没落貴族は最果ての港で夢を見る〜政敵の公爵令嬢と手を組み、忘れられた航路を拓いて帝国の海を制覇する〜

namisan

文字の大きさ
12 / 30
第1章

第12話:覚悟の出航

しおりを挟む
祝宴の熱狂が過ぎ去った翌朝のアルトマール港は、嵐の前の静けさに包まれていた。ボルガが流した「本日、第二回交易船出航」という偽情報に、港は表向きの活気を見せている。だが、その裏で、歴史的な航海を成し遂げたばかりの海燕号には、全く異なる目的のための準備が秘密裏に進められていた。

船倉に運び込まれるのは小麦や干物ではない。大量の砂袋、油を詰めた無数の小瓶、そしてゲオルグの造船所から持ち出された鋭利な鉄製の杭。乗組員も、昨日の五人に加え、腕っぷしに自信のある港の若者たちが十数名、固い表情で集結していた。

俺は、その中心でダリオとゲオルグに作戦の全容を説明していた。
「……という訳だ。海賊を、討伐する」
「正気か若様!」
即座に声を荒らげたのはゲオルグだった。熊のような大男が、本気で怒りの色を浮かべている。
「あの船は、速く走るために造ったんだ!戦(いくさ)なんぞのために造ったんじゃねえ!第一、こっちは素人ばかり。相手は人殺しのプロだぞ!」

「ゲオルグさんの言う通りです」
ダリオも苦い顔で続けた。「海賊船は最低でも三隻。奴らは連携して獲物を追い詰める。海燕号の速さをもってしても、囲まれれば終わりだ。若様、考え直してくだされ」
彼らの心配はもっともだ。俺は彼らの前に、一枚の海図を広げた。そこには、俺が風詠みの力で予測した、明日の海域の風と潮の流れが詳細に書き込まれている。

「奴らの目的は、船を拿捕すること。つまり、俺たちの船に乗り移ることだ。だが、海燕号の速度の前では、奴らの船は追いつくことすらできない」
「だが、速いだけでは奴らを倒せん!」
「ええ。だから、俺たちは逃げ回るだけではない。狩りをするんです」

俺は海図の一点を指差した。そこは、霧の海域のすぐ手前に位置する岩礁が複雑に入り組んだ海域だった。
「奴らをおびき寄せるのは、この『迷いの岩礁』地帯。奴らの大型船では身動きが取りづらく、連携も難しくなる場所だ。そこで、俺たちは海燕号の機動力と旋回性能を最大限に活かす」
俺は、昨夜ゲオルグに作らせた鉄製の杭を手に取った。
「俺たちは、奴らの船に乗り移ったりはしない。奴らの船の『舵』と『帆』だけを狙う。この船の速さですれ違いざま、船員が投擲した杭で舵を破壊し、火のついた油瓶で帆を燃やす。足と翼を奪われた船など、ただの浮かぶ棺桶だ。それを一隻ずつ、確実に仕留めていく」

それは、この世界の誰もが考えつかない海戦術だった。白兵戦による制圧ではなく、機動力を活かしたアウトレンジ戦法。ゲオルグもダリオも俺の冷徹なまでの合理的な作戦に、言葉を失っていた。彼らの常識では、海戦とは乗り移って斬り合うものだったからだ。

「……若様。あんたは、本当に恐ろしいことを考える。だが、それなら……」
ダリオの目に、わずかな勝機が見え始めた、その時だった。

「その作戦、私も同行させていただきますわ」

凛とした声と共に桟橋に現れた人影に、その場の全員が凍り付いた。
セラフィーナ・フォン・ルクスブルク。彼女は、いつもの豪奢なドレスではなく、動きやすい乗馬服に身を包み、腰には護身用と思われる細剣を提げていた。その隣には、彼女の言葉通り一切の感情を顔に出さない鋼のような護衛騎士が一人、控えている。

「か、監察官殿!?」
ボルガが悲鳴に近い声を上げた。
「何を仰います!これから我々は、あの“赤牙”と戦うのですよ!あなた様のようなお方が乗れる船では!」
「黙りなさい」
セラフィーナの冷たい一言がボルガの言葉を遮る。
「これは、アークライト殿と私の間で交わされた、正式な合意事項です。王命による監察官として、私はこの作戦の全てを見届ける。……それとも、アークライト殿。約束を違えるとおっしゃる?」

彼女の紫水晶の瞳が俺を真っ直ぐに射抜く。
ゲオルグもダリオも血相を変えて俺に詰め寄った。
「若様!駄目だ、絶対に駄目だ!」
「このお方を乗せて海賊と戦うなど、狂気の沙汰だ!万が一のことがあれば、アークライト家は今度こそ取り潰しだぞ!」

