【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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1、聖なる婚姻

悪い噂

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 詒郡王いぐんのうは、特に王都ナキア近辺で最近顕著になってきた、〈禁苑〉排除の思想的傾向について説明した。西ではもともと聖俗差別化の思想が強い。それがイフリート公爵の後押しを受け、さらに過激化して王権の世俗化の方向に進んでいるという。

 東西二つの皇王家の権威は、〈禁苑〉と強い相互依存関係にある。東の皇帝は世界の陽を体現し、太陽宮がその権威を保証する。西の女王は世界の陰を体現し、太陰宮がその権威を保証する。二つの皇王家の交合は陰陽宮が司り、〈聖婚〉そのものが〈禁苑〉の教義を体現する。西の王権を〈禁苑〉の権威から切り離して世俗化すれば、それは西の女王国だけでなく、東の帝国の権威にも影響を及ぼすことになる。
 〈禁苑〉がイフリート公爵の影響の排除に動き、それを東の皇帝が幇助するのは、当然と言えば当然なのである。

 恭親王は露台バルコニーを渡る風が運んでくる、西方風の音楽に耳を傾ける。北方の砦で半年、南方で一年、異民族討伐のために滞在したが、西方は初めてだ。もし女王の夫となれば、さらに西へ向かうことになる。
 その後の殺伐した人生を思うと、思わずため息がこぼれる。

 恭親王を、戦友にして悪友が慰めた。

「マリッジブルーになる気持ちもわかるが、ユエリン、どこに住んでもすることは同じだ。戦争して、人殺しして、酒を飲んで、女を抱いて……。こっちには美味い酒と食い物と、金の髪の美女がある。開き直って楽しんだらいい」
「私が皇族にあるまじき貧乏舌の持ち主であると知っているくせに、食べ物で釣るか」

 恭親王の胡散臭そうな顔に、詒郡王が爆笑した。顔も能力も非のうちどころがない恭親王の、唯一の弱点が妙に庶民的な食事の好みであった。多少腐った物を食べても何ともないのに、脂身たっぷりの肉を食べるとてきめんに胃にくる。

「ソリスティアの一番の売りは新鮮な魚介類だ。海沿いの街では生魚の刺身、ウニの塩漬けが美味い。今度俺もソリスティアに行くから、たらふく食わせてくれ。あと、西方から入って来る、チョウザメの卵。これは珍味だぞ。酒は、隣のレイノークス辺境伯領で、銘品の葡萄酒ができる。特に発泡している葡萄酒が俺は好きだな。あと蜂蜜酒と、南のサトウキビを使った蒸留酒は美味い」
「生魚――。それは……食って大丈夫なのか?」
「南方の激辛料理も平気だったおぬしが言うな。ただし新鮮なものに限るぞ」

 ソリスティアは諸国の物産が集まる、美食の街だ。

「しかし、皮肉なものだな。俺たちの中で一番、女に興味がなく、一番、舌が貧乏臭いお前が、一番の美女と美食の街を手に入れるわけだからな。代々、西の女王家は美女の家系だが、先代のユウラ女王は人類最高レベル、という評判だった。その女王と希代の美形伯爵と言われた先代レイノークス伯の娘だ。おそらく只者でない美しさだろうよ」

 恭親王は少し眉を顰める。

「十年も聖地の修道院に軟禁状態だというぞ? まともに育っているとも思えない」
「これ以上ないほどの、深窓の令嬢という訳だ。当然、処女だろうが、ヤった後に殺すなよ」

 恭親王は詒郡王の指摘にムッとして言い返す。

「人の古傷を抉るな」
「悪かった、明日は我が身だ、俺も胆に銘じるよ」

 顔を歪める悪友に、詒郡王が苦笑して謝った。

「せっかくソリスティア総督になったのだから、聖地の神殿娼婦でも抱いて練習したらどうだ。総督府の別邸が聖地の《港》にあるはずだ」

 ソリスティア総督は聖地の出入りを管理する権限を持ち、特に許されて、聖地に別邸を構えている。代々の総督が神殿娼婦と遊ぶために作られたというのが、もっぱらの噂だ。が、東の皇族は娼婦の類との交合は、とある理由で禁じられている。

「あり得んだろ、総督は皇族の遥任ようにんだ。娼婦を抱くなんて、禁則事項だ」
「まあ確かに、俺たち皇族にとって娼館通いはタブーだが、規則は破るためにあるんだぞ。お前は馬鹿正直に守っているが、西方じゃ、ユエリン皇子と言えば娼婦嫌いの〈処女殺し〉で、暗黒魔王みたいに噂されているぞ」
「暗黒魔王……」

