企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan

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第11話 泥濘(ぬかるみ)の街道と光る夜

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 ローゼンバーグ侯爵領からの鉄の供給が安定し、アインハルト領の工業化は加速していた。
 だが、急速な発展は新たな問題を引き起こす。
 それは「物流の足元」だ。
 昼下がりのメインストリート。
 視察に出たアレクの隣で、エレノアが不快そうにドレスの裾(すそ)を持ち上げた。
「……最悪だわ。この泥、なんとかならないの?」
 彼女が指差した先では、荷馬車や通行人たちが、雪解け水と土が混ざり合った茶色い粘土質の泥に足を取られ、難儀していた。
 工場が稼働し、人の往来が激増したことで、未舗装の地面が悲鳴を上げているのだ。
「雪上車(クローラー)なら走れるが、一般の商人の馬車や領民の足には厳しいな。……よし、直すか」
「直すって、まさか道の一本一本に板でも敷く気?」
「いいや。もっと恒久的で、頑丈な『舗装道路(アスファルト)』を作る」
 アレクは工場の裏手に集められていた、製鉄の過程で出る大量の「鉱石のカス(スラグ)」と、川砂利の山に向かった。
 通常、これらは産業廃棄物として捨てられるものだ。
「シルヴィア、通りを一時通行止めにしてくれ。一気にやるぞ」
 アレクは道の真ん中に立つと、両手を地面につけた。
 まず行うのは【地盤硬化】。
 泥状になった表層の水分を魔法で強制的に抜き取り、さらに地下の土を圧縮して、石のように硬い土台を作る。
 次に、その上にスラグと砂利を均一に敷き詰める。
 そして、ここからが「構造解析」の真骨頂だ。
「――結合剤生成(バインダー・クリエイト)」
 アレクは、森で採取できる粘性のある樹液と、魔獣(スライム種)の体液を混ぜ合わせた「黒いタール状の液体」を錬成し、砂利の上にぶちまけた。
 さらに、火属性の魔力を注ぎ込む。
 ジュワアアアア……ッ!
 黒い液体が高温で沸騰し、砂利やスラグの隙間に溶け込んでいく。
 冷えて固まれば、それは岩盤以上の強度を持つ「魔導アスファルト」となる。
「――敷設、平滑化(フラットニング)!」
 アレクが手を水平に薙(な)ぐと、黒い混合物が生き物のように通りを這い進み、デコボコだった地面を埋め尽くしていく。
 わずか三十分後。
 そこには、鏡のように平らで、継ぎ目のないダークグレーの道が完成していた。泥一つない、完全な舗装道路だ。
「嘘……馬車の轍(わだち)がつかないわ」
 エレノアが恐る恐る新しい道を踏む。カツン、カツンと、ヒールの音が心地よく響く。
「これなら雨が降っても泥にならないし、馬車もスムーズに走れる。物流スピードは三倍になるぞ」
 アレクは額の汗を拭った。
 だが、改革はこれで終わらない。
 日が暮れ、夕闇が領地を包み始めると、町は漆黒の闇に沈む――はずだった。
「さて、次は『明かり』だ」
 アレクが指を鳴らすと、通りの両脇に等間隔で設置された、高さ三メートルほどの鉄柱が一斉に輝き始めた。
 ポウッ……。
 それは、焚き火の揺れるような明かりではない。青白く、透き通るような静謐(せいひつ)な光だ。
「な、何ですのこれは!? 夜なのに、昼間のように明るいですわ!」
 駆けつけたミレーヌが、眩しそうに目を細める。
「【魔導街灯(マナ・ランプ)】だ」
 アレクは鉄柱の一つを叩いた。
 ガラスの覆いの中にあるのは、火ではなく、光を放つ石だ。
「魔石の加工くず(粉末)と、洞窟に生える『光苔(ヒカリゴケ)』の成分を融合させて結晶化した。昼間に太陽光と大気中のマナを吸収し、夜になると自動で発光する」
 燃料いらずの半永久機関。
 真っ直ぐに伸びた舗装道路と、それを照らす青白い街灯の列。
 その光景は、中世レベルの文明しかないこの世界において、あまりにも異質で、あまりにも美しい「近未来」の景色だった。
「綺麗……。まるで、星空が地上に降りてきたみたい」
 エレノアがうっとりと呟く。
 泥と闇に支配されていた辺境の村は、今や「北の不夜城」へと変貌を遂げていた。
 その時だった。
 夜空を切り裂くような、轟音と衝撃音が遠くの森から響いたのは。
 ズガアアアアンッ!
