綴った言葉の先で、キミとのこれからを。

小湊ゆうも

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拝啓、愛しのキミヘ。匿名だから許してください。

進路

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 俺のラブレターを慧司が読んでから、一週間が経った。
 あの日以降、彼がその手紙について触れることもなければ、俺から話題に出すこともなく、もしかしたら忘れられてしまったのかもしれないと思っている。

 まあ、それで良い。元々それ以上を望んでいたわけではない。今さら欲張りになんかならない。

「放課後さ、お前ん家寄るわ」

 登校したばかりの靴箱で、慧司は俺を見ずにそう言った。

「何すんの? ゲームはやり尽くしただろ」

 他に何か、暇を潰せるものがあっただろうか。それならいつものように、ゲーセンやフードコートに寄って、ダラダラ過ごすほうが良いのでは?
 
 何か良い案がないかあれこれ考えていると、眉間にシワが寄っていたのか、慧司がそこを指で押してきた。
 急に視界に指先が入ってきたせいで、ワッ! とみっともない声を出すと、慧司に鼻で笑われた。

「今日は普通に話をしようぜ」
「……何の話だよ」

 笑っていたのは一瞬で、すぐに真顔になって予想外のことを言う。
 普通に話をしようぜ? 今までそんなことを決めて話したことなんかないだろうが。

「お前と普通に話? お前との普通の話って何? 話したいテーマでもあんの?」

 珍しい誘いにテンパりながら、早口で尋ねた。

 けれど、慧司は「何だって良いだろ」とそれだけ言って、また高い位置からスリッパを落とす。
 散らかったスリッパへ視線を向けることもないまま、さらっと履くと教室へと先に歩いて行った。

 慧司の意図が分からない。

 ……まさか、俺が手紙の送り主だとバレたのか?



 放課後、家に来た慧司は、大学の情報がずらりと並んだ冊子を、鞄から出して勢いよく机に置いた。
 構えていた内容とは全く違う話で拍子抜けする。

「話ってこれ?」
「当たり前だろ。そろそろ進路決めないといけないし。お前はどこにするんだよ」

 これまで、将来の夢さえもわざわざ語り合うようなこともなかったのに、ここにきて急に進路の話をするとは思わなかった。

 とりあえず飲み物を取ってくると、慧司を俺の部屋に残して冷蔵庫を見に行った。
 家族の誰がいつ購入したのか分からないペットボトルの賞味期限を確認し、それを数本脇に挟むと、右手でコップをふたつ持った。

 階段をのぼりながら、勝手にペットボトルを開けていいのか? と一瞬気になったが、これから慧司との間に控えている内容に比べれば大したことないと、すぐに頭から消した。

 肘でドアハンドルを押し、足で扉を開けた。

 慧司は真剣な表情で、持って来た冊子を眺めている。

「飲み物これで良い?」
「お前、ペットボトルって、これおばさん怒らない?」
「知らん」
「雑だな」

 おばさん怒ったら怖いだろと笑いながら、慧司は自分でコップに飲み物を移した。ついでに俺の分まで注いでくれる。

 慧司の正面に座るのは緊張するから、少し離れて横に座った。

「おい、もっとこっち来いって」
「ええ? いいよ、ここからで見えるし」
「お前の進路決めるんだから、お前がメインで見るんだよ」
「はあ? 俺の? そんなんいらんわ」

 慧司はずば抜けて頭が良いから、遠くの有名大学に行くのは俺以外にみんなが知っていることだけれど、受験はこれからとはいえ、志望校を決め終えた慧司が、どうして俺の進路先を一緒に考えるんだ?

 お尻を床につけたまま動かないでいると、冊子ごと慧司が寄って来た。お互いの肩がぶつかる。
 至近距離で見つめられ、気まずくなった俺は顔を逸らした。

「……慧司、お前と一緒の大学は無理だぞ」
「当たり前だろ。お前がどんなに今から頑張ったって、俺に追いつけるはずがないからな」
「それは言いすぎだろ」

 制服のシャツ越しに当たる肩から、体温が混ざり合う。さすがに近すぎるだろと、俺は慧司を押して立ち上がった。

「おい、どこ行くんだよ」
「どこにも行かねえよ。慧司の正面に座んの!」

 慧司が俺の手首を掴む。急に掴まれたからバランスを崩し、後ろのベッドに倒れ込んだ。

「正面に座ったら、文字が読みにくいだろうが」

 慧司も立ち上がり、倒れた俺を引っ張る。
 掴まれたままの手首が熱い。

「……俺の進路なんだろ? じゃあ冊子は俺のほうを向ければ問題ないじゃん」
「だから俺も見るんだって」
「慧司、お前だるいってまじで。反対側からでも見られるだろうが」

