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第三話 ヒロイン登場かと思えば、いきなりゲロをかけられました。
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船旅は快適だ。海はずっと見ていても飽きない。前世、船と言えば遊覧船くらいしか乗ったこと無いからな。海は松島と熱海、湖も諏訪湖、田沢湖、琵琶湖、中禅寺湖と香苗と一緒に乗ったものだ。
海は本当に綺麗だな…。クジラがザッパーンと海面から出てきた時は感動した。
そして俺はこの船旅で自分の装備品を作ることにした。積み荷運びの仕事は稼ぎになった。
だから俺は船旅の時に装備品を自作すべく材料と道具を揃えた。
布地はシートピアにいるおり、古くなった船の帆や、馬車の幌を安く買うことが出来た。
俺は洗浄の魔法で新品とは言わないが、清潔な状態に出来る。
革も革細工の店から端材を、ほとんどタダでもらうことが出来た。特技の裁縫スキルでつなぎ合わせれば、いい革素材の出来上がりだ。
俺は前世、娘と孫娘に駆り出されてコスプレ衣装をせっせと作らされたので、いつの間にか裁縫が得意となっており、グレンになってからは特技化していた。
作るのは革手袋、そして刃物も通さないケブラー手袋、高所活動には欠かせない安全ベルト、幸いにロープとカラビナはこの世界にもあった。膝と肘に装備する革のプロテクター、編み上げ靴、そして作業服だ。出来れば救助隊のオレンジにしたかったけれど悪目立ちするから紺色にした。
水魔法ってすごい。染物も出来るんだぜ。まあ、この世界の染物職人さんを敵に回すから大っぴらにやらないけれど。ヘルメットはちょっと無理だったので作業帽にしておく。
俺の一日は、この装備品制作と、ひたすら体力錬成、腕立て、スクワット、エアロビ、ボクササイズと体を鍛えまくる。八十五歳、老衰で死んだ俺、十八の体が嬉しくてならない。体が軽い、いくらでも動く。
「ふう…」
体力錬成と裁縫にひと段落つけて甲板に出てみる。
こっちにも太陽があり、そして夕暮れは美しい。俺はいつものお気に入りの場所へと向かったが、今日は先約がいた。ほう、俺の前世と同じ黄色人種ではないか。夕日が何とも映える長い黒髪がいいな。違う場所にする……
「えっ?」
何と、その女は船から海に飛び込もうとしていた。
「おいっ!なにを」
「死なせ…おうええええっ!」
「うわばらっ!」
いきなり嘔吐物を顔に吐かれた。しかし水だけのよう。
「おえええっ」
「おいおい…。ちょっと背中に触れるぞ…」
「はあはあ…」
女の背中をさすった。
「船酔い、かなりつらそうだな…」
「…もう耐えられない、いっそのこと楽になりたくて…。うっ、ううう…」
「だったら、どうして船に…」
「知らなかったのよ、自分がこんなに船酔いがひどいって…。西の大陸東端の町に着くまで、まだしばらくかかるし、もう限界…」
「う~ん、治癒魔法の応用で何とかなるかな?」
「え?」
『ヒール…。この女性から船酔いから救いたまえ…』
「……!?」
「どう?」
「うっ、うそ、さっきまで、あんなに苦しかったのに…」
「そうか、良かったな」
「あ、あの…」
「ああ、ここ最近、水しか受け付けなかったのなら、いきなり肉や魚を食べちゃダメだ。軟らかく煮た野菜のスープくらいにしておきなさい」
「は、はい」
「分かったら部屋に入って休んでな。船酔いの苦痛を取り除いても失われた体力までは戻せない。ゆっくり眠って」
「ありがとう…。でも…すいません…。この苦しみから解放されたら強烈な眠気が…。204号室のサナ…」
「…世話が焼ける女だな…」
もちろん、サナと言うキャラクターは物語の中で存在しないが、俺はもう戸惑うことも驚くこともない。もうここは現実なのだから。アランがグレンに『ざまぁ』する物語は、この広い世界の、ほんの片隅で起きたことに過ぎない。
サナを背負って204号室の船室に行くと、施錠もされていなかった。
