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1、聖なる婚姻
ダルバンダル
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帝都近郊の太陽神殿にある転移門は、最大で二百人の人員を転移可能だが、そのためには相当に安定した魔力を必要とする。転移途中で万一にも魔力切れを起こすと悲惨なことになるので、安全のために三回に分け、ダルバンダル近郊の太陽神殿内の転移門に転移を完了した。
結局、この転移に丸一日を費やした。運悪くと言うべきか、その日は夏至大祭の前日に当たっていた。たまたま帝都からやってきた皇子一行を、ダルバンダルの太陽神殿の神官が祭礼の日に解放してくれるはずはなく、太陽神殿で二泊させられ、西方大都督府が置かれたダルバンダルの街に着いたのは、帝都を出て六日後となる。恭親王は西方大都督である戦友ダヤン皇子の居宮である、詒郡王府に入り、ようやくほっとした。
通常ならば、帝国の整備された駅逓制度を利用しても一か月以上かかる旅程が、転移門を利用したことで六日に短縮された。ただし、無駄に待ち時間が多く、異空間を経由して目的地に送り出されるため、転移後しばらくは魔力酔いや異界酔いに悩まされる者もいる。魔力を持つ者はまだマシで、魔力を持たぬものは大変な頭痛と吐き気に襲われる。転移直後、屈強な騎士たちがのたうち回ってげえげえやっている光景ははっきり言って見たくない。ちなみに、馬は暴れないように目隠しの上、特別な囲いに入れて一気に転移させる。これまた結構な手間なのだ。一か月、馬で走り続けた方がマシなのではないかと思う。ダルバンダルの街に着き、戦友の城で歓待を受けて、ようやく人心地つく。
夜、一風呂浴びて露台で涼みながら酒を酌み交わすと、吹き抜ける風が恭親王の艶のある黒髪を弄ぶ。乾燥した空気が西方独特の香辛料の香りを運んできた。
詒郡王ダヤンは昨年、急逝した父親に代わって西方大都督の職と詒郡王の爵位を襲いだが、それ以前は帝都の別邸で遊蕩三昧だった。恭親王のいわゆる「悪い遊び仲間」というやつである。グイン、ダヤン、そしてユエリンの三皇子は、帝都では「三悪王」などと呼ばれ、暇と富と権力を振りかざして、散々「悪い遊び」をやり尽くした。古い遊びに飽きると、また新しい遊びを思いつくのは、いつもダヤンだった。
西方特産の冷えた白葡萄酒を呑みながら、詒郡王が笑う。
「グインも連れて来ればよかったのに」
「あいつにもそれなりに仕事はあるんだよ。……どうせそのうち招集することになるさ。しばらく待て」
「やっぱり西とおっぱじめるのか。そろそろじゃないかとは思っていた」
恭親王は白葡萄酒で形のよい唇を湿しながら、男が見てもほれぼれするような美貌に影を滲ませる。
「戦争は避けられないかもしれんな。だが、私自身、状況がわかっていない。西の王女と結婚して、イフリート公爵を排除し、王女を女王に即位させろ、場合によっては戦争してもかまわん、と指示されただけだ」
「それは指示とは言わん」
詒郡王は恭親王のために、女王国の現状を説明する。
女王国には現状、二人の王女しか王位継承者がいない。十年前、前々女王アライアの死後、その娘のアルベラ姫の即位を〈禁苑〉が拒否した。
「……アルベラ姫には、〈王気〉がないからか……」
「そう。で、その時はイフリート公も引いて、アライア女王の妹のユウラ女王が即位した」
恭親王の問いに、詒郡王が頷く。
「が、二年前、ユウラ女王も崩御した。前回はアルベラ姫自身も幼かったけれど、今はもう成人している。結局、ユウラ女王の治世も、実権はイフリート家にあった。〈禁苑〉は今回もアルベラ姫の即位は拒否し、ユウラ女王の娘アデライード姫の即位を要求したが、アデライード姫は十年前から聖地の修道院にいて、西の国に入国さえできない」
恭親王が眉を顰める。
「入国すらできないのを女王にするのか。……後押しは〈禁苑〉だけ?」
「修道院に実質、軟禁状態と言われている。……入国したらイフリート派に殺されることを恐れ、ユウラ女王の葬儀にすら出席していないらしい。普通に考えて、アデライード姫の即位なんて、無理筋だ」
「……なるほど、それで〈聖婚〉か」
恭親王はひとりごちる。〈禁苑〉は世俗化の一途をたどる、王都ナキアのイフリート政権を排除したい。イフリート公爵の権力を削ぎ、〈禁苑〉で育てたアデライード姫を即位させたい。そのために東の帝国の力を借り、〈聖婚〉の名も利用する。
〈聖婚〉の皇子はソリスティア総督として、十万の兵を擁し、〈禁苑〉の守護者を名乗る。
その武力でもって、ナキアのイフリート政権に圧力をかける――。
何とも言えない不快感で、恭親王は無意識に胃の腑を押さえた。
〈禁苑〉に忠実なアデライード女王を生み出すために、聖なる婚姻の名目で王女を帝国の皇子に売り渡し、ソリスティア総督として、イフリート公爵以下の西の諸侯と対峙させる。軍事力で王都ナキアを落とし、アデライード姫が即位した暁には、帝国の皇子が女王の夫として執政長官となって実権を掌握する。女王国は東の帝国の、傀儡国家に仕立て上げられるわけだ。
「虫唾が走る」
端正な顔に苦い苛立ちを覗かせて、恭親王は冷えた葡萄酒を呷る。
