【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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10、辺境伯ユリウスの遺恨

ウマが合う

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 晩餐の準備が整い、二人はテラスに続くサロンに場を移して、食事の席につく。総督が個人で抱えている厨師はまだ到着していないが、恭親王は新たにソリスティアの料理人を一人雇っていた。新任の料理人によるソリスティア料理に加え、エンロンお抱えの東方の厨師に頼んで数品の帝国料理を準備させた。総督の個人的な客として、今回は略式ながら心の籠った料理が並んでいる。メニューはソリスティア特産の海の幸と、ホロホロ鳥、燻製肉の煮込みなどで、恭親王は新しいソリスティアの料理人の腕を気に入り、積極的にソリスティアの料理を食べていた。酒は葡萄酒の名産地であるレイノークス伯領から、銘品をユリウスが土産として持ち込んでいて、恭親王もそれが大層お気に召したようだ。このほか、帝国特産の蒸留酒、穀物の醸造酒などが並ぶ。新鮮な海の魚を用いたカルパッチョ、チョウザメの腹子の塩漬けなどをつまみながら、二人は今後について話し合う。

 年齢の近いことと、やはりどこかウマがあったのであろう、盃が回るうちに、二人の口調は身分差を越えてすっかり砕けていた。ユリウスは最初こそ「殿下」と呼びかけていたが、いつの間にか同格の「君」に移行してしまい、恭親王もまたそれを咎めない。

 盃を酌み交わして、ユリウスが改めて感じたのは、人の噂など全くあてにならないということ。〈狂王〉などと言われているが、目の前の皇子は穏やかで気遣いもでき、しかも偉ぶったところもない。一言で言うと気さくな〈いい人〉であった。
 
 恭親王の方も、部下以外の年の近い友人は廉郡王や詒郡王くらいで、悪友であると同時に親戚枠でもある。ユリウスのような物怖じしない相手は珍しかった。
 メイローズもトルフィンも、主にどうやら新しい友人ができたことを喜び、接待にも熱が入る。

「何て言うかさ、全然噂と違うよね。何であんな、すごい噂が流れているわけなの?」

 ホロホロ鳥のローストを優雅にナイフで切り分け、それにレモン風味の爽やかなソースを箸で絡めながら、ユリウスが尋ねる。すっかり普通の、タメ口になっている。口に含むと爽やかなソースの香りが口の中に広がり、確かな歯ごたえもあり、冷えた白葡萄酒によく合う。

 ちなみに、この世界ではフォークも発明されたのだが、普及する以前に東方由来の箸が西方まで席巻してしまい、東では貴族から庶民まで箸で、西では貴族は箸で、庶民は手掴みで物を食べていた。公式な場では給仕がそれぞれの料理を取り分け、箸で摘まめるよう、一口大に切り分けてくれるが、身内だけの私的な会食では、各自ナイフで小さく切ってから箸で食べる。

 さて、その〈すごい噂〉の内容については聞きたくもないと思いながら、恭親王が答える。

「まあ、戦場では、いろいろあるからな。なんのかんの、汚れ仕事もするし。あとは……たぶん、皇太子のやっかみのターゲットになっていたから。三十五年も皇太子のままだと、いろいろ不安に駆られて歪んでくるらしい」

 恭親王は薄焼きパンに箸でチョウザメの腹子を乗せ、手で摘まんで口に運びながら、白い発泡葡萄酒を味わう。これはユリウスの土産で、しかも選りすぐりの逸品だ。

「……実は十年程前に、私はひどい落馬事故を起こして、数か月意識が戻らなかったらしい。目が覚めた時には、それ以前の記憶を全て忘れていて、社会復帰まで一年以上かかった」

 恭親王の告白にユリウスは驚いて、箸で摘まんでいた馬鈴薯ジャガイモのフライを取り落とした。

「え、何それ。すごい事故じゃない。よく助かったね。で、記憶は戻ったの?」
「いや。いまだに十二歳以降の記憶しかない。だが、その事故の状況が、とても不自然なんだ。周囲にいるのが札付きの不良ばかりだし、十二歳なのに皇宮を抜け出して大酒飲んで酔っ払って馬に乗って……普通の近習は十二歳の皇子に酒なんか飲ませず、止めるだろうと思うんだが、とにかく事故は起こってしまった。……で、その近習の不良たちの背後に、皇太子の陰が見え隠れしていてね。あわよくば死なないまでも、悪行三昧して評判を落としてくれれば、と思っていたようだ。……成人後、戦功を立てるたびに、よくわからない根も葉もない噂が出回るし。今回、めでたく皇位継承レースから脱落できて、少しほっとしている」

 恭親王が手で摘まんだ薄焼きパンを食べてしまい、唇の端についたチョウザメの腹子を指で拭ってその指をぺろりと舐める、そんな少々行儀の悪い仕草すら強烈な色気が漂うのを見て、ユリウスは内心呆れる。