部屋に入ると吐しゃ物の強烈な臭いがすごい。トイレまで吐くのが間に合わなかったことが幾度かあったのだろう。そして、それを掃除する気力も船酔いによって湧くはずもない、か。
俺はサナを背負ったまま水魔法の応用で室内に洗浄の魔法をかけた。吐しゃ物の染みがついたベッドもだ。そして彼女を寝かせて部屋を出て行き、また戻ってきた。差し入れだった。今日の夕食時に起きることは出来ないだろう。
「結局、今日の夕日は見られなかったが、まあ自損事案一件未然に防げたと思えばな」
俺はサナの部屋に差し入れを置いたあと、そのまま大食堂へと向かい夕食、その後は就寝まで裁縫に励んだ。
そして翌朝、俺は朝焼けを見に昨日とは真逆の位置にあるお気に入りの場所に。
前世、海なし県で生まれて、高校卒業と共に上京し、俺は関東消防局に勤めた。新宿、池袋、ビル街、人混みが絶えない地で働いてきた。
だから、こんな現地の人が何とも思わない当然の景色がたまらなく愛おしい。ずっと見ていても飽きない。
「あの…」
昨日出会ったサナと言う女だった。
「美味しかった…。野菜のスープ、部屋もあんなに綺麗にしてくれて…」
サナの部屋に置いたのは、俺自身がアドバイスをした野菜のスープ、野菜を細切れにして塩とトマトの味付けだけの素朴なスープ、鍋に蓋して彼女の部屋のテーブルにメモと共に置いた。
『起きたら、温めて食べて下さい。夕方に甲板で会った男より』
サナはちゃんと鍋を洗って返してきた。
「確かに。で、どうかな、船酔いは」
「嘘みたいに消えました。何てお礼を言えばいいのか…」
「なに、同じ船に乗り合うのも縁だろう」
「改めて…私はサナ、十七歳よ。貴方は?」
「俺はバレンシアから西の大陸を目指す旅の者ケンジだ。十八」
「ケンジさんね…。西の大陸では?」
「目的地は決めていないよ。旅から旅へ、気に入った町で素敵な女性と巡り合えたら、そこに落ち着くのもいいかな」
「私はカノンダ帝国から逃げてきたの。危うくクズ親父のこさえた借金を背負わされ、娼館に売られそうになったから…。親に内緒で貯めていたお金と簡単な着替えだけ持って港に駆けて船に乗せてもらったの」
カノンダ帝国、バレンシアの南に大河を挟んで隣接する国だ。
どうやら彼女は俺より先に、この船に乗っていたらしい。シートピアに寄港した時に俺は乗船したのだから。船酔い、苦しかったろうな。昨日会った時は、もう心身ともに限界だったわけだ。
「ひどい親もいたものだな…」
「商売が傾きかけてからは本当にひどかったわ…。暴力がひどくて、お母さんは私を置いて出ていっちゃうし」
八十五年も生きると人の機微も分かる。この女が嘘は言っていないことは確かなようだ。
消防士と云う人間は、こういう不幸せな女に弱い。
「だからね…。貴方が作ってくれたスープ…。すごく嬉しくて…」
涙ぐんでいる。少し驚いた。簡単に作ったスープでそんなに喜んでくれるなんて。
「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」
こうして、俺はサナと朝と夕に甲板で逢瀬を重ね、そろそろ目的地である西の大陸東端に着く前日、ついに一線を越えた。
熱烈な情事を終えて、裸身で触れ合う俺たち。
「サナ、西の大陸に着いても、特に目的地が無いのなら一緒に来るか?」
「いいの?」
「盗賊やモンスターが普通に出てくる物騒な世の中だしな…。女の一人旅は危険だろうし、何より君と一緒にいたい」
「ありがとう…」
行為が少し激しかったか、サナは微笑みながら眠ってしまった。久しぶりの女体じゃったからのう…。しかし中身が実年齢八十五歳の男が十七歳の娘を抱く…。爺とひ孫の年齢差、犯罪じゃのう。あ、年寄り言葉に戻ってしまったわい。わははは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺とサナの乗る船はついに西の大陸東端の港町、ダーフィーに到着した。
二人して陸地に降りるや、思い切り体を伸ばした。
「「ん~っ!」」
今の俺たちは消防士風体だが、幸い特に目立っている様子はない。現にサナも、編み上げ靴や安全ベルトについてそんなに驚かなかった。それはそうだ。すべて、この世界で調達できる道具と材料で作ったのだから。
