没落貴族は最果ての港で夢を見る〜政敵の公爵令嬢と手を組み、忘れられた航路を拓いて帝国の海を制覇する〜

namisan

文字の大きさ
16 / 30
第1章

第16話:凱旋と新たな取引

しおりを挟む
戦闘海域に、奇妙な静けさが戻った。
“赤牙”の旗艦レッドハウル号は、マストが折れ黒焦げの船体だけを海面に晒している。舵を失ったもう一隻は、岩礁に乗り上げ無様に傾いていた。海には多くの生存者が浮き沈みしている。彼らはもはや海賊ではなく、ただの遭難者だった。

「若様……本当に、やり遂げちまった」
ダリオが、震える声で舵輪を握りしめる。
船上の若者たちは、自分たちが成し遂げたことの重大さに、興奮と畏怖が入り混じった表情で立ち尽くしていた。

俺は、その熱狂から一歩引いた場所で冷静に指示を出す。
「ゲオルグさん、生存者の救助を。抵抗する者は容赦しない。武器は全て海へ。ダリオ殿は、乗り上げた船から積荷を回収できるか見極めてください。ボルガ氏への手土産と、皆の報酬は多い方がいい」

俺の言葉に、乗組員たちは即座に動き出した。彼らの動きには、もはや迷いも恐怖もない。俺の命令は、彼らにとって絶対の「正解」となっていた。
ゲオルグたちは小舟を出し、海に浮かぶ海賊たちを次々と拘束していく。その手際は、まるで手慣れた漁師が網を引き上げるようだった。

その一連の流れを、セラフィーナ・フォン・ルクスブルクは船尾楼から黙って見つめていた。彼女の隣で、護衛騎士アルフレッドが、己の剣が決して抜かれることのなかったこの戦いを、どう解釈すべきか苦悩している。

やがて、全ての作業が完了する頃、セラフィーナが俺の元へと降りてきた。彼女の顔には、もはや冷徹な仮面も、驚愕の表情もない。ただ、一つの知性が、別の未知の知性に対面した時のような、真剣な眼差しだけがあった。

「アークライト殿」
彼女は、乗馬服についた潮飛沫を拭うこともせず、言った。
「私の負けですわ。あなたの『計算』は、私の『論理』を、その常識ごと完全に凌駕しました」

「事実は、論理に勝る。ただそれだけのことです、監察官殿」
俺は、回収された海賊の財宝が詰まった箱を検めながら、淡々と答えた。
「この結果を、あなたはどう報告なさるおつもりか。それが、俺の次の関心事です」

「……報告書は、書き直さねばなりませんわね」
セラフィーナは、黒焦げになったレッドハウル号の残骸へと視線を移した。
「『アルトマール港は、閉鎖する価値すらない廃港にあらず』。そうではなく、『アルトマール港は、王国で最も重要な戦略拠点となり得る』と」

「賢明なご判断だ」
「ですが」
彼女は、俺の言葉を遮り、鋭い視線を俺に向けた。
「あなたは、あまりにも危険な力を見せつけた。この勝利は、噂となって瞬く間に王都を駆け巡るでしょう。父、ルクスブルク公爵も、これを黙って見過ごすとは思えませんわ。あなたは、海賊という狼を退治したが、それによって王都という名の虎を呼び寄せることになる」

「だからこそ、あなたの報告が重要になる」
俺は、初めて彼女に正面から向き合った。
「監察官殿。あなたは王国の利益を代表しているはずだ。この港の価値、そしてこの俺の力の価値を、どう報告なさるおつもりか。俺を、王国の『脅威』として報告しますか?それとも、王国に莫大な利益をもたらす『資産』として報告しますか?」

俺の問いは、事実上の取引だった。
セラフィーナは、俺の真意を正確に読み取った。彼女は、しばらくの間、俺の目をじっと見つめていたが、やがて、その唇に、この上なく美しい、しかし底冷えのする笑みを浮かべた。

「……アークライト殿。あなたと私は、どうやら似た者同士のようですわね。論理と、何よりも『利益』を重んじる」
彼女は、俺に一歩近づいた。
「良いでしょう。私は、あなたという『資産』に投資します。王都には、私が上手く報告いたしましょう。この港の重要性と、あなたの功績を、最大限に評価してね」

「感謝します」
「ただし」
彼女は、俺の胸元を指先で軽く突いた。
「投資には、見返り(リターン)が必要ですわ。私があなたを中央の虎から守る盾となる代わり、あなたは、私に、そしてルクスブルク家に、相応の利益をもたらし続けなくてはなりません。あなたが生み出す、その常識外れの『富』をね」

