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第6話 腐った芋と純白の蒸留酒
しおりを挟む翌朝。
屋敷の食堂にて、エレノアは焼きたてのパン(昨日アレクが改良した石窯で焼いたもの)をかじりながら、不満げにナイフを置いた。
「ねえ、アレク。昨日の『ウォッカ』とかいうお酒のことなんだけど」
「なんだ、二日酔いか?」
「違うわよ! 味は最高だったわ。でも、おかしいじゃない。この領地には葡萄(ぶどう)畑もなければ、麦の余剰在庫もない。一体どこから、あんな純度の高い酒を湧かしたの? まさか密輸品じゃないでしょうね」
エレノアの疑いの眼差しは鋭い。公爵家の人間として、物流と生産の不整合には敏感なようだ。
アレクはコーヒーを飲み干すと、ナプキンで口を拭った。
「湧かしたんじゃない。作ったんだよ。……原料は、地下倉庫に眠っていた『廃棄寸前の芋』だ」
「芋? あの泥臭い根菜?」
「ああ。百聞は一見にしかずだ。工房へ案内しよう」
屋敷の裏手にある、かつて農具入れとして使われていた石造りの倉庫。
アレクがその重い扉を開けると、ツンとした酸っぱい発酵臭が鼻をついた。
「うっ……何この匂い!」
エレノアがハンカチで鼻を覆う。
倉庫の中には、巨大な木桶が三つ並んでいた。中にはドロドロに溶けた灰色の液体が満たされ、ボコボコと気泡を上げている。
「これは、冬を越せずに凍傷にかかったり、腐りかけて廃棄する予定だったジャガイモを潰して、水を加えて発酵させたものだ。『もろみ』と言う」
アレクは木桶の縁を叩いた。
「通常なら、ここから蒸留器にかけてアルコールを抽出するんだが……既存の設備じゃ雑味が混ざるし、度数も安定しない。だから、俺の魔法を使う」
アレクは袖を捲(まく)り上げると、木桶の一つに両手をかざした。
「よく見ていろ。これが『構造解析(アナライズ)』による物質選別だ」
アレクが魔力を練り上げると、瞳が青く輝き始めた。
視界の中、木桶の液体が色彩豊かな粒子情報へと変換される。
水分子は白。デンプンや不純物は茶色。微量に含まれる毒性のあるメタノールは赤。そして、目的の成分であるエタノールは、鮮やかな青色で表示されている。
(……分離開始。赤と茶色を排除。青だけを抽出して、気化させる)
「――分離・抽出(エクストラクト)」
アレクが言葉を紡ぐと、木桶の中の液体がざわめき出した。
まるで意志を持った水飴のように、液体の中から透明な雫だけが中空へと舞い上がっていく。不純物は沈殿し、毒性のある成分は魔力のフィルターで弾き飛ばされる。
空中に浮かび上がったのは、直径三十センチほどの、完全なる透明な液体の球体。
ダイヤモンドのように透き通り、不純物が一切ない高純度アルコール(スピリタス)の塊だ。
「嘘……液体の中から、酒の成分だけを引き抜いたの!?」
エレノアが目を見開いて凝視している。
「通常、何度も蒸留と濾過(ろか)を繰り返してようやく辿り着く純度だ。だが、魔法で分子レベルの選り分けを行えば、一工程で済む」
アレクは空中の液球を操作し、用意していた水瓶へと誘導した。
「これだと度数が九十六パーセント近くて、そのまま飲むと喉が焼ける。だから、裏山の湧き水(雪解け水)で割って、度数を四十パーセントまで落とすんだ。こうすることで、口当たりがまろやかになる」
水とアルコールが混ざり合う際、わずかに熱を発し、揺らぎが生まれる。
それが落ち着いた頃、アレクは柄杓(ひしゃく)で少量をすくい、エレノアに差し出した。
「舐めてみろ。昨日の味と同じはずだ」
恐る恐る舌先につけたエレノアは、とろりとした甘みと、鼻に抜ける爽やかな香りに頷いた。
「……本当だわ。あの腐りかけた芋が原料だなんて信じられないけれど、雑味が全くない」
「さて、中身はできたが、これを入れる容器がない。昨日はあり合わせのガラス瓶を使ったが、商品として売るなら見た目が重要だ」
アレクは倉庫の隅にある麻袋を引きずってきた。中には、近隣の河原で採取してきた白っぽい砂が詰まっている。
「珪砂(けいしゃ)だ。ガラスの原料になる」
「砂から瓶を作るつもり? そんなの、専用の窯と職人がいなきゃ……」
「窯なら、ここにある」
アレクは自分の胸を叩いた。
「俺の『再構築(クラフト)』は、熱エネルギーの操作も兼ねる」
彼は作業台の上に砂を盛り、両手で囲い込むように構えた。
イメージするのは、千度を超える高温。そして、液状化したガラスの成形。
「――溶融、成形(メルティング・シェイプ)」
カッ!
