綴った言葉の先で、キミとのこれからを。

小湊ゆうも

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拝啓、愛しのキミヘ。匿名だから許してください。

匿名のラブレター

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「あれ? 手紙が入ってる」

 靴箱から白い封筒を取り出した慧司けいしが、それを俺に見せながら笑った。

 封筒は、何の柄もないシンプルなものだった。
 宛名も書かれていなければ、裏側にシールが貼ってあるわけでもなく、ただ、糊付けしたあとだけが残っている。

「不器用な人なのかな」

 その糊付けのあとを見て、慧司はまた笑みを浮かべた。

「宛名は? 書いてあるのか?」
「いや? 何もないね」
「じゃあどうして、お前宛だって分かるわけ?」
「反対に聞くけど、俺宛じゃないと思うのはどうして?」

 慧司は、誰から誰に書いた手紙なのか分からないのに、自分宛だと確信していて、俺はそれが少し気に入らなかった。
 誰かに恨まれる人でもないし、読む前からその手紙がラブレターだということにも気づいているのだろう。

 手紙をもらってもちっとも動揺しないなんて、普段からモテるやつは違うな。
 そういう慧司の態度も、俺は面白くなかった。

「今どき、靴箱に手紙を入れる人なんているんだ」

 慧司は、握ったままだった靴を靴箱に入れ、それからスリッパを取り出した。
 パタンッと音がして、スリッパの底が床にぶつかる。
 
 高さがあるところから床に置いたものだから、向きがずれてしまっていたけれど、慧司はいちいち下を見て確認することもなく、さらっと足で向きを変えて履いた。

 彼の視線は手紙に向けられたままだ。

 俺はそんな彼から視線を逸らし、スリッパを丁寧に床に置いた。
 それに足を入れれば、少しだけひんやりとする。

「今日の一限ってだるいよなあ」

 特に言う言葉も見つからず、どうでもいい一言を発しながら、ゆっくりと慧司に視線を戻すと、俺がいるにも関わらず、彼は目の前で封を開けた。

 スリッパは雑に置いたくせに、封を開ける彼の手は優しかった。
 不器用に糊付けされたそれを、できるだけ破れないようにと慎重に扱っている。

 ……むかつく。

「お前、ここで読むのか? まだ人も来るのに? 俺がいるのに?」
「だって、早く読んだほうが良いだろ」
「え、なんで?」
「なんとなくだよ。お前だって、そのほうが良いだろ」
「はあ?」

 ふっと笑った慧司を、朝陽が照らした。

 手紙に視線を落とした慧司の、文字を追いながら揺れるまつ毛を見ていると、変な冷や汗をかき、俺は指を握りしめた。

 それから、お前だってそのほうが良いだろ、とそう言った彼の言葉を頭の中で繰り返す。

 どういうことだ?
 まさか、読む前から俺が書いた手紙だとバレたのか?
 
「……っ、」

 気持ちが伝わるように心を込めて書いたけれど、その気持ちの持ち主が俺だと知ってほしいわけではない。
 だから、字体を変え、綴る言葉の口調も柔らかくした。
 女子の字だと思われないにしても、俺からだとバレなければそれで良いから。

 慧司くんへ、慧司さんへ……。
 宛名を書くのか、書かないのか、書くとしたら何と書くべきか、それを決めるのにだって相当な時間をかけた。

 糊付けした後で、そこに可愛いシールでも貼れば、ますます俺からだとは思えなくなるだろうと、シールまで購入したほどだ。
 それでも、全くかけ離れた人を想像してほしいわけでもないという矛盾した気持ちから、シールは貼れないままで終わった。

「で、何て書いてあるんだよ?」

 バレるな、バレるな、と何度も心の中で叫びながら、実際に口から出る言葉はできるだけ平然を装う。
 
「まあ、そんなに急かすなって」

 慧司はうっすら笑みを浮かべながらそう言い、視線をゆっくりと動かして読み続ける。

「俺、もう先に行ってるぞ」
「だから待てってば」

 鞄を肩に掛け直し、慧司の横を通ると、ぐっと力を込めて腕を引っ張られた。

「待てって」
 
 手紙から視線をずらし、俺を見つめる。
 こうされてしまうと、何だか従わなければいけない気持ちになり、「分かったよ。早く読め、馬鹿」と可愛くない返事をして、慧司の横に立った。

 誰からかも分かっていないその手紙を、大切そうに読み続ける彼にやはり腹が立ちながらも、素直に従ってここにいる俺は阿呆なのかもしれない。

 こんなふうに読んでほしいんじゃなかった。読む姿も見たくなかった。
 俺からの手紙だと伝えた上でこの態度なら、そりゃあ嬉しいに違いない。

 ただ、慧司が俺からの手紙だと分かっていない中で、誰のか分からない手紙でも大切に読む彼を知りたくはなかった。
 かといって、雑に読んでほしいわけでもないし、そんな姿を見たら見たで、また不満が出てくるのだろうけれど。
 
 オトメゴコロは難しいとよく言うが、俺のココロだって負けないくらい難しいに違いない。



「おっ、慧司、ラブレターか?」
「モテモテだねえ」

 いつの間にか、登校してきたクラスメイトが数人俺たちを囲み、慧司が持っている手紙を覗き込んだ。
 焦って押しのけようと思ったけれど、本気で読みたがっていたわけではないようで、冷やかし終えたらさっさと教室へ行ってしまった。

 慧司は、まだ読み続けている。
 俺はそんなに長い手紙を書いたっけ?

「もう少しだから、ここまで読ませて」

 再度腕を引っ張ってみたけれど、慧司はびくともせず、俺はまた阿呆みたいに突っ立って待つしかできなかった。
 それから数十秒後、慧司は元の折り目通りに手紙を畳むと、入っていた封筒へと戻した。

 ふう、と決してネガティブな空気感はないため息をつき、やはりゆっくりと口角を上げる。

「気持ちが伝わる手紙だった。匿名だなんてもったいないくらい」
「……珍しいな」
「今まで、俺の表面だけを見て告白してくる子たちとは全然違った。この子、誰なんだろうな」
「そんなに……?」

 俺は、震える声でそう聞いた。握りしめている手に、爪がぐいと食い込む。

 慧司は、手紙から俺へと視線を向けると、そらからじっと見つめた。
 自分の気持ちが彼に伝わったことは素直に嬉しい。

 ただ、伝わっただけで、それから先は何も起こらないだろうし、伝えたのが俺だと知ったら受け止めてもらえなくなるかもしれない。
 そういう、考え出したらキリのない思考が、ぐるぐると頭の中をうごめいていた。


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