元婚約者に冷たく捨てられた令嬢、辺境で出会った無愛想な騎士に溺愛される ~今さら戻ってこないでください~

usako

文字の大きさ
24 / 30

第24話 再会とざまぁの幕開け

しおりを挟む
王都の空は、早春の澄んだ光に包まれていた。けれどその美しさは、辺境の村で見た空とはまったく違うものだった。  
磨き上げられた白い石畳、整列する衛兵、行き交う貴族たち――すべてが整然としているのに、どこか冷たい。  

レティシアは深くフードを被り、人々の群れの中を歩いた。  
彼女の胸の奥には、わずかな震えがあった。  
この街を去るとき、自分はもう二度と戻らないと誓ったはずだった。  
それが、今こうして自ら足を向けている。  

だが、そこに怯えはない。  
彼がいる。  
エドガーがたった一人でこの王都に呼び出されたと聞いた瞬間から、彼女の迷いは消えた。  

辺境で村を救った英雄を「反逆者」として裁こうなど、許せることではない。  
自分の存在がその原因の一つにあるなら、今度こそ――自分が盾になる番だ。  

城門前には、すでに王都の兵が並び、群衆がざわめいていた。  
白い馬車が滑るように広場へ入ってくる。  
馬車の扉が開き、枷をはめられた一人の男が姿を現した。  

「……エドガー!」  

抑えきれず口に出た声。  
人々が一斉に振り返るが、レティシアは隠すこともせず前へ進んだ。  
近づくたびに、彼の顔が見える。  
埃だらけの外套、腕には鎖。それでも、その背筋は真っ直ぐに伸びたままだ。  

まるで誇りだけが彼を立たせているようだった。  

「反逆者エドガー・ラインハルトを、王都裁定の間へ!」  
兵たちが声を張り上げる。  

――その瞬間、群衆の奥から金糸の衣を纏った男が現れた。  
アーベルグ伯爵、その人だった。  
レティシアの生家、そして、かつての権威と虚飾の象徴。  

伯爵は白髪を整え、取り巻きの貴族たちを従えて笑っていた。  
「おや、やはり本当に彼を連れてきたか。これで我が家の面目も保たれよう。」  

その声を聞いた瞬間、レティシアの中に堰を切ったような怒りがこみ上げた。  

「……どういうことです。」  
気づけば声が出ていた。  
伯爵がゆっくりと振り向く。  

「ほう、この声は。」  
鋭い灰色の目が、彼女の顔を射抜いた。  
「まさか……レティシア?」  
「ええ。お久しぶりです、お父様。」  

ざわめきが広場に走る。  
伯爵が目を細め、苦笑を浮かべた。  
「家を出ておきながら、今さら何の用だ。」  
「説明していただきたいのです。なぜ彼が召喚されたのですか。」  
「王命だよ。反逆者の疑いがある以上、当然の処置だ。」  

「嘘です。」  
ピシャリとした声が広場に響いた。  
壇上の兵士たちまでもが息を止めるほどの鋭さだった。  

レティシアは一歩進み出た。フードを取り、真っすぐに伯爵を見据える。  
「彼が王都に呼ばれたのは、あなたが仕組んだことでしょう。」  
「妄言だな。」  
「“家の名誉のため”――あなたはそれを理由に何人の人生を壊してきました? 私の婚約もそうでした。あなたにとって娘は、王家に取り入り、さらなる地位を得るための飾りだった。  
エドガーを裁けば、あなたは再び“権威に尽くす忠臣”として名を取り戻せる。違いますか?」  

伯爵の顔色が変わった。  
周囲の貴族たちが囁きを交わす。  
「まさか……伯爵が?」  
「裏で動いていたと?」  

レティシアはさらに言葉を重ねた。  
「ですが、私は見ました。あの人がどんな思いで剣を握ってきたか。彼は命を奪うためではなく、守るために戦った人です!  
それを“反逆”と呼ぶような国であれば、その正義こそが腐っている!」  

どよめきが広がる。  
伯爵は顔をひくつかせ、声を荒げた。  
「黙れ、出来損ないの娘が! 家の恥をさらす気か!」  
「恥を生み出したのは、あなたたちです!」  

雷鳴のような怒声だった。  
その強さに、誰もが息を呑む。  

「私はもう、アーベルグ家の名で生きる気はありません。けれど――」  
レティシアは広場の中央に立ち、両手を広げた。  
「この場で言います。民族の誰が何と言おうと、私はエドガー・ラインハルトの無実を証明します!」  