アレクの手の中で、空気が歪むほどの熱が発生した。
山盛りの砂が赤熱し、ドロリとした飴状の液体へと変化する。不純物が燃え尽き、透明度が増していく。
アレクは魔力の指先で、空中の溶けたガラスを操る。
息を吹き込む代わりに、魔力で内部から圧力をかけ、膨らませる。首を絞り、底を平らに均(なら)す。
さらに、表面に装飾を施す。アインハルト家の紋章である「剣と鷲」のレリーフを、ガラスが固まる寸前の柔らかいうちに刻み込む。
ジュウウゥ……。
最後に冷却魔法で熱を奪うと、作業台の上には、クリスタルガラスのように輝く四角いボトルが完成していた。
気泡一つなく、均一な厚みを持つそのボトルは、帝都の高級デパートに並ぶ工芸品以上の輝きを放っている。
「で、できた……」
エレノアが震える指で、まだほんのり温かいボトルに触れる。
「熱した砂を一瞬でガラスに変えて、しかもこんな複雑な意匠まで……。あなた、宮廷魔導師でも無理なことを平然とやってのけるのね」
「魔法制御には自信があるからな。これにさっきのウォッカを詰めれば、原価はほぼタダ(廃棄芋と砂)だが、帝都では金貨一枚で売れる高級酒の完成だ」
アレクは完成したボトルに、じょうごを使ってウォッカを注ぎ込み、コルクで栓をした。
朝日に透かすと、無色透明な液体がボトルの中で美しく揺らめく。
「これが俺の錬金術だ。どうだ、エレノア。これなら公爵家への借金も返せそうか?」
問われたエレノアは、ボトルとアレクの顔を交互に見つめ、やがて深く息を吐いた。
彼女の瞳から、侮蔑の色は完全に消え去っていた。代わりに宿ったのは、狩人が獲物を見つけた時のような、鋭く貪欲な光だ。
「……返せるどころの話じゃないわ。アレク、あなた、自分の価値を分かっていない」
彼女はボトルを奪い取るように抱きしめた。
「こんな魔法技術、他国に知れたら戦争になるわよ。……いいわ、決めた」
エレノアはキッとアレクを睨みつけた。
「私があなたの『カモフラージュ』になってあげる。この技術が公になる前に、特許と販売ルートをガチガチに固めて、誰も手出しできないようにしてあげるわ。その代わり……」
彼女は一歩近づき、上目遣いでアレクを見上げた。
「私を一番近くに置いておきなさい。あなたのそのふざけた才能、私が管理してあげるから」
「それは頼もしいな。だが、管理されるつもりはないぞ。あくまで対等なパートナーだ」
「ふん、口だけは達者ね。……でも、悪くないわ」
エレノアは微かに頬を染め、ボトルを宝物のように抱えたまま倉庫を出て行った。
「さあ、シルヴィアにおつまみを作らせるわよ! 朝から祝杯よ!」
「おい、まだ朝だぞ……」
こうして、廃棄物から生まれた「奇跡の酒」と「魔法のボトル」は、アインハルト領の最初の特産品として、世に出る準備を整えたのだった。
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