ただ『すぐに商業ギルドに特許申請と登録商標をしておいた方がいい』とアドバイスをもらった。さすがは商人の娘だな。
元々自分用に数多く作るつもりだったので素材は豊富に揃えてから船に乗った。同じ装備をサナにもプレゼント、女の子への贈り物には華に欠けるが喜ばれた。
商業ギルドに到着し、品々を見せた。
「これは見事な革靴ですね。靴底とつま先に鉄板を仕込むとは」
特許の取得と商標登録の申請。ギルド職員は興味深く一品一品を見ていく。
「これは編み上げ靴と言いまして、こいつが革手袋、ケブラー手袋、安全帯、いやいや安全ベルトになります。サンプルも渡しますので」
「この安全ベルトは良いですな。高いところでの作業の落下事故が防げますよ」
「必要なものは発明に繋がります。売っていなかったから自分で作りました」
サナにブランド化すべきとアドバイスをもらった。だから各品に『KENJI』の文字を入れた。
商標登録と同時に商業ギルドに登録。冒険者ギルドは登録のさいにステータスが表示される水晶玉に触れなくてはならない。だから登録するなら商業ギルドの方が都合はいい。商人に魔力やレベルなんてステータスは無意味だからな。
俺とサナはギルドカードを手に入れた。魔石で作られたプレートで身分証と預金通帳にもなる。サンプルを渡し、作り方を説明すれば、あとは商業ギルドに丸投げだ。ギルドの建物自体に来る必要もない。特許と商標により生じた利益はギルドカードに直接振り込まれる。すごいなぁ魔法文化。
「この作業服も特許と商標取った方がいいと言われるとは思わなかったよ」
「荒事に無縁な私でも、こんな丈夫で動きやすい服があったら、と思うよ。まあ女の子としてはおしゃれとは言えないけれど旅装にはピッタリだし」
「何が幸いするか分からないな。俺としては船旅の暇つぶしを兼ねて旅の備えをしていただけなのに。まあ、大陸に着くや早々定期収入のメドが立ったのは嬉しい」
「だけど、特許と商標による利益が振り込まれるのは少し先、当面どうする?」
「港町だし、また積み荷運びに精を出すか。ゴルダーがギルドカードに振り込まれるのは一月後、それまでは、この町で暮らし路銀を稼ぐとしよう」
「そうね、私も給仕の仕事を探すわ。それと…」
「ん?」
「武芸を教えて」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから一月、アッと言う間に過ぎた。俺は港の積み荷運びの仕事、サナは港近くの食堂で給仕として働き、日中を過ごした。夕方からサナの武芸の稽古。消防士の武器と言えば『斧』だ。そしてサナは槍を得物とし、俺との実戦形式で稽古を続けた。と、言っても模擬武器だけど。
サナは言った。もう暴力に怯えるのはまっぴら、弾き返せるほどの力が欲しいと。
それにサナは美少女だ。当然、悪い男に狙われかねない。俺が付いていれば守れるだろうが、町でも外でも、つきっきりでいることは出来ないのだから自分を守るためにも強くなりたいと言うのだ。
魔力はないサナ、武芸でとことん強くなるしかない。だから俺も腹を括って稽古をつけることにした。グレンは落ちぶれたとはいえ元勇者だから武芸は本物だ。だから彼の記憶と経験で俺も体が動く。俺も斧(上)に驕らずサナと打ち合う日々。
サナは真剣そのもの。だから上達も早かった。実戦形式の稽古では俺に鬼の形相でかかってくるけれど、夜のベッドでは可愛いんだ。
明日、カードに振り込まれたお金を現金化したら旅立ちの時だ。期待に胸膨らませて、今夜もサナと愛し合う。
そして情事のあと。
「ねえ」
「ん?」
「私って…貴方のお嫁さんだよね」
「俺はそう思うのだけど…結婚式もあげてないし、役所に何の届け出もしていなかったな。考えてみれば」
「いやカノンダ帝国には結婚するのに、わざわざ役場に書類の提出なんかしないけれど、バレンシアはそうなの?」
「いや、バレンシアも無い。イベントがあるとすれば、身内や友人を集めて『私たち夫婦になりましたー』というお披露目パーティーやる程度だよ」
