好きなだけじゃどうにもならないこともある。(譲れないのだからどうにかする)

かんだ

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20.幕閉じ

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「殿下、そんな、本当に?」
「あぁ、本当だ」
「死ぬ、と? 妃殿下以外と、体を重ねたら?」
「そうだ」
「は、……はは」
 祭事部門長は「何故」と弱々しく繰り返した。その常にない様子に、周りは訝しむように伺っている。
「ちょっと! どういうことですか!?」
 その中で、大声で祭事部門長に詰め寄ったのは女だった。崩れ落ちるその体に駆け寄り、怒号を向ける。
「こんなこと聞いていません! 殿下の子どもが作れると言ったではないですか!!」
 その一言に、皇帝含む察しの良い周りの人間は各自で答えを導き出していた。反応は信じられないと疑う者と、後継のためだけにと呆れる者に分かれているようだ。皇帝は前者に見える。
「私は! どうなるのですか!!」
「……黙れ。もう、貴女に用はない」
「ふざけないで! 私は側妃になるのよ! 殿下の子を産むの! そう約束したじゃない! 上手くいくって!」
「煩い! 殿下が死ぬのなら話は変わる!!」
 大声を上げる祭事部門長は初めて見る。
「殿下は女神様の生まれ変わりなんだ! 黒髪に赤い瞳の美しさ! 絶対的な魔力量! 記された通りだ! 女神様の生まれ変わりがいてこそ! この帝国はより繁栄出来る! 殿下が後継を作ることは絶対だ!」
 その言い分は特に要領を得ているようではなかった。思ったことを次々に口にしているだけで一貫性はない。
「女神様の生まれ変わりが子を成さないなんて女神様ではない!」
「それが、僕を種馬扱いする理由か?」
「種馬扱いだなんて! ただ! 私は女神様の生まれ変わりに忠誠を誓っているだけです!」
 祭事部門長は指を組んで、祈りを捧げる仕草をする。視界の端では皇帝が呆れたように目頭を揉んでいた。
「女神様は愛そのものです。愛の結晶を作ることは当たり前のことです。女神様が血筋を残すことは帝国民全員が望むことです」
 身勝手な上、酷い妄想話で呆れる。
 確かに建国神話に出てくる女神様は黒髪に赤い瞳を持ち見惚れるほどの美しさと記されており、この国においてその色合いを持つ人間は自分しかいないと言われている。故に多くの人の間で女神様の生まれ変わりではないかと言われてきたし、信仰心の強い人は特にそう信じる者が多かった。
 だが、それは事実ではないし、例え生まれ変わりだったとしても証明は出来ない。当たり前だが生まれ変わりだという意識もなく、単純に似た姿で生まれた偶然だとしか思っていない。
 他人がどう思おうが自由だが、身勝手な思想を押し付けられては堪らない。
「なのに、どうして……っどうして!? 嘘だと言ってください! お願いです! 貴方様の血筋を残せないなんて! あり得ない! どうか!」
「本当に僕を女神様の生まれ変わりだと信じているのか? そんな妄想で、皇族を謀り、誘拐した?」
「妄想ではありません!」
 力強いその自信を一蹴する。
「なら、生まれ変わりとして言おう」
 低く、威圧的に、最大級の侮蔑を込めた声で、メリルは部門長へと告げた。
「烏滸がましいにも程がある。僕からの寵愛を持たない人間が、僕と同じ空気を吸って、僕の視界に入って、僕に話し掛けること自体重罪だ。僕の最愛と同じ種族であるだけで辛うじて生きることのみ許された人間が、『僕』を思考するな」
「――っあ、あぁ、め、めがみ、さまっ」
「お前は今をもって、帝国民としての資格を剥奪する」
 民としての権利を剥奪する法律はない。冷静さを少しでも持っていれば、メリルの言葉が全て戯言に近いものだと思えたはずだ。なのに、部門長は魂が抜けたように呆然とした。死刑宣告された時よりも絶望しているのは、それほど女神様の生まれ変わりと信じている自分の言葉が重いのだろう。
「陛下、この者の処分をお願いします」
「……良いのか?」
 皇帝が間を置いて確認する意図は、大切なミラヴェルを危険に晒したことや種馬扱いされたことに対し、自らの手で片をつけなくて良いのか、その辺りだろう。
「えぇ、法に則った罰を与えてください。偏執的な思想しか持ち合わせられない者と、これ以上関わるつもりはありません。僕はミラヴェルの元に行きます」
「っそうだ、ミラヴェルは?」
「ご安心を。すでに僕の部下が居場所を突き止め、保護しています。もうじき到着するでしょう」
 先程部下の一人からミラヴェルを保護したと連絡を受けた。
「いつの間に? いや、だが、そこにはまだミラヴェルの姿が」
 皇帝が指したのは鏡の中だ。まだそこには水に浸かるミラヴェルがいる。
「あれは新たに魔法を掛けたんです。鏡に映し出されていた景色をそのまま貼り付けたようなイメージですね。首謀者はここにいると分かっていたので、助けたことがバレないように」
 鏡にキスをした時、手のひらに魔法で書いた指示事項をミラヴェルに見せ、鏡に魔法を掛けた。音声はそのまま通じていたが、鏡に映っていた様子は魔法で貼り付けたものだ。よく見れば鏡の中に動きがないことが分かるだろう。
 次は動きのある画を映せるために、式の構築を研究しようと思った。
「そうだったのか。やはり、お前は魔法使いとしても類を見ない天才だな。魔法を使う形跡も見せないとは」
 天才――メリルは何度言われたか分からないその賞賛を素直に受け入れ、笑みを返す。
 素質もあるだろうが、今の自分は確実に死ぬほどしている努力の結果だ。たかだか天才という一言で片付けられるものではない。まぁ、それをいちいち訂正するつもりはないが。
「ありがとうございます。あぁそうだ、あとその女は牢に。ハイノ、さっき言ったことは冗談だから忘れてくれ」
 メリルは言いたいことを言って会議室を後にする。向かう先は皇太子宮だ。首謀者を明らかにした今、正直もう関心はない。
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