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第1章
第15話:翼を焼く者
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ゴオオオンという、腹の底に響く重い衝突音が、海賊たちの砲声よりも大きく岩礁地帯に響き渡った。
舵を失い漂流していた海賊船の一隻目が、ついに潮の流れに抗えず、鋭く尖った岩礁にその巨体を叩きつけたのだ。分厚い船腹が、まるで卵の殻のように砕け散る。マストが折れ、海賊たちの絶望的な悲鳴が上がった。
「……一隻、沈黙」
俺は、その無慈悲な光景に背を向け、残る二隻を見据えた。
「な……何をしやがった、あのガキィィ!」
旗艦レッドハウル号から、ザラードの怒り狂う声が届く。だがその声には、怒り以上に明らかな恐怖が混じっていた。自分たちの常識が、経験が、全く通用しない未知の敵。それがどれほど恐ろしいか、彼は今まさに体感しているのだ。
「残るは二隻!だが、首領(かしら)の船さえ潰せば、もう一隻は戦意を失う!」
俺は乗組員たちに檄を飛ばす。彼らの顔から、もう恐怖は消えていた。代わりに、強大な敵を狩る興奮と、船長である俺への絶対的な信頼が浮かんでいる。
「ゲオルグさん、次が本番だ!油瓶に火をつけろ!」
「おう!任せとけ!」
ザラードは、残った僚船に必死で指示を飛ばし、俺たちを挟み撃ちにしようと動く。だが、彼らの動きはあまりに鈍重で、連携もバラバラだった。
「若様!二隻が左右から来ます!」
ダリオが叫ぶ。
「分かっている!風が、変わるぞ!」
俺は、風詠みの力で、この岩礁地帯特有の突風が吹く瞬間を捉えていた。
「帆を右舷半分だけ張れ!あの岩の陰に隠れる!」
「岩の陰!?」
ダリオは驚愕したが、俺の指示通りに舵を切る。海燕号は、巨大な岩塔の陰に吸い込まれるように隠れ、一時的に海賊船団の視界から消えた。
「消えた!?どこへ行った!」
海賊たちが混乱する。二隻の船は、俺たちを見失い、互いに牽制し合うように速度を落とした。
その瞬間、俺が待っていた突風が岩の間を吹き抜けた。
「今だ!岩陰から出ろ!全速!」
海燕号は、突風をその白銀の帆に受け、まるで瞬間移動したかのようにレッドハウル号の真横に躍り出た。
「なっ!?」
ザラードの目が、ありえないものを見たというように見開かれる。
あまりにも近い。敵船の甲板にいる海賊たちの、驚愕に歪んだ顔がはっきりと見える距離だ。
「撃てぇぇぇ!」
ザラードが絶叫し、慌てて弓やクロスボウがこちらに向けられる。だが、遅い。
「投擲準備!火を放て!」
俺の号令と共に、ゲオルグたちが、先端に布を巻き付け火をつけた油瓶を構える。
「目標!敵船のメインセイル!帆を燃やせ!」
「食らいやがれ、海のクズどもが!」
ゲオルグの咆哮と共に、十数個の火の玉が、美しい放物線を描いてレッドハウル号の巨大な帆へと吸い込まれていった。
バリン!という瓶の割れる音。
次の瞬間、恐ろしい事態が発生した。
海賊船の帆は、俺たちの絹帆とは違う。防水と補強のために、長年タールや魚油が塗り重ねられ、乾燥しきっていた。それはもはや帆布ではなく、巨大な松明(たいまつ)同然だったのだ。
火のついた油が飛び散った瞬間、帆は、轟音と共に爆発するように燃え上がった。
「ぎゃああああ!」
「帆が!帆が燃える!」
「水だ!水をかけろ!」
火は瞬く間にマストを駆け上がり、船全体を炎と黒煙で包み込む。船上は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「……す、ごい」
乗組員の一人が、その圧倒的な光景に呟いた。
「翼を失った鳥は、もう飛べない」
俺は、燃え盛る船を見つめ、冷ややかに告げた。
「首領(かしら)の船が!」
「逃げろ!あいつらは化け物だ!」
残った最後の一隻。その海賊船は、戦意を完全に喪失した。舵を破壊された仲間、そして目の前で燃え上がる旗艦。彼らにできることは、もはや逃走しかなかった。
彼らは慌てて船を反転させ、岩礁地帯から脱出しようと必死で帆を操作し始めた。
「若様!追いますか!」
ダリオが、興奮した声で尋ねる。
「追わない。目的は達成した」
俺は静かに首を横に振った。俺の目的は海賊の殲滅ではない。この航路の安全確保と、俺の力の証明だ。
