【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

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番外編 聖地巡礼

太陽神殿

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 一夜明け、彼らは僧院を発って太陽神殿に向けて出発した。
 この道はかつて、正傅のデュクトに攫われるようにして、シウリンが馬車に閉じこめられて辿った道である。
 その時は夜で周囲は暗闇に包まれて、何も見えなかった。今、よく晴れた冬の朝の光の中で、遠くに見える山々は真っ白に雪化粧し、街道沿いに植えられている木々が、寒冷な気候に合わせて白樺に変わっている。これから先の厳しい気候を思い、恭親王は荷物の中に入れっぱなしで忘れていた革手袋を思い出した。

「寒いねえ……」

 座席の下の魔導ヒーターを稼働しても、指先が冷える。

「外で馬に乗っているゾーイたちは大丈夫か?」
「ゾーイの故郷は割と寒いところですので、彼は大丈夫でしょうが、ランパはどうでしょうか」

 馬車の窓から覗くと、ランパは表情も変えずに飄々と馬に乗っている。実は霊峰プルミンテルンの気高い姿に寒さなどどうでもいいと思っているのだが、そんなランパの内心など、恭親王は知らない。
 
 この時期、さすがに巡礼者も少ないが、それでも五体投地しながら歩く者もおり、恭親王は喜捨として彼らにパンを分け与えたりして先に進む。
 
「雪が積もっていたら難儀だと思っていたが、このあたりは大丈夫なのだな」
 
 恭親王が言うと、ゲルが答える。

「太陽神殿の辺りまでは、それほどは積もりません。それより北になると、雪に閉ざされる僧院も増えるそうなのです」

 みなしごとして太陽宮の中で一番南の端の僧院に送られたのは、運がよかったのだろうと恭親王も思う。これだけ厳しい気候の中で、その生を全うできない孤児たちも、おそらくは少なくないであろうから。

 なだらかに続く石ころだらけの荒れ地を眺めて、恭親王は眉を顰める。ところどころ、日陰になる場所は白い雪が吹き溜まりのようになり、遠くに針葉樹の森が見える。

「太陽神殿が見えてまいりました」

 窓からちょっとだけ顔を出して前方を覗いたゲルが、座席に戻って言う。代わり映えのしない風景にうんざりしていたユリウスは、やっと退屈から解放されると、大きく伸びをした。
 しかし、まだそこからが長い。かなり走って、ようやく大きな門に到着する。門のところに迎えに来ていたのは、なんとジュルチ僧正であった。

「お久しぶりです」
「年末に会ったばかりじゃないか」

 ジュルチはもともと〈清脩〉僧院での、シウリンの武術指南役であった。豊富な魔力と術式を修めているため、今は十二僧正の端くれまで出世している。

 恭親王は馬車から降り、首をこきこき回しながら伸びをする。

「陸路で来ると長いなあ」
「全くですよ。転移門ゲートさまさまです」
 
 ユリウスも馬車を降り、正面に見える太陽神殿の威容に目を瞠る。石造りの巨大屈折ピラミッド状の神殿は、中央正面に長い階段がついている。

「もしかして、参拝するときはあの階段を上ったりするのかな?」
「ええ、あの中腹に礼拝所がございます」

 ジュルチの返答にユリウスが青ざめる。

「僕パス!あんな長い階段、無理!」
「ここまで来て何言っているんだ。ちゃんと参拝して帰れ」

 ジュルチの案内で、休憩所のような場所でお茶を一杯よばれ、エールライヒを預かってもらって、元気なうちにと太陽神殿の長い階段を上がり、参拝を済ませる。ゲルは詰所に頼んで妻のために安産祈願をしてもらう。

「僕のところもエウロペが懐妊したんだよ。出産にはまだあるけど、安産祈願してもらっとこう」

 ユリウスも安産を祈願してもらい、安産のお守をもらう。いくつか寄進の品――豪華な絹織物や、宝石細工のついた香炉、燭台など――を手渡し、ジュルチに案内されて大僧正ウルの部屋に行く。そこには昼食の用意がされていた。昨夜の〈清脩〉僧院の食事とはくらべものにならない程、豪華で洗練された料理をご馳走になり、恭親王は大僧正のウルやジュルチと旧交を温める。

