没落貴族は最果ての港で夢を見る〜政敵の公爵令嬢と手を組み、忘れられた航路を拓いて帝国の海を制覇する〜

namisan

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第1章

第17話:首輪と盾

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アルトマール港の熱狂は、夜が明けても続いていた。
“赤牙”海賊団の壊滅。それは王国海軍ですら成し得なかった快挙だ。それを、自分たちの港の、たった一隻の船がやってのけた。人々は俺を英雄と呼び、あるいは海の神の再来とまで噂した。

だが俺は、その熱狂には加わらない。
代官府の執務室で、俺は冷徹に戦後処理を開始していた。目の前には、海賊船から回収した財宝の山と、拘束された海賊の首領ザラードが引き据えられている。

「……何の真似だ、小僧。俺を殺すんだろう。さっさとやれ」
ザラードは、敗北を認めつつも、その瞳から凶暴な光を消してはいなかった。
「殺す?とんでもない。あなたには、まだ利用価値がある」
俺は、財宝の目録を検めながら冷ややかに言った。
「ザラード。あなたとあなたの部下たちには、労働力になってもらう。この港の防波堤の修復、倉庫の再建、そして浚渫作業。死ぬまでここで働け。それが、あなた方が生きることを許される、唯一の条件だ」

「……悪魔め」
「光栄だ。連れて行け」
衛兵となった港の若者たちが、ザラードを引きずっていく。俺はすぐに次の段階へ移った。ボルガ、ゲオルグ、ダリオ、そしてマーサ。今回の作戦の功労者たちを執務室に招集する。

「皆の尽力に感謝する。これは、海賊から得た財宝だ。まず、船の修理と改造に協力してくれたゲオルグ殿とマーサ殿に、約束の報酬を」
俺は、彼らが提示した額の、倍以上の金貨が詰まった袋を差し出した。二人は、その額に目を見張る。
「若様……こんなには」
「正当な対価だ。今後も、あなた方の技術が必要になる」

次に、ボルガ氏と、命を懸けて船に乗ったダリオや若者たちに、莫大な報奨金を分配した。彼らは、震える手でそれを受け取った。金だけではない。俺は、この港の真の支配者として、彼らの信頼を金で買い、そして確固たるものにしたのだ。

「さて、皆には次の仕事に移ってもらう」
俺がそう切り出した、その時だった。
扉がノックされ、セラフィーナ・フォン・ルクスブルクが入室してきた。彼女はすでに、いつもの完璧な貴族令嬢の姿に戻っていた。その手には、封蝋が施される一歩手前の羊皮紙の巻物が握られている。

「……皆様、お揃いですわね。ちょうどよろしい」
彼女は、ボルガたちに軽く一瞥をくれると俺の机の前に立った。
「王都への第一報です。あなたが目を通すべきかと思いまして」

彼女が差し出した報告書を俺は受け取り広げた。
そこには、流麗な文字で、今回の事件の概要が記されていた。俺の指揮のもと、アルトマールの民が団結し、革新的な船を用いて、凶悪な海賊団を見事に討伐したこと。その功績の全てが、俺とこの港の能力の高さを示すものとして最大限に称賛されていた。

だが、文章はこう締めくくられている。
『……このアルトマール港とミナト・アークライト殿の力は、計り知れない可能性を秘めている。だが、それは同時に諸刃の剣でもある。この力を正しく王国に益するものとするため、中央政府による早急かつ手厚い『管理』と『支援』を監察官として強く進言する』

「……『管理』と『支援』ですか」
俺は、報告書から顔を上げ、彼女の真意を探るように見つめた。
「ええ」
セラフィーナは、優雅に微笑んだ。「この報告を受ければ、王都の貴族たちは二つの反応を示すでしょう。一つは、この力を恐れ、あなたを潰そうとする者たち。もう一つは、この力を利用し、自分の派閥に取り込もうとする者たち」

「どちらに転んでも俺には厄介な未来しか見えませんね」
「いいえ。ですから、私が先手を打ちます」
彼女は、もう一枚の別の羊皮紙を俺の前に置いた。
「これは、私から父、ルクスブルク公爵への私信、そして公爵家から王家への正式な提言の草案です。『アルトマール港湾復興特区』の設立。これを認めさせます」

特区。その言葉にボルガたちが息を呑んだ。
「この港を、王家の直轄、ただし、その運営の一切をルクスブルク家の監督のもと、あなた、ミナト・アークライトに委任するというものです。中央からの無用な干渉は、公爵家の名において私が全て排除いたします。あなたは、この港であなたの望む通りに腕を振るうことができる」

それは、あまりにも魅力的で、同時に、あまりにも危険な提案だった。
ゲオルグが唸るように言った。
「……そりゃ、聞こえはいい。だが、要するに若様はルクスブルク家の『犬』になれ、ってことじゃねえか」
「ゲオルグさん!」
ダリオが慌てて制止する。

だが、セラフィーナは、その無礼な言葉にも全く表情を変えなかった。
「犬、ですって?いいえ、違いますわ。これは『首輪』よ」
彼女は、俺の目を真っ直ぐに見据えた。「優秀で、力が強すぎる獣には、それ相応の首輪が必要でしょう?ですが、この首輪は、あなたを縛るためだけのものではありません。あなたが、ルクスブルク家という飼い主の管理下にあることを示す、最強の『盾』にもなるのです。他の貴族たちが、あなたに手出しできなくなるためのね」

見事な比喩だった。彼女は、俺を飼い慣らすと同時に守ると言っているのだ。
俺はしばし黙考した。今の俺には、力も、実績も、そして何より後ろ盾もない。この提案は俺の野望を実現するための最短で唯一の道かもしれなかった。

俺は笑みを浮かべた。
「……結構です。その『首輪』、謹んでお受けいたしましょう。監察官殿。いや……『パートナー』殿」

俺の返答にセラフィーナは、初めて心の底から満足したような、美しい笑みを浮かべた。
「話が早くて助かりますわ。では、契約成立です。私の報告書は、今すぐ王都へ発たせます。決定が下るまで、せいぜい、次の『利益』を生み出す準備をしておいてくださいまし」

彼女が部屋を去ると、ボルガたちが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「若様、本当に良かったのですか。ルクスブルク家といえば、アークライト家の……」
「過去は過去です」
俺は、彼らの不安を打ち切った。「俺たちが見るべきは、未来だけだ。ゲオルグさん」
「……おう」
「海燕号の設計図を基に、新しい船を造る準備を。今度は、輸送に特化した大型船と、海戦に特化した小型高速船。二種類だ」
「なっ!量産するってのか!?」
「ダリオ殿。オーベルへの定期航路を確立する。あなたが、その船団長だ」
「わ、わしが!?」
「ボルガ氏。あなたは、この港に集まる全ての富を管理する商工ギルドを設立してください」

俺は立ち上がった。窓の外には、海賊という名の新たな労働力を使い、活気を取り戻し始めた港が広がっている。
「セラフィーナ殿の報告が王都に届き、次の命令が来る頃には……このアルトマール港を誰もが無視できない、全く新しい拠点へと生まれ変わらせる。やることは、山積みですよ」

俺の言葉には、もはや没落貴族の諦観など微塵もなかった。
それは、自らの野望に向かって突き進む、支配者の声だった。
俺とセラフィーナ。二人のプレイヤーによる壮大なゲームの駒が、今、確かに動き始めた。
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