バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan

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第50話 星々の饗宴と、崩れ落ちた巨星

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冬の終わり、春の兆しが見え始めた頃。
王都ロイヤル・ニースは、かつてない厳戒態勢と、華やかな祝祭ムードに包まれていた。
「大陸平和会議」。
周辺諸国の代表が一堂に会し、通商や不可侵を話し合う数年に一度のビッグイベントだ。
王城の大広間では、その前夜祭となる歓迎晩餐会が開かれていた。
「……相変わらず、人が多いな」
マイルズは、燕尾服に身を包み、会場の隅でグラスを傾けていた。
学生という身分だが、王家御用達商会のトップとして、特別に招待されていたのだ。
「おい、マイルズ!」
聞き覚えのある、凛とした声が響いた。
振り返ると、豪奢な軍礼服(ドレスではない)を纏った金髪の少女が、大股で歩み寄ってくる。
ガレリア帝国皇女、ヒルデガルドだ。
「お久しぶりです、殿下。……また背が伸びましたか?」
「ふん。貴様こそ、少しは男らしい顔つきになったな」
ヒルデガルドは腕を組み、マイルズを値踏みするように見つめた。
その頬がわずかに赤い。
「……私の『予約』、忘れてはいないだろうな?」
「毎日思い出していますよ。おかげで他の女性からの誘いを断る口実に使わせていただいています」
「なっ……! き、貴様……!」
「あら、泥棒猫が来ていますわね」
そこへ、深紅のドレスを着たエレオノーラが、氷の微笑を浮かべて割って入った。
「ごきげんよう、筋肉ダルマの皇女殿下。マイルズは私のパートナーですの。気安く触れないでいただけます?」
「なんだと? 落ち目の公爵令嬢が。……今はボーンチャイナで食いつないでいるそうだな」
火花が散る。
各国の要人たちが遠巻きにする中、マイルズは頭を抱えた。
(……平和会議の前に、ここで戦争が起きそうだ)