 地面が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
「な、何事!?」
「方向は北の森……国境付近か?」
 アレクの表情が引き締まる。
 直後、シルヴィアが血相を変えて走ってきた。
「旦那様! 結界石に反応がありました! 大型の飛行物体が、制御を失って森に墜落した模様です!」
「飛行物体? ワイバーンか?」
「いえ、魔力波形が違います。あれは……人工物です!」
 アレクは即座に決断した。
「雪上車(クローラー)を出す! 生存者がいるかもしれない。エレノア、シルヴィア、ついてこい!」
 吹雪が吹き荒れる夜の森を、ヘッドライトの光が切り裂いていく。
 スノー・クローラーは倒木を乗り越え、墜落現場へと急行した。
 現場の惨状は酷いものだった。
 木々がなぎ倒された先に、黒煙を上げる巨大な残骸があった。
 それは、翼を持った豪華な馬車――【飛竜船(ワイバーン・キャリッジ)】だった。
 帝国の王族や高位貴族だけが所有を許される、空飛ぶ馬車だ。
「王家の紋章……!? まさか!」
 エレノアが紋章を見て絶句する。
 アレクはクローラーを飛び降り、半壊したキャビンへと駆け寄った。
 護衛の騎士たちはすでに息絶えているか、重傷で意識がない。
「おい! 誰かいるか!」
 ひしゃげた扉を「身体強化」の魔法で無理やりこじ開ける。
 中は氷のように冷え切っていた。
 その奥、壊れた座席の隙間に、一人の少女がうずくまっていた。
 透き通るようなプラチナブロンドの髪。雪のように白い肌。
 年齢は十九歳ほどか。豪華なドレスはボロボロで、額からは血が流れている。
「……う、うぅ……」
 少女は苦しげにうめき声を上げていたが、寒さで震えているのではない。
 彼女の身体からは、目に見えるほどの凄まじい「冷気」が噴き出していたのだ。
 触れた座席が瞬時に凍りつき、吐く息がダイヤモンドダストとなって舞う。
「――解析(アナライズ)」
 アレクの瞳が青く光る。
 視界に表示された情報は、致命的なものだった。
 【対象:セシリア・アイリス・エンパイア(第三王女)】
 【状態:魔力暴走(オーバーロード)末期。心拍低下。生命維持限界まであと一時間】
 体内にある膨大な氷属性の魔力が、制御を失って肉体を内側から侵食している。いわゆる「魔力過多症」の発作だ。
「馬鹿な……こんな状態で、なぜ空の旅を?」
 理由は分からないが、今は考える時間がない。
 このままでは、彼女は自身の魔力で凍りついて死ぬ。
「エレノア! 毛布だ! 急いで屋敷へ運ぶぞ!」
 アレクは自分のコートを脱ぐと、凍てつく王女の身体を躊躇(ためら)いなく抱き上げた。
 ジジッ……!
 触れた腕の皮膚が凍傷になりかけるが、魔力防御で耐える。
「シルヴィア、クローラーの暖房を最大にしろ! ……死なせはしない。この俺の領地で、王女を死なせてたまるか!」
 アレクの腕の中で、帝国の至宝と呼ばれる第三王女セシリアは、うわ言のように小さく呟いた。
「……あった……かい……?」
 それは、アレクの体温か、それとも彼がまとう希望の光を感じ取ってのことか。
 鉄の車列は、瀕死の王女を乗せ、不夜城と化したアインハルト領へと全速力で走り出した。
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