「もちろん。それが、俺の望むところです」
俺たちは、言葉ではなく、視線だけで契約を交わした。監視者と被監視者という関係は、ここで終わった。今、俺たちは、互いの利益のために結びついた「共犯者」となったのだ。

「ダリオ殿。港へ帰るぞ」
俺が号令を下す。海燕号は、その船首をアルトマールへと向けた。
船は、行きとは比べ物にならないほどの財宝と、海賊という名の捕虜を乗せている。そして、王国で最も強力な政治的パートナーという、目に見えない最大の戦利品も。

アルトマールの港には、ボルガからの連絡で、すでに出航の噂を聞きつけた町の人々が、不安げな顔で集まっていた。
彼らの視線の先、水平線に、あの白銀の帆が見えた時、港は静まり返った。
一隻。
二隻。
……いや、一隻だけだ。
海賊船団の姿はどこにもない。そして、海燕号は、傷一つなく、悠々と港へと滑り込んできた。

俺が、船首に立ち、無事を告げるために手を上げた、その瞬間。
港は、昨日を遥かに凌ぐ、地響きのような大歓声に包まれた。人々は泣き、叫び、互いに抱き合った。
彼らは、もはや俺をただの代官とは見ていない。
没落貴族の三男坊は、今日、このアルトマールの港の、真の『支配者』となったのだ。

俺は、その熱狂的な歓迎を受けながら、船を降りたセラフィーナと、静かに視線を交わした。
彼女は、小さく頷くと、騎士アルフレッドを伴い、足早に宿へと戻っていった。彼女の戦いは、これから始まるのだ。王都という名の、もう一つの戦場で。

俺の戦いもまた、ここから始まる。
港の再建、新たな航路の開拓、そして、俺の野望。
海燕号の航跡は、今、確実に、この世界の歴史を塗り替え始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

領民の幸福度がガチャポイント!? 借金まみれの辺境を立て直す【領地ガチャ】が最強すぎた!内政でUR「温泉郷」と「聖獣」を引き当てて…

namisan
ファンタジー
「役立たず」と中央から追放された没落貴族の俺、アルト・フォン・クライナー。継いだのは、借金まみれで作物も育たない見捨てられた辺境領地だけだった。 絶望する俺に発現したスキルは【領地ガチャ】。それは、領民の「幸福度」をポイントとして消費し、領地発展に必要なものを引き当てる唯一無二の能力だった。 「領民を幸せにすれば、領地も豊かになる!」 俺は領民と共に汗を流し、壊れた水路を直し、地道に幸福度を稼ぐ。 『N:ジャガイモの種』『R:土木技術書』 地味だが確実な「当たり」で、ほのぼのと領地を再建していく。 だが、ある日。溜め込んだ幸福度で引いたガチャが、俺の運命を激変させる。 『UR(ウルトラレア):万病に効く【奇跡の温泉郷】』 この「当たり」が、中央の腐敗した貴族たちの欲望を刺激した。 借金のカタに領地を狙う大商会の令嬢。 温泉利権を奪うため、父の命で派遣されてきた元婚約者の侯爵令嬢。 「領民の幸福(ガチャポイント)を脅かす者は、誰であっても許さない」 これは、ただ平穏に暮らしたかっただけの俺が、ガチャで得た力(と証拠とゴーレムと聖獣)を駆使し、ほのぼの領地を守り抜き、いつの間にか最強の領主として成り上がっていく物語。

魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します

burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。 その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚

熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。 しかし職業は最強!? 自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!? ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。

無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした

夏見ナイ
ファンタジー
ブラック企業SEの相馬海斗は、勇者として異世界に召喚された。だが、授かったのは地味な【システム解析】スキル。役立たずと罵られ、無一文でパーティーから追放されてしまう。 死の淵で覚醒したその能力は、世界の法則(システム)の欠陥(バグ)を読み解き、修正(デバッグ)できる唯一無二の神技だった! 呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。 「もう手遅れだ」 これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!

元チート大賢者の転生幼女物語

こずえ
ファンタジー
(※不定期更新なので、毎回忘れた頃に更新すると思います。) とある孤児院で私は暮らしていた。 ある日、いつものように孤児院の畑に水を撒き、孤児院の中で掃除をしていた。 そして、そんないつも通りの日々を過ごすはずだった私は目が覚めると前世の記憶を思い出していた。 「あれ?私って…」 そんな前世で最強だった小さな少女の気ままな冒険のお話である。

処理中です...