 俺の何が気に障ったのか、慧司はいったん起こそうとし俺をベッドに押し倒すと、その上に跨った。
 慧司の腕に囲まれて、横に転がって抜け出すこともできなければ、慧司の胸板を押して逃げることもできない。

「おい、慧司! 何だよこれ」
「お前がうるさいからだよ」
「何もうるさくないだろ」

 ベッドの上で、慧司の顔を見上げるのがあまりにも恥ずかしくて、俺は顔を横に向けた。
 慧司はしばらくすると、俺に跨るのはやめ、隣に寝転んだ。それから俺を見つめる。

大真はるま

 見つめたままで名前を呼ばれ、心臓が握りつぶされたように痛くなった。

「お前、志望校ないの?」

 隣にいて見つめてくるだけではなく、名前を呼んでくる慧司に緊張していたのに、そういうふうに余裕がないのは俺だけで、慧司はそんなことを聞く。

 ベッドにふたりで寝て、見つめ合って、そこで話すことが進路だなんて。
 動揺している俺が、あまりにも馬鹿みたいだろうが。

「……俺は、経済学部なら特にこだわりがないし、地元の大学で良いかなって思ってるよ」
「地元か。じゃあ俺たち離れるんだな」
「別に良いだろ。慧司もそろそろ俺にうんざりしてきたんじゃねえの」

 耐えられなくなってベッドから起き上がり、慧司に背を向けて座った。

「大真、お前がうんざりしてきた、の間違いじゃ?」
「はあ? 俺はそんなこと思わねえよ」
「それなのに、俺と離れて良いんだ?」

 意図も分からず、煽ってくる慧司に腹が立つ。振り向いたら怒鳴ってしまいそうだから、俺は膝の腕丸めた手に力を込めた。

 離れたくないし、これからもずっと一緒にいたいけれど、ただの幼馴染という関係でそれを求めるのは違うだろう。
 けれど、俺たちが幼馴染以上になることはないし、何もできることはない。

「……良いも何も、そもそも学力だって追いつかないんだから仕方ないだろ。今からどんなに頑張ったって無理だと、お前が一番分かってるだろうが」
「別に同じ大学とは言ってないだろ。同じ県にすればって言ってんの」
「はあ?」

 それが慧司の狙いだったのかは知らないが、まんまと振り向いてしまった。
 慧司はベッドで肘をつき、俺を見るとニヤリと笑う。

「大真の家はさ、私立でもどこでもいいから、大学は出てほしいって言われてんだろ? だったら俺が行く大学の近くに来いよ」
「なんで?」
「ルームシェアすれば良いじゃん」
「……はあ?」
 
 慧司が俺の進路先に拘る理由が分かったものの、予想外すぎてまともな反応が返せない。

何も言わない俺に痺れを切らしたのか、「何? やなの?」と言いながら慧司も起き上がった。
 ベッドから下りると冊子を手に取り、俺の前に突き出す。

 よく見ると小さな付箋が何枚か貼ってあった。

「大真、嫌なのかよ」
「……嫌とは言ってないだろ」
「じゃあ決まりだな。付箋が貼ってある大学が近くて、お前でも受かりそうなところ」

 押し付けられた冊子を手に取り、ぱらぱらとめくると、付箋のページにはマーカーも引いてあった。
 慧司なりに、おすすめだと思うポイントに線を引いたのか?

「今日はそれが言いたかっただけだから。来週に進路希望出すとき、その中から選んで書けよ」

 コップに注いでいた飲み物を一気に飲みすると、慧司はあっけなく帰って行った。
 階段を降りて行く音を聞いているとあまりにも軽やかで、慧司の機嫌の良さが伝わってくる。

 ……どうして?

 しばらくの間、何が起きたのか、何を言われたのかを整理する時間が必要だったけれど、全てを理解したとき、ひとりで「はあ!?」と大きな声を出した。

「俺と離れる気がないってこと?」

 俺は離れるつもりだったし、離れるべきだと思って手紙を書いたのに?
 幼馴染だからという理由だけでは、そばに居続けるのは難しいと、そう思っていたのに?

「慧司とルームシェア? はあ……?」

 本来なら喜ぶべき提案だろうに、慧司の本心が分からないから素直に受け止められない。
 俺は髪の毛をぐしゃぐしゃにかいた。
 
「意味分からん……」

 それでも、俺の都合は関係なく、慧司とこれからもいる理由ができたことは嬉しかった。
 ただ、その代わり、この気持ちは絶対にバレてはいけないのだろうけれど。

 



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