没落貴族は最果ての港で夢を見る〜政敵の公爵令嬢と手を組み、忘れられた航路を拓いて帝国の海を制覇する〜

namisan

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第1章

第11話:盤上の駒とプレイヤー

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代官府の執務室の扉をノックすると、中から「入りなさい」という涼やかな声が聞こえた。俺が入室すると、セラフィーナは山と積まれた書類から顔を上げた。彼女はすでに祝宴の喧騒の原因を把握しているのだろう。その紫水晶の瞳に驚きはなく、ただ静かな探究心が浮かんでいた。
「何の御用ですの、アークライト殿。祝宴の主役が席を外してまで、私に話があるとは」
「ええ監察官殿。あなたに、新たな『投資』の話をしに来ました」
俺の言葉に、セラフィーナの眉がわずかに動く。
「投資、ですって?」
「単刀直入に申し上げます。海賊が出ます」
俺はボルガから得た情報を、簡潔に、そして客観的な事実のみを彼女に伝えた。“赤牙”のザラード。その規模と、これまでの悪行。そして奴らが、俺たちの新しい航路に目をつけ、次の交易船を待ち構えているという現状を。
俺の話を聞き終えても、セラフィーナの表情は変わらなかった。彼女は指を組み、冷静に分析を始める。
「なるほど。予期すべき事態ではありますわね。利益の生まれる場所には、必ずそれを狙う輩が現れる。当然の帰結です。それで、あなたはどうしろと?王国の正規海軍に救援を要請しろと、そう言いに来たのですか?」
「いいえ。俺たちで、奴らを討伐します」
俺の答えは、静かだったが、部屋の空気を震わせた。
セラフィーナの瞳が、初めて見せる種類の光を宿した。それは驚愕ではなく、面白がるような、獰猛な光だった。
「……あなた、本気で仰って?相手は歴戦の海賊団ですわ。こちらは素人同然の船乗りと、たった一隻の改造船。勝ち目など、万に一つもないでしょう」
「勝ち目はあります。いや、勝ってみせます。だからこそ、これは投資の話なのです」
俺はテーブルに身を乗り出した。
「監察官殿。あなたがこの港で見たのは、船の速さだけのはずだ。だが、この新技術の本質は、速さではない。『機動力』にあります。そして、海戦において機動力は、戦力差を覆す最大の武器となる」
「具体的に、どうするおつもり?」
「海燕号を、囮にします」
俺の計画は、単純明快だった。
「ボルガ氏に協力してもらい、次の交易船が明日出航するという偽の情報を流す。海賊たちがそれに食いつき、待ち伏せている海域へ、海燕号が一隻で突入する。奴らは、俺たちの船がただ速いだけの輸送船だと思い込んでいる。その油断を突くのです」
「危険すぎますわ。包囲されれば、いくら速くとも終わりでしょう」
「包囲はされません。俺には、風が読める。奴らの船団の動きも、天候の変化も、全て手に取るように分かる。俺は奴らの包-囲網を、まるで踊るようにすり抜け、翻弄し、分断させる。そして……」
俺は言葉を切り、窓の外に広がる夜の海を見つめた。
「海戦は、船の数でも、兵士の数でも決まらない。情報を制し、主導権を握った者が勝つのです。俺は、その両方をやってみせる」
セラフィーナは、黙って俺の話を聞いていた。彼女の頭脳が、俺の計画の成功確率とリスクを、恐るべき速さで計算しているのが分かった。やがて彼女は、一つの結論に達したようだった。
「……面白い。実に面白い提案ですわ。ですが、私に何の得が?」
「得しかないでしょう」
俺は即答した。
「この討伐が成功すれば、あなたは『危険な海賊団を、最小の損害で、しかも現地の戦力のみで排除した有能な監察官』という、輝かしい功績を手にすることになる。あなたの父君、ルクスブルク公爵も、きっとお喜びになるでしょう。そして何より、このアルトマール港が、軍事的な拠点としても極めて有用であることを、王家と中央の貴族たちに証明できる」
俺の言葉は、彼女の野心の的確な中心を撃ち抜いていた。彼女はただの令嬢ではない。ルクスブルク家の人間として、常に一族の利益と王国の未来を考えている政治家なのだ。
「……良いでしょう。その狂気じみた賭け、乗って差し上げますわ」
セラフィーナは、美しい笑みを浮かべた。だが、その目は全く笑っていない。
「ただし、条件があります」
「何でしょう」
「私も、その船に乗せていただきます」
その言葉は、俺の予想を遥かに超えていた。
「な……正気ですか!戦場ですよ!あなたが傷でも負ってみろ。俺の一族郎党、首が飛んでもおかしくない」
「私が決めたことです。王命による監察官として、この作戦の全てを、この目で見届ける義務がありますから。それに……」
彼女は立ち上がり、俺のすぐそばまで歩み寄ってきた。ドレスから香る、甘く冷たい香りが俺の鼻腔をくすぐる。
「あなたのその『計算』とやらが、どこまで信用に値するものなのか。この目で直接、見極めさせていただきませんとね」
彼女の紫水晶の瞳が、俺を真っ直ぐに見据えている。拒否は許さないという、絶対的な意志の光。
俺は、しばらく彼女と睨み合った後、大きくため息をついた。
「……分かりました。ただし、船の上では、あなたの身分は関係ない。全て、船長である俺の指示に従っていただきます。それがお約束できるのなら」
「ええ、結構ですわ。船の上では、あなたを『提督(アドミラル)』とお呼びしましょうかしら」
彼女は、満足そうに微笑むと、踵を返した。
「作戦の準備、抜かりなく。私も、私の騎士を一人、護衛として連れて行きます。せいぜい、足手まといにならないよう、言い聞かせておきますから」
セラフィーナが部屋から去った後、俺は一人、その場に立ち尽くしていた。
事態は、俺の想像以上に複雑で、危険な方向へと転がり始めた。海賊との戦いに、王国で最も厄介な爆弾を抱えて臨むことになってしまったのだ。
だが、不思議と、恐怖はなかった。
むしろ、心が燃えるような興奮を感じていた。
海賊、公爵令嬢、そして俺。役者は揃った。
この盤上で、最後に笑うのは誰か。
俺は再び祝宴の喧騒へと戻った。だが、その頭の中は、すでに明日繰り広げられるであろう、命を賭けた海戦のシミュレーションで満たされていた。
この戦いは、もはや港の未来だけを賭けたものではない。俺という存在の価値を、この世界の権力者たちに認めさせるための、最初の戦いなのだ。
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