これはグレンの記憶が教えてくれた。
「じゃあ、私たち夫婦になろうね、と互いに認め合ったらいいわけだよね」
「そうだな」
「それじゃ改めて…」
「いや、俺から言わせてほしい。サナ、俺のお嫁さんになってくれ」
「はい、喜んで」
「てなわけで、もう一発いいかな」
「無理、腰がガクガク」
「そっかぁ…」
「次の町でもう一人くらい見つけたら?私も相手出来ない時あるだろうし」
この世界、それなりの男だったら複数の妻がいて当然なのだ。一夫多妻だ。
彼女もそれが当たり前だと思っているから嫉妬心など起きないわけだ。所変われば、だ。
「そうだな…。見つけてみるよ」
結婚した。いずれ子供も出来るだろう。サナはどう思っているのかは知らないが旅から旅の風来坊でいるのは難しいと、この時判断した。
俺とサナの二人旅は、そんなに長く続けられることではないかもしれない。
西の大陸の国々の情報を今のうちから集めて、落ち着く国を考えておこう。
海は本当に綺麗だな…。クジラがザッパーンと海面から出てきた時は感動した。
そして俺はこの船旅で自分の装備品を作ることにした。積み荷運びの仕事は稼ぎになった。
だから俺は船旅の時に装備品を自作すべく材料と道具を揃えた。
布地はシートピアにいるおり、古くなった船の帆や、馬車の幌を安く買うことが出来た。
俺は洗浄の魔法で新品とは言わないが、清潔な状態に出来る。
革も革細工の店から端材を、ほとんどタダでもらうことが出来た。特技の裁縫スキルでつなぎ合わせれば、いい革素材の出来上がりだ。
俺は前世、娘と孫娘に駆り出されてコスプレ衣装をせっせと作らされたので、いつの間にか裁縫が得意となっており、グレンになってからは特技化していた。
作るのは革手袋、そして刃物も通さないケブラー手袋、高所活動には欠かせない安全ベルト、幸いにロープとカラビナはこの世界にもあった。膝と肘に装備する革のプロテクター、編み上げ靴、そして作業服だ。出来れば救助隊のオレンジにしたかったけれど悪目立ちするから紺色にした。
水魔法ってすごい。染物も出来るんだぜ。まあ、この世界の染物職人さんを敵に回すから大っぴらにやらないけれど。ヘルメットはちょっと無理だったので作業帽にしておく。
俺の一日は、この装備品制作と、ひたすら体力錬成、腕立て、スクワット、エアロビ、ボクササイズと体を鍛えまくる。八十五歳、老衰で死んだ俺、十八の体が嬉しくてならない。体が軽い、いくらでも動く。
「ふう…」
体力錬成と裁縫にひと段落つけて甲板に出てみる。
こっちにも太陽があり、そして夕暮れは美しい。俺はいつものお気に入りの場所へと向かったが、今日は先約がいた。ほう、俺の前世と同じ黄色人種ではないか。夕日が何とも映える長い黒髪がいいな。違う場所にする……
「えっ?」
何と、その女は船から海に飛び込もうとしていた。
「おいっ!なにを」
「死なせ…おうええええっ!」
「うわばらっ!」
いきなり嘔吐物を顔に吐かれた。しかし水だけのよう。
「おえええっ」
「おいおい…。ちょっと背中に触れるぞ…」
「はあはあ…」
女の背中をさすった。
「船酔い、かなりつらそうだな…」
「…もう耐えられない、いっそのこと楽になりたくて…。うっ、ううう…」
「だったら、どうして船に…」
「知らなかったのよ、自分がこんなに船酔いがひどいって…。西の大陸東端の町に着くまで、まだしばらくかかるし、もう限界…」
「う~ん、治癒魔法の応用で何とかなるかな?」
「え?」
『ヒール…。この女性から船酔いから救いたまえ…』
「……!?」
「どう?」
「うっ、うそ、さっきまで、あんなに苦しかったのに…」
「そうか、良かったな」
「あ、あの…」
「ああ、ここ最近、水しか受け付けなかったのなら、いきなり肉や魚を食べちゃダメだ。軟らかく煮た野菜のスープくらいにしておきなさい」
「は、はい」
「分かったら部屋に入って休んでな。船酔いの苦痛を取り除いても失われた体力までは戻せない。ゆっくり眠って」
「ありがとう…。でも…すいません…。この苦しみから解放されたら強烈な眠気が…。204号室のサナ…」
