元婚約者に冷たく捨てられた令嬢、辺境で出会った無愛想な騎士に溺愛される ~今さら戻ってこないでください~

usako

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第25話 膝をつく元婚約者

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アーベルグ伯爵が連行されてから、王都はまるで別の空気をまとっていた。  
ざわめく市民の声、報せを聞いた貴族たちの蜜のような沈黙。  
“正しさ”を装っていた屋敷たちは、照らし出された真実の光を恐れて戸を閉ざし、生まれたさざ波のように噂だけが広がっていく。  

辺境の騎士が潔白を勝ち取り、名門伯爵が失脚した――。  
そんな劇的な出来事は、瞬く間に街全体を包み込んだ。  

けれど、王都の中心ではまだ、全てが終わったわけではなかった。  
石造りの裁定の間。  
エドガーとレティシアは、王国最高裁定官との最終審問を待っていた。  

広間は静かだった。  
真紅の絨毯の先に玉座にも似た席があり、その手前に並ぶ多数の貴族たちはざわつくこともなく、息を潜めている。  
そして、正面の扉が開いた。  

銀の刺繍を施した礼服、淡い金の髪を撫でつけた青年――アラン・ルーデンハルト。  
かつてレティシアの婚約者だった男が、その場に現れた。  

「……あの男が代理を申し出たそうだ。」  
エドガーの低い呟きに、レティシアの胸が締めつけられる。  

アランは王家の使者として呼ばれたらしい。  
顔にはかつての高慢さとは違う疲労の影が見えた。  
その姿に、レティシアはふと胸の奥で複雑な思いを抱いた。  

長い沈黙を破ったのは、裁定官の声だった。  
「アーベルグ伯爵の罪状はいずれ正式に判決が下される。だが、彼に連座して罪を着せられた者たちについて改めて審議する必要がある。」  

その言葉に、アランが一歩前に進む。  
「……陛下の名の下に申し上げます。私は、すべてを見誤っておりました。  
エドガー・ラインハルト殿の行為は反逆ではなく、むしろ忠義に値する勇敢な行動です。」  

広間がざわついた。  
誰もが驚いた。あの男が、かつて自分のために誇りを踏みにじった男が、頭を下げたのだ。  

レティシアは言葉を失ってアランを見つめた。  
「私が彼を侮った。名誉と家門を守るために、真実から目を逸らした。その結果、罪なき者を追い詰め、多くの人の尊厳を汚した。  
――すべては私の過ちであり、恥です。」  

アランの声は硬く、けれどどこか震えていた。  

「そしてもう一つ。レティシア・アーベルグ嬢に対し、かつての婚約破棄においても真実を伝えず、彼女を辱めた。  
私はあの瞬間、王国貴族の名に泥を塗ったのです。」  

広間が静まり返る。  
人々の視線が、深く頭を垂れた彼の背へ注がれる。  

「レティシア……」  
アランがゆっくりと顔を上げた。  
目の奥に宿る後悔が、かつて見たことのない色をしていた。  
「どんな罰でも受ける。だが、ひとつだけ許してほしい。  
あのとき、君を愛していなかったわけではない。ただ弱かった。恐れていた。  
君の強さが眩しすぎて、隣に立つ資格がないと思った。」  

レティシアは静かに首を振る。  
「遅すぎます。」  
淡い声に、アランの肩がわずかに揺れた。  

「私があなたに求めていたのは、地位や力ではありません。  
ただ隣で“信じる”という勇気だけでした。  
でも、あなたはそれから逃げたのです。」  

アランは小さく息を吐き、そして、ゆっくりとその場で片膝をついた。  
広間中の視線が彼へ集まる。  
彼は絞り出すように声を落とした。  

「その通りだ。逃げたのは私だ。  
だが、今は少しだけ分かる。  
君が選んだ男がどれほど確かなものを持っているか。  
彼は誰よりも誇り高く、誰よりも真実に生きている。  
――どうか、その人と共に、幸せになってくれ。」  

レティシアは眼差しを和らげた。  
憎しみではなく、静かな赦しがそこにあった。  

「ありがとう、アラン。」  
それだけを告げた。  

ラドクリフ騎士が前に進み、改めて声を上げる。  
「以上の証言に基づき――辺境騎士エドガー・ラインハルトの一連の行動は、王国防衛および民の安全維持に寄与した正当な行為であると認められる。」  

瞬間、どよめきが湧き上がる。  
裁定官の槌が叩かれ、厳かな声が響いた。  
「判決を告げる。――エドガー・ラインハルト、無罪放免。」  

エドガーは深く頭を下げた。  
「感謝いたします。」  

玉座の上の老裁定官が穏やかに頷く。  
「そなたの忠義は、この国に新たな光をもたらすであろう。」  

判決の言葉が終わった時、静かに拍手が広がった。  
最初は数人、次に列席の貴族の中にも。  
やがて、広間全体が拍手の音で満たされていった。  

レティシアが思わず笑みをこぼした。  
長く続いた苦しみが、ようやく終わる。  
すべてを終えたはずなのに、これが始まりでもあると、心のどこかで感じた。  

エドガーが彼女の隣へ歩み寄る。  
「ようやく……肩の荷が下りたな。」  
「ええ。でも、あなたは最初から正しかった。」  
「違う。お前がいたから、正しい道を選べたんだ。」  

その言葉に、レティシアの頬に熱が灯る。  

群衆の後方で、アランが立ち上がる。  
「――彼女を失って初めて、私は何も持っていなかったと気づいた。」  
小さくそう呟いた声は、誰にも届かないほどの弱々しさだった。  
彼は視線の先で、二人が並んで立っているのを見つめ、ふっと笑った。  
自分にはもう居場所がないと悟った者の笑み。  
そしてそのまま静かに背を向けた。  

裁定の間を出たとき、外の風が心地よく吹き抜けた。  
春の陽が高く昇り、王都の街路を照らしていた。  

「これで……自由ですね。」  
レティシアがつぶやく。  
エドガーはその手を取った。  
「お前が望むなら、どこへでも行こう。辺境でも海の向こうでも、どこででも生きられる。」  
「あなたの隣でなら、どこへでも。」  

陽光が二人を包み込む。  
城の鐘が鳴り、金の音が街を満たした。  
まるで新しい時代が訪れたことを告げるように。  

すべての嘘と偽りが暴かれ、権威に縋った者たちはひざまずき、  
愛する者を守り抜いた男だけが立っていた。  

レティシアはその傍らで、小さく囁いた。  
「あなたの勝利よ、エドガー。」  
「二人の、だ。」  

その瞬間、吹き抜けた風の中に、長く続いた苦しみの全てが溶けていった。  

続く
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