「舵を失った船が、一隻。帆を失った船が、一隻。そして、戦意を失った船が、一隻。これで、“赤牙”海賊団は事実上壊滅だ」
俺の言葉に、船上は一瞬の静寂の後、地鳴りのような大歓声に包まれた。
「うおおおおお!」
「勝った!俺たち、勝っちまった!」
「海賊団を、俺たちだけで倒したぞ!」
男たちが抱き合い、涙を流し、ゲオルグは満足そうにゲラゲラと笑っている。
その熱狂の中心から少し離れた船尾楼。
セラフィーナ・フォン・ルクスブルクは、手すりを握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。
彼女の護衛騎士アルフレッドは、己の剣が一度も抜かれることなく終わったこの「海戦」を、未だに理解できずに呆然としている。
セラフィーナの紫水晶の瞳は、燃え盛る海賊船ではなく、その惨状を冷徹に見下ろす、一人の男の横顔に釘付けになっていた。
ミナト・アークライト。
没落貴族の三男坊。
この男は、血を流さず、船を傷つけず、最小限のリスクで、王国軍ですら手を焼いていた海賊団を、事実上壊滅させてみせた。
全ては、彼の頭脳と、あの白銀の帆を持つ船の機動力だけで。
(この男は……危険すぎる)
セラフィーナの背筋を、恐怖に近い戦慄が走り抜けた。
(この力は、王国を滅ぼす毒にも、未曾有の繁栄をもたらす薬にもなる)
彼女の論理と計算は、とっくの昔にこの男の前で意味を失っていた。
今、彼女の胸にあるのは、プレイヤーとしての純粋な問い。
この男を、敵に回すべきか。それとも、何としてでも、味方に引き入れるべきか。
俺は、彼女の熱い視線に気づいていた。だが、あえて振り返らず、炎から逃れようと海に飛び込む海賊たちを見下ろしながら、次の手を思考していた。
この勝利は、終わりではない。
本当の戦いは、この勝利の「価値」を、いかにしてあの女に、そして王国に認めさせるか、そこから始まるのだから。
「ダリオ殿」
俺は、歓喜に沸く乗組員たちに向き直った。
「生存者の救助を。ただし、武装解除は徹底的に。それから、ゲオルグさん」
「おう!」
「行動不能になった二隻から、金目のものを全て回収します。これは、今回の作戦に参加した、皆への正当な報酬だ」
俺の言葉に、男たちの歓声は、さらに大きくなった。
俺は、初めてこの世界で、確かな「力」を手に入れたことを実感していた。
舵を失い漂流していた海賊船の一隻目が、ついに潮の流れに抗えず、鋭く尖った岩礁にその巨体を叩きつけたのだ。分厚い船腹が、まるで卵の殻のように砕け散る。マストが折れ、海賊たちの絶望的な悲鳴が上がった。
「……一隻、沈黙」
俺は、その無慈悲な光景に背を向け、残る二隻を見据えた。
「な……何をしやがった、あのガキィィ!」
旗艦レッドハウル号から、ザラードの怒り狂う声が届く。だがその声には、怒り以上に明らかな恐怖が混じっていた。自分たちの常識が、経験が、全く通用しない未知の敵。それがどれほど恐ろしいか、彼は今まさに体感しているのだ。
「残るは二隻!だが、首領(かしら)の船さえ潰せば、もう一隻は戦意を失う!」
俺は乗組員たちに檄を飛ばす。彼らの顔から、もう恐怖は消えていた。代わりに、強大な敵を狩る興奮と、船長である俺への絶対的な信頼が浮かんでいる。
「ゲオルグさん、次が本番だ!油瓶に火をつけろ!」
「おう!任せとけ!」
ザラードは、残った僚船に必死で指示を飛ばし、俺たちを挟み撃ちにしようと動く。だが、彼らの動きはあまりに鈍重で、連携もバラバラだった。
「若様!二隻が左右から来ます!」
ダリオが叫ぶ。
「分かっている!風が、変わるぞ!」
俺は、風詠みの力で、この岩礁地帯特有の突風が吹く瞬間を捉えていた。
「帆を右舷半分だけ張れ!あの岩の陰に隠れる!」
「岩の陰!?」
ダリオは驚愕したが、俺の指示通りに舵を切る。海燕号は、巨大な岩塔の陰に吸い込まれるように隠れ、一時的に海賊船団の視界から消えた。
「消えた!?どこへ行った!」
海賊たちが混乱する。二隻の船は、俺たちを見失い、互いに牽制し合うように速度を落とした。
その瞬間、俺が待っていた突風が岩の間を吹き抜けた。
「今だ!岩陰から出ろ!全速!」
海燕号は、突風をその白銀の帆に受け、まるで瞬間移動したかのようにレッドハウル号の真横に躍り出た。
「なっ!?」