「…世話が焼ける女だな…」
もちろん、サナと言うキャラクターは物語の中で存在しないが、俺はもう戸惑うことも驚くこともない。もうここは現実なのだから。アランがグレンに『ざまぁ』する物語は、この広い世界の、ほんの片隅で起きたことに過ぎない。
サナを背負って204号室の船室に行くと、施錠もされていなかった。
部屋に入ると吐しゃ物の強烈な臭いがすごい。トイレまで吐くのが間に合わなかったことが幾度かあったのだろう。そして、それを掃除する気力も船酔いによって湧くはずもない、か。
俺はサナを背負ったまま水魔法の応用で室内に洗浄の魔法をかけた。吐しゃ物の染みがついたベッドもだ。そして彼女を寝かせて部屋を出て行き、また戻ってきた。差し入れだった。今日の夕食時に起きることは出来ないだろう。
「結局、今日の夕日は見られなかったが、まあ自損事案一件未然に防げたと思えばな」
俺はサナの部屋に差し入れを置いたあと、そのまま大食堂へと向かい夕食、その後は就寝まで裁縫に励んだ。
そして翌朝、俺は朝焼けを見に昨日とは真逆の位置にあるお気に入りの場所に。
前世、海なし県で生まれて、高校卒業と共に上京し、俺は関東消防局に勤めた。新宿、池袋、ビル街、人混みが絶えない地で働いてきた。
だから、こんな現地の人が何とも思わない当然の景色がたまらなく愛おしい。ずっと見ていても飽きない。
「あの…」
昨日出会ったサナと言う女だった。
「美味しかった…。野菜のスープ、部屋もあんなに綺麗にしてくれて…」
サナの部屋に置いたのは、俺自身がアドバイスをした野菜のスープ、野菜を細切れにして塩とトマトの味付けだけの素朴なスープ、鍋に蓋して彼女の部屋のテーブルにメモと共に置いた。
『起きたら、温めて食べて下さい。夕方に甲板で会った男より』
サナはちゃんと鍋を洗って返してきた。
「確かに。で、どうかな、船酔いは」
「嘘みたいに消えました。何てお礼を言えばいいのか…」
「なに、同じ船に乗り合うのも縁だろう」
「改めて…私はサナ、十七歳よ。貴方は?」
「俺はバレンシアから西の大陸を目指す旅の者ケンジだ。十八」
「ケンジさんね…。西の大陸では?」
「目的地は決めていないよ。旅から旅へ、気に入った町で素敵な女性と巡り合えたら、そこに落ち着くのもいいかな」
「私はカノンダ帝国から逃げてきたの。危うくクズ親父のこさえた借金を背負わされ、娼館に売られそうになったから…。親に内緒で貯めていたお金と簡単な着替えだけ持って港に駆けて船に乗せてもらったの」
カノンダ帝国、バレンシアの南に大河を挟んで隣接する国だ。
どうやら彼女は俺より先に、この船に乗っていたらしい。シートピアに寄港した時に俺は乗船したのだから。船酔い、苦しかったろうな。昨日会った時は、もう心身ともに限界だったわけだ。
「ひどい親もいたものだな…」
「商売が傾きかけてからは本当にひどかったわ…。暴力がひどくて、お母さんは私を置いて出ていっちゃうし」
八十五年も生きると人の機微も分かる。この女が嘘は言っていないことは確かなようだ。
消防士と云う人間は、こういう不幸せな女に弱い。
「だからね…。貴方が作ってくれたスープ…。すごく嬉しくて…」
涙ぐんでいる。少し驚いた。簡単に作ったスープでそんなに喜んでくれるなんて。
「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」
こうして、俺はサナと朝と夕に甲板で逢瀬を重ね、そろそろ目的地である西の大陸東端に着く前日、ついに一線を越えた。
熱烈な情事を終えて、裸身で触れ合う俺たち。
「サナ、西の大陸に着いても、特に目的地が無いのなら一緒に来るか?」
「いいの?」
「盗賊やモンスターが普通に出てくる物騒な世の中だしな…。女の一人旅は危険だろうし、何より君と一緒にいたい」
「ありがとう…」
行為が少し激しかったか、サナは微笑みながら眠ってしまった。久しぶりの女体じゃったからのう…。しかし中身が実年齢八十五歳の男が十七歳の娘を抱く…。爺とひ孫の年齢差、犯罪じゃのう。あ、年寄り言葉に戻ってしまったわい。わははは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺とサナの乗る船はついに西の大陸東端の港町、ダーフィーに到着した。