 恭親王が顔を引きつらせる。

 恭親王ユエリン、廉郡王れんぐんのうグイン、詒郡王ダヤンの三皇子は、二年前に南方異民族叛乱を平定した頃より、とくに西方辺境あたりで「暗黒の三皇子」という有り難くない渾名で呼ばれ始めた。
恭親王は〈狂王〉、廉郡王は〈乱王〉、詒郡王は〈奇王〉との二つ名が、向かう所敵なしの戦績とともに、恐れをもって囁かれることになったのである。さらに恭親王には〈処女殺し〉という渾名まであって、ますます〈狂王〉の名に信憑性を与えていくのだが、恭親王自身、この噂の出回り方に悪意というか、意図的なものを感じてはいた。

 三人が「暗黒の三皇子」と呼ばれる最大の理由は、彼らが征服地に行う戦後処理が西方の感覚ではえげつないからだ。女は犯す――原始の昔より続く、征服地に対する呪術的な征服行動であり、精脈を絶つ、と称される。古来からの名残ではあるが、魔物が発生した土地などでは、いまだに強固に守られている。ただ実際には、将帥として占領軍を率いる三皇子たちは、その狂宴には参加しない。

 彼ら東の皇族は太陽の龍騎士の末裔――龍種である。
 龍種である皇子たちの精は魔力の源であり、強い魔力に満ちている。故に魔力耐性を持たぬ人間には強すぎて、龍種の血を引かない女が彼らの精を浴びると、下手をすると死んでしまう。だから、占領地で皇子たちが女を一夜に何十人も犯したなど、根拠のない噂にすぎない。

 東の帝国の、特に皇族と十二貴嬪家と言われる最上級貴族層――貴種、と称される――は、その内部での婚姻を繰り返しており、貴賤結婚は強く戒められている。龍種である皇族は同じ龍種の血を引いた貴族階級以外との性的接触を禁じられており、当然、征服地であろうとそれは変わらないのだ。

 恭親王は苦々しそうに葡萄酒を呷ると、デキャンタから自分のゴブレットに注ぎ、また呷る。西方で尾ひれがついたとんでもない噂が流れているのは薄々聞いていたが、実際に耳にして愉快なものではない。特に、南方の異民族叛乱では、彼の名で「精脈を絶つ」命令を発せざるを得なかった。自分は参加しなくても、罪が消えるわけではない。

 ――まあでも、あの噂の出所はおそらく――

 恭親王は、歳の離れた弟に皇太子の座を奪われるのではと、勝手に恐れおののいていた異母兄のこ陰険な顔を思い出し、葡萄酒を飲み下す。

 〈聖婚〉の皇子に卜定ぼくじょうされたことで、皇位継承レースからは晴れて脱落した。
 これ以上、兄の疑心暗鬼に悩まされることもあるまい。メシが美味いというソリスティアで、のんびり気楽に過ごしてやる――いや、しかし、その前に戦争しないと――。

 恭親王は前途多難の日々を思い、もう一度、深い溜息をつく。憂鬱そうな悪友に対し、詒郡王が悪戯っぽい微笑で誘いをかける。

「何だよ、湿気た面すんなよ。……今夜はお前が来るってんで、獣人たちを準備させてある。せいぜい、楽しんでいけよ。ここ数日、お預けだったんだろう?」

 ちろりと舌なめずりした詒郡王の茶色い瞳は、すでに情欲がたぎってぎらついている。帝都を出て六日間、部下の中には神殿付近に店を構える娼館にしけ込んだ奴もいるが、娼館への出入りが禁じられている恭親王は禁欲を強いられた。禁欲には慣れているが、今夜を逃すとしばらく機会はないかもしない。詒郡王は彼の性癖を知悉して、彼好みの獣人を用意してあるのだろう。

 ――今夜くらいは羽目をはずしてもよかろう――

 黒い双眸に危険な光を宿すと、恭親王の薄い唇が弧を描いた。

「香水臭くないだろうな?」
「わかってる、お前の好みはちゃーんとわかってるから」

 詒郡王が呆れたように肩を竦め、立ち上がる。

「久しぶりの〈清談〉だ。グインがいないのは残念だが、西の獣人も悪くないって教えてやるよ」
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