その時、会場の入り口がざわめいた。
「レムリア王国全権大使、ゲオルグ公爵閣下の入場でーす!」
現れたのは、車椅子に乗った老紳士だった。
白髪白髭、そして痩せこけた体。
だが、その双眸には知性の光が宿っている。
大陸南方の海洋国家、レムリア王国の重鎮、ゲオルグ公爵。
「……彼か」
マイルズの目が、医師のそれに変わる。
ギルバート王子から聞いていた、「心臓に病を抱える要人」。
マイルズは遠目から『生命』スキルを発動し、スキャンした。
(……悪いな)
顔色の悪さ。唇のチアノーゼ。そして、時折胸を押さえる仕草。
(冠動脈が詰まりかけている。狭心症……いや、いつ心筋梗塞を起こしてもおかしくない状態だ)
ゲオルグ公爵は、国王エドワードへの挨拶を済ませると、苦しげに息をつきながら、マイルズの方へと近づいてきた。
「……おや。君が噂の神童、マイルズ・バーンズ君かね?」
老公爵が、しわがれた声で話しかけてくる。
「お初にお目にかかります、閣下」
「ふふ。私の孫娘がね、君のところのチョコレートとやらを欲しがっていてな……。一つ、土産に頼めるかね」
「ええ、喜んで。……ですが閣下、あまりご無理をなさらぬよう」
マイルズが気遣うと、公爵は自嘲気味に笑った。
「医者みたいなことを言う。……私の心臓は、もうボロ雑巾だよ。この会議が、私の最後の仕事になるだろう」
その言葉が、フラグとなったのか。
あるいは、長旅の疲労と、会場の熱気が限界を超えさせたのか。
乾杯の音頭が取られようとした、その瞬間だった。
「うっ……ぐぅっ……!」
ゲオルグ公爵が、胸を掻きむしるようにして呻いた。
ワイングラスが手から滑り落ち、赤い液体を撒き散らして砕ける。
「か、閣下!?」
側近が支えようとするが、公爵の体は車椅子から崩れ落ち、床に倒れ込んだ。
「誰か! 医者を! 医者を呼べぇぇぇ!」
会場がパニックに陥る。
国王エドワードが叫ぶ。「侍医! 急げ!」
すぐに王宮付きの医師(医師ギルドの幹部たち)が駆け寄ってきた。
「脈が乱れている! 気付け薬だ!」
「服を緩めろ! 水を持ってこい!」
「いかん、顔色が……! 直ちに瀉血(しゃけつ)を!」
「やめろ!」
鋭い声が響いた。マイルズだ。
彼は人垣を割り、倒れた公爵の元へ滑り込んだ。
「血を抜くな! 血圧が下がってショック死するぞ!」
「なっ、小僧! 邪魔をするな!」
「どけ!」
マイルズは医師を突き飛ばし、公爵の胸に耳を当てた。
そして、『生命』スキルで心臓内部を視る。
(……来た。右冠動脈の完全閉塞。急性心筋梗塞だ)
心臓の筋肉に血液が行かなくなり、壊死が始まっている。
このままでは、数時間……いや、数十分で心停止する。
「ニトロ(血管拡張薬)は!?」
「な、なんだそれは……?」
「チッ、ないか!」
この世界にはまだ、即効性のある硝酸薬はない。
マイルズは公爵の手首を取り、魔力を流し込んだ。
『生命』・循環維持。
魔力で無理やり心臓のポンプ機能を補助し、血流を維持する。あくまで応急処置だ。
「……マイルズ。どうなのだ」
国王が蒼白な顔で尋ねる。
ギルドの医師長が答える前に、マイルズが告げた。
「心臓の血管が詰まっています。……このままでは、今夜が山です」
「なっ……!?」
会場が凍りつく。
平和会議の初日に、主要国の代表が死ぬ。それは国際問題に発展しかねない最悪の事態だ。
「薬湯を飲ませれば……」
「無駄です。飲み込む力も残っていない」
マイルズは医師長を一喝した。
「助ける方法は一つしかない。……『手術』です」
「手術だと!?」
医師たちが騒ぐ。
「老人の胸を切り裂けと言うのか! 正気か!」
「心臓だぞ!? 神の領域だ! 触れれば即死する!」
「私の病院なら、できる」
マイルズは国王を真っ直ぐに見上げた。
「バーンズ領の総合医療センターには、天才外科医と、心臓の中を見る装置、そして術後の管理ができるスタッフが揃っています」
「バーンズ領……? ここから馬車で五日はかかるぞ!」
「間に合わん! 移動中に死ぬ!」
「いいえ」
マイルズは懐中時計を取り出した。
「『蒸気機関車』を使えば、半日です」
蒸気機関車。
赤錆山と領都を結ぶために作った鉄の馬。
実はマイルズは、この日のために極秘裏に線路の延伸工事を進め、王都近郊までレールを繋げていたのだ(貨物輸送用という名目で)。
「陛下。……私に賭けてください」
マイルズは公爵の脈を取りながら言った。
「ここで祈って死を待つか。……それとも、私の『鉄の馬』に乗せて、一縷の望みに賭けるか」
国王エドワードは、マイルズの瞳を見た。
そこには、一点の曇りもない確信があった。
そして、後ろに控えていたヒルデガルド皇女が進み出た。
「陛下。……賭けましょう。あの男の技術は、帝国が保証します」
「……よかろう」
国王が決断した。
「マイルズ・バーンズ! ゲオルグ公爵の命、そなたに預ける! ……救ってみせよ!」
「御意!」
マイルズは叫んだ。
「総員、搬送準備! 列車を回せ! オペ室(バーンズ領)に連絡! ……『特急患者』が来るぞ!」
煌びやかな夜会は終わりを告げた。
ここからは、時間との戦い。
マイルズの内政(医療と鉄道)の真価が試される、デス・レースが始まる。
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