没落貴族は最果ての港で夢を見る〜政敵の公爵令嬢と手を組み、忘れられた航路を拓いて帝国の海を制覇する〜

namisan

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第1章

第16話:凱旋と新たな取引

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戦闘海域に、奇妙な静けさが戻った。
“赤牙”の旗艦レッドハウル号は、マストが折れ黒焦げの船体だけを海面に晒している。舵を失ったもう一隻は、岩礁に乗り上げ無様に傾いていた。海には多くの生存者が浮き沈みしている。彼らはもはや海賊ではなく、ただの遭難者だった。

「若様……本当に、やり遂げちまった」
ダリオが、震える声で舵輪を握りしめる。
船上の若者たちは、自分たちが成し遂げたことの重大さに、興奮と畏怖が入り混じった表情で立ち尽くしていた。

俺は、その熱狂から一歩引いた場所で冷静に指示を出す。
「ゲオルグさん、生存者の救助を。抵抗する者は容赦しない。武器は全て海へ。ダリオ殿は、乗り上げた船から積荷を回収できるか見極めてください。ボルガ氏への手土産と、皆の報酬は多い方がいい」

俺の言葉に、乗組員たちは即座に動き出した。彼らの動きには、もはや迷いも恐怖もない。俺の命令は、彼らにとって絶対の「正解」となっていた。
ゲオルグたちは小舟を出し、海に浮かぶ海賊たちを次々と拘束していく。その手際は、まるで手慣れた漁師が網を引き上げるようだった。

その一連の流れを、セラフィーナ・フォン・ルクスブルクは船尾楼から黙って見つめていた。彼女の隣で、護衛騎士アルフレッドが、己の剣が決して抜かれることのなかったこの戦いを、どう解釈すべきか苦悩している。

やがて、全ての作業が完了する頃、セラフィーナが俺の元へと降りてきた。彼女の顔には、もはや冷徹な仮面も、驚愕の表情もない。ただ、一つの知性が、別の未知の知性に対面した時のような、真剣な眼差しだけがあった。

「アークライト殿」
彼女は、乗馬服についた潮飛沫を拭うこともせず、言った。
「私の負けですわ。あなたの『計算』は、私の『論理』を、その常識ごと完全に凌駕しました」

「事実は、論理に勝る。ただそれだけのことです、監察官殿」
俺は、回収された海賊の財宝が詰まった箱を検めながら、淡々と答えた。
「この結果を、あなたはどう報告なさるおつもりか。それが、俺の次の関心事です」

「……報告書は、書き直さねばなりませんわね」
セラフィーナは、黒焦げになったレッドハウル号の残骸へと視線を移した。
「『アルトマール港は、閉鎖する価値すらない廃港にあらず』。そうではなく、『アルトマール港は、王国で最も重要な戦略拠点となり得る』と」

「賢明なご判断だ」
「ですが」
彼女は、俺の言葉を遮り、鋭い視線を俺に向けた。
「あなたは、あまりにも危険な力を見せつけた。この勝利は、噂となって瞬く間に王都を駆け巡るでしょう。父、ルクスブルク公爵も、これを黙って見過ごすとは思えませんわ。あなたは、海賊という狼を退治したが、それによって王都という名の虎を呼び寄せることになる」

「だからこそ、あなたの報告が重要になる」
俺は、初めて彼女に正面から向き合った。
「監察官殿。あなたは王国の利益を代表しているはずだ。この港の価値、そしてこの俺の力の価値を、どう報告なさるおつもりか。俺を、王国の『脅威』として報告しますか?それとも、王国に莫大な利益をもたらす『資産』として報告しますか?」

俺の問いは、事実上の取引だった。
セラフィーナは、俺の真意を正確に読み取った。彼女は、しばらくの間、俺の目をじっと見つめていたが、やがて、その唇に、この上なく美しい、しかし底冷えのする笑みを浮かべた。

「……アークライト殿。あなたと私は、どうやら似た者同士のようですわね。論理と、何よりも『利益』を重んじる」
彼女は、俺に一歩近づいた。
「良いでしょう。私は、あなたという『資産』に投資します。王都には、私が上手く報告いたしましょう。この港の重要性と、あなたの功績を、最大限に評価してね」

「感謝します」
「ただし」
彼女は、俺の胸元を指先で軽く突いた。
「投資には、見返り(リターン)が必要ですわ。私があなたを中央の虎から守る盾となる代わり、あなたは、私に、そしてルクスブルク家に、相応の利益をもたらし続けなくてはなりません。あなたが生み出す、その常識外れの『富』をね」

「もちろん。それが、俺の望むところです」
俺たちは、言葉ではなく、視線だけで契約を交わした。監視者と被監視者という関係は、ここで終わった。今、俺たちは、互いの利益のために結びついた「共犯者」となったのだ。

「ダリオ殿。港へ帰るぞ」
俺が号令を下す。海燕号は、その船首をアルトマールへと向けた。
船は、行きとは比べ物にならないほどの財宝と、海賊という名の捕虜を乗せている。そして、王国で最も強力な政治的パートナーという、目に見えない最大の戦利品も。

アルトマールの港には、ボルガからの連絡で、すでに出航の噂を聞きつけた町の人々が、不安げな顔で集まっていた。
彼らの視線の先、水平線に、あの白銀の帆が見えた時、港は静まり返った。
一隻。
二隻。
……いや、一隻だけだ。
海賊船団の姿はどこにもない。そして、海燕号は、傷一つなく、悠々と港へと滑り込んできた。

俺が、船首に立ち、無事を告げるために手を上げた、その瞬間。
港は、昨日を遥かに凌ぐ、地響きのような大歓声に包まれた。人々は泣き、叫び、互いに抱き合った。
彼らは、もはや俺をただの代官とは見ていない。
没落貴族の三男坊は、今日、このアルトマールの港の、真の『支配者』となったのだ。

俺は、その熱狂的な歓迎を受けながら、船を降りたセラフィーナと、静かに視線を交わした。
彼女は、小さく頷くと、騎士アルフレッドを伴い、足早に宿へと戻っていった。彼女の戦いは、これから始まるのだ。王都という名の、もう一つの戦場で。

俺の戦いもまた、ここから始まる。
港の再建、新たな航路の開拓、そして、俺の野望。
海燕号の航跡は、今、確実に、この世界の歴史を塗り替え始めていた。
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