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しおりを挟む「一希、俺今日遅くなるし」
「飲み会?」
「そー。なんかさ、教授が推薦の話進めてくれてて、企業の人と会うことになった」
「へぇ、先は明るそうだね」
「そうなることを願うわ。……これからも一希の味噌汁毎朝食べたいし?」
朝食の卵焼きを箸で切り分けながら、そっけない口調で省吾が爆弾を落とした。
お味噌汁って……プロポーズの常套句だよね……。
「待って、このタイミングで……!?」
プロポーズってもっとこう、ホテルでフルコース食べながら、婚約指輪の箱をぱっかーんってやるんじゃ……。それが食卓を囲むいつもと変わらない朝にされるとは。省吾らしいと言えば省吾らしいんだけど。
「んー、院卒業するまで半年、一希のこと誰かに取られんの嫌だし、先に唾つけときたいっていうか」
そう言って卵焼きを口に放り込んだ省吾の頬は少し赤みがさしていた。言い方はアレだけど、これは多分照れ隠しであって、こっちまで恥ずかしくなってしまう。
「……俺、院行ってるとはいえ、今完全にヒモだろ」
「ヒモって、省吾バイトしてちゃんと生活費入れてくれてるでしょ」
「だからってこの状態、俺のプライドが許さんわけよ」
「そうなの?」
「そーなの。会社の上司とかかっこいい人がいて、一希が大人の色気にころっと転がるかもしれないだろ。気が気じゃないんだよ」
「……えー、そんなこと心配してたの?」
「そー。してたの」
なんとなく気恥ずかしくて、そこからご飯を食べ終わるまで無言のまま過ごした。そのよくわからない空気が漂うことに我慢ならなかったのか、先に口を開いたのは省吾だった。
「……そのさ、就職決まったらちゃんとするから、心の準備しといて?」
食器洗いのスポンジに洗剤をつけてワシワシと泡立てながら、ちらりと僕の顔を窺うように見た。
改まって言われると、めちゃくちゃ照れる。でも嬉しくないはずかない。
「うん。しとく」
僕の顔も多分真っ赤になってると思う。省吾が僕の返事に目を細める。その眼差しが優しくて直視できず、視線を流し台に落とした。
省吾はダイナミクスをもたないUsual。彼と出会ったのは二年前。大学三回生の時の実習の時間だった。
ペアを組むのに苗字が『渡里』の僕が余りの一人だったため、助手として来ていた四回生の省吾と組むことになったのだ。それから意気投合して、付き合い始めたのはすぐのこと。
Domによる洗礼を受けた後、ダイナミクス恐怖症というと大げさかもしれないけれど、僕は自分のダイナミクスを受け入れられずにUsualとして生きていた。だから、省吾と一緒に過ごすことはごく自然な成り行きだった。
口ではちょくちょく意地悪なことを言うけれど、省吾はとにかく優しい。まず僕のことを一番に考えてくれる。これ以上の人はいないんじゃないかって思えるぐらいに素敵な人なんだ。本当に僕にはもったいないぐらいに。
もったいないと言いつつつ僕も省吾のことが大好きだから、誰にも渡すつもりはないけど。
玄関で靴を履いて外に出れば、省吾がドアを閉めて鍵をかけた。
家を出る時は一緒。反対方面のため、省吾とは駅で別れることになる。
特に代わり映えのない車窓の景色を眺めつつ、電車に揺られること三十分。最寄り駅に着けば、会社の広大な敷地は目と鼻の先にある。
国内の誰もが知る有数の化学系大手企業の一般職として就職できたのはとても運が良かった。ちょうど売り手市場の年ですんなりと決まった時は驚きはしたけれど、省吾と同棲を考えたのはそのことが大きな決め手でもあった。もちろん省吾を確保するという点で。
だから、同棲を切り出したのは僕からだった。
性別やダイナミクスに左右されることなく結婚できる世の中。両想いでここまで来たんだから、将来のことだって視野に入れるのも当然のこと。
ただ問題が一点。
SubはDomを本能で求めてしまうため、やはりパートナーというものは必要で、パートナーを作りたくないと言うなら抑制剤を頼ることになる。僕も定期的に服用している一人だった。
幸いそれほど欲求が強い体質ではなかったため、一月に一回程度の服用で済んでいる。このぐらいのスパンだと体への負担も少なく、それが救いでもあった。
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