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第7話 街道封鎖と魔導雪上車
しおりを挟むアインハルト領に希望の灯がともり始めた矢先、最初の試練が訪れた。
執務室に飛び込んできたのは、商人のミレーヌだった。彼女は普段の余裕ある笑みを消し、苛立ちを隠そうともせずに革手袋を机に叩きつけた。
「……やられましたわ。完全に足止めを食らいました」
彼女の報告は簡潔かつ最悪なものだった。
アインハルト領から帝都へ向かう唯一の主要街道――その関所を管理する隣領の領主、ゴルゴン伯爵が、突如として通行料の引き上げを宣言したのだ。
「通行税、荷の評価額の五割ですって。事実上の強奪ですわ」
ミレーヌが吐き捨てる。
「五割!? ふざけないでよ!」
声を荒らげたのはエレノアだ。
「ゴルゴン伯爵……あの豚ね。私との婚約が破棄されたと聞きつけて、アインハルト家を見下しにかかったのよ。ヴァレンシュタイン公爵家の威光をチラつかせても、『適正な領内管理』と言い張って聞き入れないわ」
アインハルト領で生産した『特級ウォッカ』と『魔導温風機』の初荷は、すでに馬車五台分に積み込まれている。しかし、関所を通れなければ帝都には届かない。
「街道を使わずに迂回(うかい)はできないのですか?」
シルヴィアが地図を広げて尋ねるが、ミレーヌは首を横に振った。
「無理ですわ。街道以外は深い森と、険しい雪山。今の季節、馬車で踏み込めば遭難します」
重苦しい空気が流れる中、アレクだけは地図を指でなぞりながら、静かに口を開いた。
「……街道がダメなら、道なき道を行けばいい」
「道なき道?」
アレクは窓の外を指差した。そこには、一面の銀世界――数メートルは積もっているであろう豪雪地帯が広がっている。
「この雪原を突っ切って、山を越える。ゴルゴンの領地を経由せず、直接、南の交易都市へ抜けるルートだ」
「正気!? 馬の足が埋まって一歩も動けないわよ!」
エレノアが叫ぶが、アレクはニヤリと笑った。
「馬じゃ無理だ。だから、『馬』を作る」
アレクは立ち上がった。
「ミレーヌ、商会の荷車から『車輪』を外してくれ。それと、倉庫にある鉄クズを全部使う。……新しい足を手に入れるぞ」
再び、屋敷裏の工房。
アレクの前には、解体された馬車の荷台と、大量の鉄板、そして森で採取した「トレントの樹液(ゴムのような粘性を持つ)」が並べられていた。
「これから作るのは、雪の上を沈まずに走る『無限軌道(キャタピラ)』を持つ輸送車だ」
アレクはまず、鉄板に手をかざした。
イメージするのは、薄く、しかし強靭な複数の金属板。
「――再構築(クラフト)・成形」
魔力が走ると、鉄塊が飴細工のように伸び、幅広のベルト状のパーツへと変化していく。
さらに、それぞれのプレートを蝶番(ちょうつがい)のような構造で連結させ、柔軟に曲がる「鉄の帯」を作り出す。
接地面には、滑り止めのスパイク状の突起を隆起させた。
「次に、この帯を回すための車輪だ」
馬車から外した木製の車輪を、鉄でコーティングして補強する。さらに、外周にゴム状に硬化させたトレントの樹液を巻き付け、鉄の帯との摩擦力を高める。
これらを荷台の下部に四つ配置し、左右それぞれの車輪に「鉄の帯」を履かせた。
これで、接地面を広く取り、雪に沈まない足回りが完成した。
「な、何ですかこの厳(いか)つい鉄の塊は……」
シルヴィアが呆れたように呟く。見た目は戦車の下半分のような無骨さだ。
「問題は動力だ。馬に引かせるわけにはいかないからな」
アレクは、拳大の魔石を取り出した。
そして、エンジンの心臓部となる円筒形の金属ケースに、複雑極まりない魔法術式を刻み込んでいく。
アレクが構築するのは、内燃機関(エンジン)ではない。
【魔導回転機関(マナ・モーター)】だ。
(中心軸に固定したミスリル棒に対し、周囲の円筒から反発属性の魔力を順繰りに発生させる。磁石の反発を利用したモーターと同じ原理だ)
アレクが魔石をセットし、回路を接続すると、
ヒュン……ヒュルルルルル……!
甲高い風切り音と共に、モーターの軸が高速回転を始めた。排気ガスも爆音もない、クリーンで強力な回転力。
これをギアとチェーンで車輪に伝達する。
「よし、完成だ。名付けて【魔導雪上輸送車(スノー・クローラー)】一号」
そこにあるのは、馬もいないのに低く唸りを上げる、鉄の箱だった。
運転席には操縦桿(かん)が二本。右のレバーで右の帯が、左のレバーで左の帯が回る単純な仕組みだ。
「さあ、テスト走行だ。誰か乗りたい奴はいるか?」
三人の美女たちは顔を見合わせたが、最初に一歩踏み出したのは、意外にも公爵令嬢のエレノアだった。
「……乗るわ。あなたが作ったものだもの。泥船ってことはないでしょう?」
「殊勝な心がけだ。じゃあ助手席へどうぞ」
アレクが運転席に座り、魔力を流し込む。
グゥン! と車体が震え、鉄の帯が雪を噛んだ。
「きゃっ!?」
エレノアが小さく悲鳴を上げるのと同時に、数トンの重量があるはずの鉄の塊が、ふわりと雪の上を滑り出した。
沈まない。
深雪をものともせず、人間が走るよりも遥かに速い速度で加速していく。
「す、すごいですわ! これなら道なき雪原も平地同然です!」
見送っていたミレーヌが、商人の顔になって叫んだ。
「伯爵! これ自体も商品になりますわよ!?」
アレクは風を切りながら、隣で目を回しているエレノアに笑いかけた。
「しっかり捕まってろよ、エレノア。ゴルゴンの関所なんて目じゃない。俺たちは誰も見たことのないルートで、商売の地平を切り開くんだ」
エレノアは風で乱れる銀髪を押さえながら、強引にハンドルを切るアレクの横顔を見つめた。
常識外れの機械。常識外れの突破力。
この男にかかれば、国境も、常識も、全てが書き換えられていく。
「……もう、めちゃくちゃね。でも、悪くない乗り心地よ!」
彼女は精一杯の強がりを言いながら、アレクの腕にしがみついた。
魔導雪上車は白銀の荒野に轍(わだち)を刻み、一路、南の交易都市を目指して進み始めた。
それは、アインハルト領の反撃の狼煙(のろし)でもあった。
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