第48話 公爵家のサロンと、王妃の休日

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第48話 公爵家のサロンと、王妃の休日
王都の冬空が澄み渡る午後。
ローズベルク公爵邸の正門が大きく開かれ、王家の紋章を輝かせた馬車が滑り込んできた。
屋敷の玄関ホールには、当主ヴィルヘルム公爵を筆頭に、正装した使用人たちが整列している。
その一角には、マイルズとエレオノーラ、そしてハール侯爵夫人リーナの姿もあった。
「……緊張していますか、エリー」
マイルズが小声で尋ねると、深紅のドレスを纏ったエレオノーラは、扇子を持つ手を微かに震わせていた。
「当たり前ですわ! お相手は王妃陛下ですのよ? 粗相があれば、ローズベルク家の再興どころか、お取り潰しですわ」
「大丈夫よ、エレオノーラ様」
隣でリーナが優雅に微笑む。
「貴女の美しさと、マイルズの商品があれば、陛下もイチコロよ」
「そ、そういう問題では……」
馬車の扉が開く。
侍従の手を借りて降り立ったのは、銀髪を上品に結い上げた淑女、王妃ソフィア。
かつてマイルズが「香水」を献上し、その心を掴んだ相手だ。
「ようこそおいでくださいました、王妃殿下」
ヴィルヘルム公爵が最敬礼で迎える。
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう、公爵」
ソフィアは柔らかく微笑んだ。
「今日は『新しいお茶会』に招待してくれると聞いて、楽しみにしていたのですから」

通されたのは、公爵邸ご自慢の「サンルーム(温室サロン)」。
ガラス張りの室内は、魔導ストーブで春のように暖かく、季節外れの薔薇が咲き誇っている。
そしてテーブルには、白く輝く食器セットが並べられていた。
マイルズとエレオノーラが開発した「ボーンチャイナ」だ。
「まあ……」
ソフィアが席に着き、ティーカップを手に取った瞬間、感嘆のため息を漏らした。
「なんて軽いの。それに、この透き通るような白さ……。東方の白磁とも違う、温かみのある白ね」
「『ローズ・ホワイト』と名付けました」
エレオノーラが誇らしげに説明する。
「我が領の土と、特殊な技法で焼き上げた、世界に一つだけの磁器です。……カップの口当たりも、計算し尽くされております」
「ええ、唇に吸い付くようだわ」
ソフィアは紅茶を一口飲み、満足げに頷いた。
「この器で飲むと、紅茶の香りが一段と引き立つ気がするわね」
第一段階、クリア。
器の美しさは、王妃の審美眼を満足させた。
「では陛下。……お茶請けを」
マイルズが合図すると、給仕が銀のトレイを運んできた。
そこに乗っているのは、漆黒の艶を持つ**「チョコレート・ケーキ(ザッハトルテ)」**。
濃厚なチョコレートでコーティングされ、横には無糖の生クリームが添えられている。
「これは……噂の『チョコレート』ね?」
「はい。ですが、店で売っているものとは違います」
マイルズは切り分けたケーキを差し出した。
「王妃殿下のために特別に調合した、最高純度のカカオと、アプリコットジャムの酸味を合わせた、大人のためのケーキです」
ソフィアがフォークを入れる。
濃厚なチョコとスポンジが、口の中で解け合う。
「……んっ……」
王妃の目が、少女のように輝いた。
「甘い……でも、くどくない。カカオの香りが鼻に抜けて……頭の芯が痺れるような美味しさだわ」
日々の公務や派閥争いで疲弊した王妃の脳に、糖分とカカオポリフェノールが染み渡る。
至福の時間。
ソフィアは一口食べるごとに、纏っていた「王妃の鎧」が解けていくようだった。
「……マイルズ。そなたは、いつも私を驚かせるな」
ソフィアは完食し、ほう、と息をついた。
「以前の香水といい、このお菓子といい……。そなたは、女性が何を求めているのか、知り尽くしているようだ」
「恐縮です。……すべては、陛下に心からの休日を楽しんでいただくため」
マイルズが恭しく頭を下げると、ソフィアは悪戯っぽく笑った。
「で? ……『もう一つ』あるのでしょう?」
「はい?」
「リーナ侯爵夫人から聞いているわよ。……殿方には内緒の、魔法の布があると」
マイルズは、リーナとエレオノーラに目配せした。
ここからは、女性だけの時間だ。
「では、私は席を外させていただきます。……別室にて、ゆっくりとご覧ください」

マイルズと公爵が退室した後。
サロンは、女たちの秘密の試着室と化した。
「まあ……! なんて手触りなの!」
ソフィアが、エレオノーラが広げた**「シルク・ランジェリー」**を見て絶句する。
シャンパンゴールドのシルクに、繊細なレース。
「これを……肌に直接?」
「はい、陛下」
リーナが囁くように勧める。
「窮屈なコルセットから解放され、絹が肌を滑る感覚……。一度知れば、もう戻れませんわ」
「それに、陛下」
エレオノーラが、恥ずかしそうに、しかし自信を持って付け加えた。
「これを身につけると……背筋が伸びるのです。誰にも見せない、自分だけの秘密の贅沢。それが、自信になります」
ソフィアは、その布地を胸に当て、鏡を見た。
最近、公務の疲れで肌の衰えを感じていた自分。
だが、このランジェリーを纏えば、若き日の情熱を取り戻せるかもしれない。
「……いただくわ」
王妃が決断した。
「全種類。……王宮に届けなさい。支払いは王室費から出すわ」
「ありがとうございます!」

サロン終了後。
マイルズと公爵が戻ると、王妃ソフィアはすっかりリラックスした表情で、お土産の箱(チョコと食器と下着)を山ほど抱えていた。
「素晴らしい休日だったわ」
ソフィアは、ヴィルヘルム公爵に向き直った。
「公爵。……貴殿の領地で作られるこの食器、そしてマイルズの商会の商品。……これらを『王家御用達(ロイヤル・ワラント)』として認定します」
「ははっ! 身に余る光栄!」
公爵が膝をつく。
御用達。それは、品質と格式を国が保証したという、最強の証明書だ。
「それと、マイルズ」
ソフィアは、マイルズの手を握った。
「今度、王宮で『茶会』を開くわ。……そなたの商品を、各国の来賓にも紹介してあげましょう」
「感謝の極みです、陛下」
王妃の馬車が見えなくなるまで、一行は見送った。
門が閉まった瞬間、公爵がマイルズの背中をバシッと叩いた。
「やったな、小僧! これでローズベルクの名は安泰だ!」
「痛いです、閣下……」
「あら、私の活躍もお忘れなくね?」
リーナがウィンクする。
「私も……頑張りましたわ」
エレオノーラが、緊張が解けてへたり込む。
マイルズは、夕日に染まる王都を見渡した。
「これで、王都の市場は制圧しました」
資金は唸るほどある。
知名度も信用も頂点に達した。
あとは、この力を使って、あの未完の城――「総合医療センター」を完成させるだけだ。
「……戻りましょうか。本業へ」
2年生の冬。
マイルズは学生にして、王国の経済と流行を支配するフィクサーとなっていた。
次なるステップは、いよいよ医療界の頂点への挑戦。
そして、その機会は、予期せぬ「要人の病」という形で訪れることになる。
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