「なんというか、どこの国も後継争いは厄介だね……」
「そう。皇帝なんて絶対なりたくないのに、勝手にライバル扱いされてとても迷惑だった。それに後宮の生活が嫌でね。ずっと軍隊にいたいと思っていたくらいだから」

 首を傾げながら答える恭親王は、見かけだけなら闘いとは縁がなさそうだ。一方のユリウスは見かけ通り、従軍経験も実戦経験も、ない。

「後宮ってちょっと憧れるな。東の皇帝の後宮には、美女が三千人もいるんだろう?」
「三千は大げさだな。それに、皇帝陛下はもうお歳だし、新しい妃嬪は召さないことになっているから、婆さんばっかりだよ。……代わりに、皇子用の宮女が山といてね、強制的に送り込まれてくるから、うざくてたまらん」
「なにそのうらやまけしからん生活」
「羨ましくないよ。みんな香水臭いし」

 白葡萄酒のグラスを呷って、恭親王が嫌そうに言う。

「体質の問題で、皇子に外で遊ばれると困るからって、あまり身分の高くない貴族の娘たちが集められている。皇子専用の娼婦だなんて揶揄されて、玉の輿を狙ってるのか知らんが、とにかく化粧が厚くて香水臭いのだ」
「君はさっきから香水臭いばっかりじゃないか。ではどんな女ならいいんだよ。贅沢者め」

 ユリウスが冷静に突っ込むと、恭親王は間髪入れずに即答した。

「香水臭くない人」
「それはもう、わかったから」
「化粧は臭くなければなんでもいい。甲高い声は耳が痛いから、無口で大人しい方がいい。太っているよりは痩せている方がいいな。巨乳は苦手だが、ポッチャリくらいなら別にそれはそれで悪くない。あ、帝都では髪を熱コテで巻いてくるくるにするのが流行っているのだが、私には頑張ってくるくるにする意味がよくわからなかった」
「コテで巻くのはこっちでも流行っているよ。オシャレするご婦人は美しいとおもうけどなぁ」
「まあ、臭くなければオシャレも勝手にすればよいと思う。私もやぶさかではない」

 瑞々しい緑の葉の上に、肉みそとネギと野菜を乗せ、器用に巻きながら恭親王もそこは認めた。

「しかし本当に、臭いが苦手なんだね。……ああそうか、修道院は香水は禁止だから、アデライードはそこは合格だったんだ」

 ユリウスがからかうように言うと、恭親王は野菜巻を頬張りながら、少し顔を赤くした。

「いや、その……あれはまあ……外見もストライクだし……何より……」
「我が異母妹は美しいからな! あんな類い稀な美少女と結婚できる幸運を、天と陰陽に感謝するべきだな、君は!」
「それはもう!」

 妙に力強く頷く恭親王に、ちょっとビビるユリウスであった。

「……あれ? もしかして、アデライードに一目ぼれとかしちゃった?」
「いやその……まあ、なんだ。何しろ〈王気〉がすごくて……」
「〈王気〉? 君、〈王気〉が視えるの?」

 ユリウスが尋ねるのに、恭親王が苦笑いしながら言った。

「視えないけれど、感じた。たしかにあれは……何というか下半身にくるっていうか、東西の皇王家が接触禁止な理由がわかるっていうか……」
「下半身?」

 不穏な言葉に、ユリウスがグラスを乱暴に置き、眉を顰める。

「おいおい、結婚するとはいえ、アデライードに劣情塗れの視線を送るのはやめてくれたまえよ。修道院育ちの、汚れを知らない妖精のような娘なんだから!」
「うん、まあ、それはそうみたいだし、メイローズにも重々釘を刺されているから、心配はいらない」

 婚約式の後、アデライードを押し倒して泣かせた件で、メイローズにはめちゃくちゃ説教されたのだ。仮にもかつての主に、ここまで言うかってくらい。

「しかし、我々、東の皇族の持つ陽の〈王気〉は、要するに強い陽の――雄の精気だからね。強い雌の精気である陰の〈王気〉にどうしても引きつけられてしまうんだ。一種の本能に根差しているんだよ。別に私が特別助平なわけじゃない、……と思う」

 雄だの雌だの本能だの、何だか失礼な話じゃないか、とユリウスが恭親王に一言意見してやろうと息を吸った時、侍従のトルフィンが聖地からの連絡をメイローズに持ってきた。

 受け取ったメイローズが開封し、一読して恭親王に渡す。斜め読みした恭親王が、その手紙をひらひらと振りながら、悪戯っぽい黒い瞳を煌めかせて、ユリウスに言った。

「はっ、おいでなすった。公聴会だ。ギュスターブから異議申し立てがなされた」

 ユリウスは機先を制せられて、息を吸ったまま、しばらく固まっていた。
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