エドガーが首を上げた。  
その瞳が一瞬だけ微笑んだ気がした。  

伯爵は顔を真っ赤にして叫ぶ。  
「警護兵! あの女を下がらせろ!」  
だが、兵士たちは動かない。彼女の言葉に心を動かされた者たちが、互いに目を合わせていた。  

すると、人垣の向こうからひとりの女性が現れた。  
見覚えのある長い金髪――マイラだった。彼女は監察官としての紋章を掲げ、はっきりと口を開く。  

「王命により、再審の準備は私が行うことになっていました。アーベルグ伯爵、あなたが私の報告書の改ざんを画策していた証拠、すべて提出させていただきます。」  

「な……何を言う!」  

マイラが封筒を掲げると、民衆の間から歓声が上がる。  
「王家直属の監察官が告発する以上、もはや隠し立てはできませんね。」  

伯爵が蒼ざめ、足をよろめかせた。  
その姿は、かつて権勢を誇っていた名門の当主のものではなく、ただの卑小な男にすぎなかった。  

「申し訳ありません、レティシア嬢。」  
マイラは深く頭を下げた。  
「あなたと彼を巻き込んでしまいました。ですが、これで真実が明るみに出ます。」  

人々が動揺の中でどよめく。  
やがて、王都の騎士団長が前に進み出た。  
「この場で拘束する。アーベルグ伯爵、あなたを権力濫用および虚偽報告の罪で捕縛する!」  

「そんな馬鹿な……私は王の信頼を――!」  
伯爵の叫びは途中で途切れた。  
手錠の鎖がカチリと鳴り、群衆の中に安堵の吐息が広がる。  

レティシアはその光景を黙って見ていた。  
怒りではなく、哀しみすら覚えるほどだった。  
これが、自分がかつて縛られていた“正義”の正体。  

エドガーがゆっくりと近づいてきた。  
兵士が鎖を外す。  
自由になった腕を、彼はそのままレティシアの肩に回した。  
「よくやった。もう、終わったな。」  
「終わりじゃありません。これから、一緒に生きていくための始まりです。」  

彼の瞳が細められ、温かく輝く。  
群衆が見守る中、二人はそっと微笑み合った。  

そして、その瞬間――誰もが気づいた。  
王国の“ざまぁ”が本当に下された瞬間を。  

権力に溺れた貴族たちが崩れ落ちる中で、かつての令嬢と罪人と呼ばれた男が、積み重ねた真実の上で手を取り合っていた。  

この日、王都は確かにひとつの秩序を失い、そして一つの愛の前に膝をついたのだった。  

続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹婚約者に追放された令嬢、異国の辺境で最強公爵に見初められ、今さら「帰ってきて」と泣かれてももう遅い

nacat
恋愛
婚約者である王太子に濡れ衣を着せられ、断罪の末に国外追放された伯爵令嬢レティシア。 絶望の果てにたどり着いた辺境の国で、孤高と噂の公爵に助けられる。 彼は彼女に穏やかに微笑み、たった一言「ここにいなさい」と囁いた。 やがてレティシアは、その地で新しい居場所と愛を見つける。 だが、彼女を見捨てた王太子が、後悔と未練を胸に彼女を追って現れて――。 「どうか許してくれ、レティシア……!」 もう遅い。彼女は優しく強くなって、誰より愛される人生を歩き始めていた。

婚約破棄されて去ったら、私がいなくても世界は回り始めました

鷹 綾
恋愛
「君との婚約は破棄する。聖女フロンこそが、真に王国を導く存在だ」 王太子アントナン・ドームにそう告げられ、 公爵令嬢エミー・マイセンは、王都を去った。 彼女が担ってきたのは、判断、調整、責任―― 国が回るために必要なすべて。 だが、それは「有能」ではなく、「依存」だった。 隣国へ渡ったエミーは、 一人で背負わない仕組みを選び、 名前が残らない判断の在り方を築いていく。 一方、彼女を失った王都は混乱し、 やがて気づく―― 必要だったのは彼女ではなく、 彼女が手放そうとしていた“仕組み”だったのだと。 偽聖女フロンの化けの皮が剥がれ、 王太子アントナンは、 「決めた後に立ち続ける重さ」と向き合い始める。 だが、もうエミーは戻らない。 これは、 捨てられた令嬢が復讐する物語ではない。 溺愛で救われる物語でもない。 「いなくても回る世界」を完成させた女性と、  彼女を必要としなくなった国の、  静かで誇り高い別れの物語。 英雄が消えても、世界は続いていく―― アルファポリス女子読者向け 〈静かな婚約破棄ざまぁ〉×〈大人の再生譚〉。

婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。 --

『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾
恋愛
内容紹介 王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。 涙を流して見せた彼女だったが── 内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。 実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。 エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。 そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。 彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、 **「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。 「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」 利害一致の契約婚が始まった……はずが、 有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、 気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。 ――白い結婚、どこへ? 「君が笑ってくれるなら、それでいい」 不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。 一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。 婚約破棄ざまぁから始まる、 天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー! ---

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾
恋愛
フォールス・アキュゼーション。お前に全ての罪がある」 王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロードは、自らの失策を公爵令嬢フォールスに押し付け、婚約を破棄。 さらに証拠隠滅のため、彼女を追放し、暗殺まで差し向ける。 ――彼女は、死んだことにされた。 だがフォールスは、生き延びた。 剣も魔法も持たず、復讐に燃えることもない。 選んだのは、前に出ないという生き方。 隣国で身を潜めながら、王弟エクイティ・フェアネス・ロイヤル・ロードのもと、 彼女は“構造の隣”に立つ。 暴かず、裁かず、叫ばない。 ただ、歪んだ仕組みを静かに照らし、 「選ばなかった者たち」を、自ら説明の場へと追い込んでいく。 切れない証人。 使えない駒。 しかし、消すこともできない存在。 これは、力で叩き潰すザマアではない。 沈黙と距離で因果を完成させる、知的で冷静な因果応報の物語。 ――前に出ない令嬢が、すべての答えを置いていく。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

処理中です...