没落貴族は最果ての港で夢を見る〜政敵の公爵令嬢と手を組み、忘れられた航路を拓いて帝国の海を制覇する〜

namisan

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第1章

第10話:祝宴と新たな火種

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その夜のアルトマールは町全体が祝祭の熱気に包まれていた。
港の中央広場には樽が積まれ、焚き火が煌々と夜空を照らす。海燕号が持ち帰った小麦で作られたパンと、ボルガが振る舞う酒が人々に行き渡り、誰もが歴史的な一日を祝っていた。町の英雄となった俺は、ゲオルグやダリオといった男たちに何度も肩を叩かれ、祝いの言葉を浴びせられた。
「若様!あんたは神だ!いや神様以上だ!」
「これでこの港も安泰だ!」
人々の屈託のない笑顔と歓声。それは心地良いものだったが、俺の心は晴れなかった。この小さな成功が、より大きな問題を引き寄せる呼び水になることを俺は知っていたからだ。そして何より、あの女の存在がそれを許さない。
祝宴の輪から少し離れた宿の二階。その窓辺に立つセラフィーナ・フォン・ルクスブルクの影が、俺には見えているようだった。彼女はこの祝宴に参加していない。おそらく自室で、今日起きた出来事を冷静に分析し、報告書を書き直しているのだろう。俺という存在を、ルクスブルク家と王国にとっての「利益」と「危険性」という天秤にかけながら。彼女はもはや単なる監察官ではない。俺という駒を盤上に置いた、もう一人のプレイヤーなのだ。
俺は喧騒を抜け出し、一人港の桟橋へと向かった。夜の潮風が火照った顔に心地よい。そこに、ダリオがゆっくりとした足取りで追いついてきた。
「若様。少しは飲まないと、町の連中が寂しがりますぜ」
「柄ではないので」
俺が短く答えると、ダリオは隣に立ち、静かな海を見つめた。
「……先代様に、そっくりだ。あんたのやることは何もかもがめちゃくちゃで、わしらの常識なんぞ軽く飛び越えていく。だが、不思議とあんたについていきたくなる。あの人も、そういう人だった」
老航海士の言葉には、偽りのない敬意が込められていた。
「俺は父とは違います。俺がやっているのは、ただの計算です。リスクとリターンを秤にかけ、最も確率の高い道を選んでいるに過ぎません」
「確率、ねえ。わしにはそうは見えんがな」
ダリオは静かに笑った。
「これからどうなさるおつもりです。監察官様はこの港に残ると言う。あんたのやる事なす事、全てが中央に筒抜けになる。今までのような無茶はできやせんぞ」
「ええ、分かっています。だからこそ、彼女を俺たちの側に引き込む必要がある」
「なっ……若様、正気ですかい!あの女は、ルクスブルクの……!」
「政敵の娘だからこそ、価値がある。彼女は論理と数字の信奉者だ。ならば、俺は彼女が否定できないほどの利益と結果を提示し続ける。彼女が俺の有用性を認めざるを得ない状況を作り出すのです。そうすれば、彼女は監視役から、最強の後ろ盾に変わるかもしれない」
俺の壮大な計画に、ダリオは言葉を失っていた。それは、没落貴族の三男坊が考えるには、あまりにも危険で、大胆不敵な賭けだった。
その時だった。
祝宴の中心から、一人の男が血相を変えてこちらへ走ってくるのが見えた。商人ボルガだった。彼は俺たちの前にたどり着くと、肩で息をしながら、震える声で告げた。
「た、大変です、代官様!」
「落ち着いてくださいボルガ氏。何があった」
「オーベルの仲間から、緊急の伝令です!……海賊です!」
海賊。その一言が、夜の港に冷たい緊張を走らせた。
ボルガが言うには、俺たちの海燕号が成し遂げた奇跡の航海、特に霧の海域を安全に抜けたという噂が、驚くべき速さで近隣の港に広まっているらしい。そして、その噂に目をつけた連中がいた。アルトマールとオーベルを結ぶ航路は、再び金になると踏んだのだ。
「“赤牙”のザラード……。近海では最も悪名高い海賊団です。奴らが、俺たちの航路の先に船団を展開し始めたと……。おそらく、次の交易船を狙うつもりです!」
ボルガの報告に、ダリオの顔から血の気が引いた。せっかく手に入れた希望が、早くも暴力によって奪われようとしている。これが、この世界の現実だった。
だが、俺の反応は二人とは違っていた。
俺の口元には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。
「……面白い。実に面白い展開じゃないですか」
「わ、若様?何を笑って……」
「来ましたよ、ダリオ殿。次の舞台が」
海賊の出現。それは港にとって最大の脅威だ。だが、見方を変えれば、これ以上ない好機でもあった。
セラフィーナに、俺の価値をさらに証明する機会。
町の防衛力を組織し、俺の支配権を確立する機会。
そして何より、俺の持つもう一つの知識……海戦術を披露する、絶好の機会だ。
俺は、宿の二階を見上げた。そこには、まだ明かりが灯っている。
「ボルガ氏、皆にはまだこの事を伏せておいてください。祝宴を台無しにする必要はありません」
俺は踵を返し、代官府、いや、あの怜悧な監察官の元へと向かった。
「セラフィーナ殿。面白い話があります。少し、お時間をいただけますか」
新たな盤面は、すでに動き出している。俺が望むと望まざるとにかかわらず。
ならば、俺はその盤上で、誰よりも巧みに踊ってみせるだけだ。海賊も、公爵令嬢も、全ては俺の掌の上にある。
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