ザラードの目が、ありえないものを見たというように見開かれる。
あまりにも近い。敵船の甲板にいる海賊たちの、驚愕に歪んだ顔がはっきりと見える距離だ。
「撃てぇぇぇ!」
ザラードが絶叫し、慌てて弓やクロスボウがこちらに向けられる。だが、遅い。
「投擲準備!火を放て!」
俺の号令と共に、ゲオルグたちが、先端に布を巻き付け火をつけた油瓶を構える。
「目標!敵船のメインセイル!帆を燃やせ!」
「食らいやがれ、海のクズどもが!」
ゲオルグの咆哮と共に、十数個の火の玉が、美しい放物線を描いてレッドハウル号の巨大な帆へと吸い込まれていった。
バリン!という瓶の割れる音。
次の瞬間、恐ろしい事態が発生した。
海賊船の帆は、俺たちの絹帆とは違う。防水と補強のために、長年タールや魚油が塗り重ねられ、乾燥しきっていた。それはもはや帆布ではなく、巨大な松明(たいまつ)同然だったのだ。
火のついた油が飛び散った瞬間、帆は、轟音と共に爆発するように燃え上がった。
「ぎゃああああ!」
「帆が!帆が燃える!」
「水だ!水をかけろ!」
火は瞬く間にマストを駆け上がり、船全体を炎と黒煙で包み込む。船上は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「……す、ごい」
乗組員の一人が、その圧倒的な光景に呟いた。
「翼を失った鳥は、もう飛べない」
俺は、燃え盛る船を見つめ、冷ややかに告げた。
「首領(かしら)の船が!」
「逃げろ!あいつらは化け物だ!」
残った最後の一隻。その海賊船は、戦意を完全に喪失した。舵を破壊された仲間、そして目の前で燃え上がる旗艦。彼らにできることは、もはや逃走しかなかった。
彼らは慌てて船を反転させ、岩礁地帯から脱出しようと必死で帆を操作し始めた。
「若様!追いますか!」
ダリオが、興奮した声で尋ねる。
「追わない。目的は達成した」
俺は静かに首を横に振った。俺の目的は海賊の殲滅ではない。この航路の安全確保と、俺の力の証明だ。
「舵を失った船が、一隻。帆を失った船が、一隻。そして、戦意を失った船が、一隻。これで、“赤牙”海賊団は事実上壊滅だ」
俺の言葉に、船上は一瞬の静寂の後、地鳴りのような大歓声に包まれた。
「うおおおおお!」
「勝った!俺たち、勝っちまった!」
「海賊団を、俺たちだけで倒したぞ!」
男たちが抱き合い、涙を流し、ゲオルグは満足そうにゲラゲラと笑っている。
その熱狂の中心から少し離れた船尾楼。
セラフィーナ・フォン・ルクスブルクは、手すりを握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。
彼女の護衛騎士アルフレッドは、己の剣が一度も抜かれることなく終わったこの「海戦」を、未だに理解できずに呆然としている。
セラフィーナの紫水晶の瞳は、燃え盛る海賊船ではなく、その惨状を冷徹に見下ろす、一人の男の横顔に釘付けになっていた。
ミナト・アークライト。
没落貴族の三男坊。
この男は、血を流さず、船を傷つけず、最小限のリスクで、王国軍ですら手を焼いていた海賊団を、事実上壊滅させてみせた。
全ては、彼の頭脳と、あの白銀の帆を持つ船の機動力だけで。
(この男は……危険すぎる)
セラフィーナの背筋を、恐怖に近い戦慄が走り抜けた。
(この力は、王国を滅ぼす毒にも、未曾有の繁栄をもたらす薬にもなる)
彼女の論理と計算は、とっくの昔にこの男の前で意味を失っていた。
今、彼女の胸にあるのは、プレイヤーとしての純粋な問い。
この男を、敵に回すべきか。それとも、何としてでも、味方に引き入れるべきか。
俺は、彼女の熱い視線に気づいていた。だが、あえて振り返らず、炎から逃れようと海に飛び込む海賊たちを見下ろしながら、次の手を思考していた。
この勝利は、終わりではない。
本当の戦いは、この勝利の「価値」を、いかにしてあの女に、そして王国に認めさせるか、そこから始まるのだから。
「ダリオ殿」
俺は、歓喜に沸く乗組員たちに向き直った。
「生存者の救助を。ただし、武装解除は徹底的に。それから、ゲオルグさん」
「おう!」
「行動不能になった二隻から、金目のものを全て回収します。これは、今回の作戦に参加した、皆への正当な報酬だ」
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