俺は、彼らの抗議を手で制した。分かっている。リスクは計り知れない。だが、俺はこの女の性格を理解し始めていた。彼女は、一度決めたことを、他人の言葉で曲げるような人間ではない。そして、この状況は俺にとってもはや引き下がれない盤面なのだ。

「……お約束は守ります。ただし、セラフィーナ殿」
俺は、彼女の前に進み出た。
「この船に乗った瞬間から、あなたは監察官でも公爵令嬢でもない。ただの『乗組員』の一人だ。砂袋を運ぶことも、ロープを引くことも、必要とあらばやってもらう。そして、俺の命令は絶対だ。たとえ、それがあなたの騎士の意に反することでも」

俺の無礼とも取れる言葉に、隣の護衛騎士の手が、わずかに剣の柄にかかった。だが、セラフィーナはそれを目で制した。彼女は、俺の目をじっと見つめ返すと、やがて、その唇に美しい笑みを浮かべた。

「望むところですわ、『船長』。私の騎士アルフレッドも、剣の腕は立ちますが、船の上ではただの荷物。あなたの指示に、私ども主従の命運を預けましょう」

彼女の覚悟は本物だった。
この女、セラフィーナ・フォン・ルクスブルクは、ただの深窓の令嬢などではない。己の信念と目的のためなら、自ら危険の渦中に飛び込むことも厭わない、胆力を持ったプレイヤーだ。

こうして、異例ずくめの乗組員が確定した。
経験豊富な老航海士ダリオ。頑固だが腕は一流の船大工ゲオルグ(彼は「自分の造った船の晴れ舞台を見届ける」と言い張って乗船した)。選抜された十数名の屈強な港の若者たち。そして、アラストリア王国で最も高貴な血を引く公爵令嬢と、その護衛騎士。
この奇妙な寄せ集めの一団が、最悪の海賊団を討伐するという、無謀な任務に挑むのだ。

ボルガたちが不安そうな顔で見送る中、俺は海燕号の船首に立った。
「錨を上げろ!帆を張れ!」

俺の号令が響き渡る。昨日、奇跡の凱旋を果たした白銀の帆が、再び風を孕んだ。
船は、昨日とは比べ物にならないほどの緊張感を乗せて、ゆっくりと港を離れていく。

「……本当に、勝てるのでしょうね」
俺の隣に立ったセラフィーナが、誰にともなく呟いた。
「勝ちますよ。勝たなければ、俺の未来が拓けない」
俺は、水平線の向こう、海賊たちが待つ死の海域を見据えた。
「それに……こういう盤面でこそ、燃える質(たち)でしてね」

俺の横顔を、セラフィーナがじっと見つめていた。その瞳に浮かぶのは、もはや侮蔑や監視の色ではなかった。それは、未知の生物を観察するような、強烈な好奇心と、わずかな畏怖の色だった。

海燕号は、その圧倒的な速度で決戦の海域へと突き進んでいく。
アルトマールの運命、そして俺自身の運命を乗せた本当の戦いが今始まろうとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します

burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。 その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです

桐山じゃろ
ファンタジー
日常のなんでもないタイミングで右眼の色だけ変わってしまうという特異体質のディールは、魔物に止めを刺すだけで魔物の死骸を消してしまえる能力を持っていた。世間では魔物を消せるのは聖女の魔滅魔法のみ。聖女に疎まれてパーティを追い出され、今度は魔滅魔法の使えない聖女とパーティを組むことに。瞳の力は魔物を消すだけではないことを知る頃には、ディールは世界の命運に巻き込まれていた。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

元チート大賢者の転生幼女物語

こずえ
ファンタジー
(※不定期更新なので、毎回忘れた頃に更新すると思います。) とある孤児院で私は暮らしていた。 ある日、いつものように孤児院の畑に水を撒き、孤児院の中で掃除をしていた。 そして、そんないつも通りの日々を過ごすはずだった私は目が覚めると前世の記憶を思い出していた。 「あれ?私って…」 そんな前世で最強だった小さな少女の気ままな冒険のお話である。

無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした

夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業SEの相馬海斗は、勇者として異世界に召喚された。だが、授かったのは地味な【システム解析】スキル。役立たずと罵られ、無一文でパーティーから追放されてしまう。 死の淵で覚醒したその能力は、世界の法則(システム)の欠陥(バグ)を読み解き、修正(デバッグ)できる唯一無二の神技だった! 呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。 「もう手遅れだ」 これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!

処理中です...