「西の国のことなど、放っておけばいいのに」
詒郡王がやや薄い茶色の髪を掻き上げながら笑う。
「そういう訳にもいかん。奴らにあまり好き勝手させると、この辺りの西方人種が暴れ出すからな」
結局、この転移に丸一日を費やした。運悪くと言うべきか、その日は夏至大祭の前日に当たっていた。たまたま帝都からやってきた皇子一行を、ダルバンダルの太陽神殿の神官が祭礼の日に解放してくれるはずはなく、太陽神殿で二泊させられ、西方大都督府が置かれたダルバンダルの街に着いたのは、帝都を出て六日後となる。恭親王は西方大都督である戦友ダヤン皇子の居宮である、詒郡王府に入り、ようやくほっとした。
通常ならば、帝国の整備された駅逓制度を利用しても一か月以上かかる旅程が、転移門を利用したことで六日に短縮された。ただし、無駄に待ち時間が多く、異空間を経由して目的地に送り出されるため、転移後しばらくは魔力酔いや異界酔いに悩まされる者もいる。魔力を持つ者はまだマシで、魔力を持たぬものは大変な頭痛と吐き気に襲われる。転移直後、屈強な騎士たちがのたうち回ってげえげえやっている光景ははっきり言って見たくない。ちなみに、馬は暴れないように目隠しの上、特別な囲いに入れて一気に転移させる。これまた結構な手間なのだ。一か月、馬で走り続けた方がマシなのではないかと思う。ダルバンダルの街に着き、戦友の城で歓待を受けて、ようやく人心地つく。
夜、一風呂浴びて露台で涼みながら酒を酌み交わすと、吹き抜ける風が恭親王の艶のある黒髪を弄ぶ。乾燥した空気が西方独特の香辛料の香りを運んできた。
詒郡王ダヤンは昨年、急逝した父親に代わって西方大都督の職と詒郡王の爵位を襲いだが、それ以前は帝都の別邸で遊蕩三昧だった。恭親王のいわゆる「悪い遊び仲間」というやつである。グイン、ダヤン、そしてユエリンの三皇子は、帝都では「三悪王」などと呼ばれ、暇と富と権力を振りかざして、散々「悪い遊び」をやり尽くした。古い遊びに飽きると、また新しい遊びを思いつくのは、いつもダヤンだった。
西方特産の冷えた白葡萄酒を呑みながら、詒郡王が笑う。
「グインも連れて来ればよかったのに」
「あいつにもそれなりに仕事はあるんだよ。……どうせそのうち招集することになるさ。しばらく待て」
「やっぱり西とおっぱじめるのか。そろそろじゃないかとは思っていた」
恭親王は白葡萄酒で形のよい唇を湿しながら、男が見てもほれぼれするような美貌に影を滲ませる。
「戦争は避けられないかもしれんな。だが、私自身、状況がわかっていない。西の王女と結婚して、イフリート公爵を排除し、王女を女王に即位させろ、場合によっては戦争してもかまわん、と指示されただけだ」
「それは指示とは言わん」
詒郡王は恭親王のために、女王国の現状を説明する。
女王国には現状、二人の王女しか王位継承者がいない。十年前、前々女王アライアの死後、その娘のアルベラ姫の即位を〈禁苑〉が拒否した。
「……アルベラ姫には、〈王気〉がないからか……」
「そう。で、その時はイフリート公も引いて、アライア女王の妹のユウラ女王が即位した」
恭親王の問いに、詒郡王が頷く。
「が、二年前、ユウラ女王も崩御した。前回はアルベラ姫自身も幼かったけれど、今はもう成人している。結局、ユウラ女王の治世も、実権はイフリート家にあった。〈禁苑〉は今回もアルベラ姫の即位は拒否し、ユウラ女王の娘アデライード姫の即位を要求したが、アデライード姫は十年前から聖地の修道院にいて、西の国に入国さえできない」
恭親王が眉を顰める。
「入国すらできないのを女王にするのか。……後押しは〈禁苑〉だけ?」
「修道院に実質、軟禁状態と言われている。……入国したらイフリート派に殺されることを恐れ、ユウラ女王の葬儀にすら出席していないらしい。普通に考えて、アデライード姫の即位なんて、無理筋だ」
「……なるほど、それで〈聖婚〉か」
恭親王はひとりごちる。〈禁苑〉は世俗化の一途をたどる、王都ナキアのイフリート政権を排除したい。イフリート公爵の権力を削ぎ、〈禁苑〉で育てたアデライード姫を即位させたい。そのために東の帝国の力を借り、〈聖婚〉の名も利用する。
〈聖婚〉の皇子はソリスティア総督として、十万の兵を擁し、〈禁苑〉の守護者を名乗る。
その武力でもって、ナキアのイフリート政権に圧力をかける――。
何とも言えない不快感で、恭親王は無意識に胃の腑を押さえた。
〈禁苑〉に忠実なアデライード女王を生み出すために、聖なる婚姻の名目で王女を帝国の皇子に売り渡し、ソリスティア総督として、イフリート公爵以下の西の諸侯と対峙させる。軍事力で王都ナキアを落とし、アデライード姫が即位した暁には、帝国の皇子が女王の夫として執政長官となって実権を掌握する。女王国は東の帝国の、傀儡国家に仕立て上げられるわけだ。
「虫唾が走る」
端正な顔に苦い苛立ちを覗かせて、恭親王は冷えた葡萄酒を呷る。
「西の国のことなど、放っておけばいいのに」
詒郡王がやや薄い茶色の髪を掻き上げながら笑う。
「そういう訳にもいかん。奴らにあまり好き勝手させると、この辺りの西方人種が暴れ出すからな」
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