「西方の事情に詳しい者でございますか……」
「うむ。どうも西の状況がよくわからぬのだ。イフリート公の推し進めている〈教会〉の普及についても、どうも隔靴掻痒かっかそうような情報しか手に入らなくてな。やはり宗教問題にはブレーンが必要だと思うのだが、太陰宮にはイフリート家の力がかなり及んでいて、信用がおけぬ。太陽宮のもので、西の事情に通じた者はいないだろうか。……なに、今回の一件が片付くまでのせいぜい数年間、ソリスティアにおいて私の諮問に応じてくれればいいのだが」

 恭親王が丁寧に裏ごしされた馬鈴薯のポタージュを匙で掬いながら言うと、少し考え込んでいたジュルチが言った。

「思い当たる人物が一人おりますが……元は西の貴族の出で、学識は聖地でも折り紙付きです」
「紹介状を書いてもらえないだろうか。今回は会えずとも、近いうちに一度面談の機会を……」

 恭親王の言うのに、ジュルチが少しだけ悪戯っぽい笑顔で言った。

「紹介状など必要ないと思われますよ。今夜も〈清脩〉僧院にお泊りなのでしょう?私も一緒に行って、彼に話をしてもいい。……古い友人ですからね」

 その言葉に、大僧正のウルはジュルチの指している人物に思い当たったのであろう。白い眉を上げた。

「やつはあの塔からは降りまい」
「普通であれば。ですが……他ならぬ恭親王殿下の御為ならば、ソリスティアでもどこでも参るでしょう」

 ジュルチがにっこりと微笑んで恭親王を見る。恭親王が何か思いついたような表情でじっとジュルチを見つめる。その唇が「まさか……」と声もなく動いたように、ゾーイには見えた。

 ゾーイは昨夜の〈清脩〉僧院以来、どうにも引っかかるものを感じてしょうがなかった。

 まず、あの院長の様子。まるで数年ぶりに親戚の子に会ったみたいに涙ぐんでいる。三年も前に死んだ前の院長の話や、そこにいない僧侶の話までして、意味不明であった。副院長の様子も不自然であった。

(もしかして……)

 ゾーイは、恭親王と本物のとの入れ替わりの事情については知らされていなかったが、恭親王が幼少時はどこかの僧院らしきところで育てられたのでないかと疑っていた。

(あの、僧院だったのだろうか。そしてこの、ジュルチ僧正……)

 何となくなのだが、このジュルチという僧と、主の間の垣根が低いのである。

 木苺のソースのかかった野性の猪肉のローストをナイフで切って、箸で口に運びながら、ゾーイは考える。ジュルチは見るからに武芸者であり、身体もよく鍛えられている。〈阿闍梨〉の称号も持つ術者であるという。武術と魔力制御を指南するにはうってつけの人物だ。恭親王がゾーイより以前にすでに受けていた体術と棒術、そして初歩の魔力制御の師は、案外この男だったのかもしれない。そう思えば、完全にジュルチを信頼して甘えているようにすら見える主の様子も、納得がいくのである。

 主に仕えてすでに十年。主の絶対の信頼は勝ち得ているとの自信はあるが、主は自らの過去について語ってくれたことはない。

 あるいは、今回の旅は主が過去と向き合って、けじめをつけるためのものなのかもしれないと、ゾーイは思い始めていた。
 



 食事を終え、恭親王ら一行は太陽神殿を後にする。帰り道は騎乗したジュルチ僧正も同道する。ジュルチと馬を並べながら、ゾーイはジュルチを観察した。

「以前、あちらの僧院におられたのですか?」
 
 ゾーイが尋ねると、ジュルチは気軽に応える。

「ええ。……あそこで、一人の少年僧の指導をしておりました。十年も前になりますがね」
「少年僧……その僧侶は今、どちらに?」

 ジュルチは穏やかな、深い微笑みを浮かべ、言った。

「十年前に私の手を離れました。どうにもならぬ運命の手が、彼を攫ってしまった。……ですが、それも天と陰陽の大いなる配剤だったのでしょうな。聖なる役目を果たすために、聖地で純なるものとして育ち、その上で聖地から奪われねばならなかったのでしょう。……すべては、陰陽の調和のために」

 ゾーイは目を瞠る。驚く程高い、澄んだ蒼穹を、黒い鷹が気持ちよさそうに飛んでいる。

 何の脈絡もなく、あの黒い鷹は飼い主いそっくりだなと、ゾーイは思った。
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