二人して陸地に降りるや、思い切り体を伸ばした。
「「ん~っ!」」
今の俺たちは消防士風体だが、幸い特に目立っている様子はない。現にサナも、編み上げ靴や安全ベルトについてそんなに驚かなかった。それはそうだ。すべて、この世界で調達できる道具と材料で作ったのだから。
ただ『すぐに商業ギルドに特許申請と登録商標をしておいた方がいい』とアドバイスをもらった。さすがは商人の娘だな。
元々自分用に数多く作るつもりだったので素材は豊富に揃えてから船に乗った。同じ装備をサナにもプレゼント、女の子への贈り物には華に欠けるが喜ばれた。
商業ギルドに到着し、品々を見せた。
「これは見事な革靴ですね。靴底とつま先に鉄板を仕込むとは」
特許の取得と商標登録の申請。ギルド職員は興味深く一品一品を見ていく。
「これは編み上げ靴と言いまして、こいつが革手袋、ケブラー手袋、安全帯、いやいや安全ベルトになります。サンプルも渡しますので」
「この安全ベルトは良いですな。高いところでの作業の落下事故が防げますよ」
「必要なものは発明に繋がります。売っていなかったから自分で作りました」
サナにブランド化すべきとアドバイスをもらった。だから各品に『KENJI』の文字を入れた。
商標登録と同時に商業ギルドに登録。冒険者ギルドは登録のさいにステータスが表示される水晶玉に触れなくてはならない。だから登録するなら商業ギルドの方が都合はいい。商人に魔力やレベルなんてステータスは無意味だからな。
俺とサナはギルドカードを手に入れた。魔石で作られたプレートで身分証と預金通帳にもなる。サンプルを渡し、作り方を説明すれば、あとは商業ギルドに丸投げだ。ギルドの建物自体に来る必要もない。特許と商標により生じた利益はギルドカードに直接振り込まれる。すごいなぁ魔法文化。
「この作業服も特許と商標取った方がいいと言われるとは思わなかったよ」
「荒事に無縁な私でも、こんな丈夫で動きやすい服があったら、と思うよ。まあ女の子としてはおしゃれとは言えないけれど旅装にはピッタリだし」
「何が幸いするか分からないな。俺としては船旅の暇つぶしを兼ねて旅の備えをしていただけなのに。まあ、大陸に着くや早々定期収入のメドが立ったのは嬉しい」
「だけど、特許と商標による利益が振り込まれるのは少し先、当面どうする?」
「港町だし、また積み荷運びに精を出すか。ゴルダーがギルドカードに振り込まれるのは一月後、それまでは、この町で暮らし路銀を稼ぐとしよう」
「そうね、私も給仕の仕事を探すわ。それと…」
「ん?」
「武芸を教えて」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから一月、アッと言う間に過ぎた。俺は港の積み荷運びの仕事、サナは港近くの食堂で給仕として働き、日中を過ごした。夕方からサナの武芸の稽古。消防士の武器と言えば『斧』だ。そしてサナは槍を得物とし、俺との実戦形式で稽古を続けた。と、言っても模擬武器だけど。
サナは言った。もう暴力に怯えるのはまっぴら、弾き返せるほどの力が欲しいと。
それにサナは美少女だ。当然、悪い男に狙われかねない。俺が付いていれば守れるだろうが、町でも外でも、つきっきりでいることは出来ないのだから自分を守るためにも強くなりたいと言うのだ。
魔力はないサナ、武芸でとことん強くなるしかない。だから俺も腹を括って稽古をつけることにした。グレンは落ちぶれたとはいえ元勇者だから武芸は本物だ。だから彼の記憶と経験で俺も体が動く。俺も斧(上)に驕らずサナと打ち合う日々。
サナは真剣そのもの。だから上達も早かった。実戦形式の稽古では俺に鬼の形相でかかってくるけれど、夜のベッドでは可愛いんだ。
明日、カードに振り込まれたお金を現金化したら旅立ちの時だ。期待に胸膨らませて、今夜もサナと愛し合う。
そして情事のあと。
「ねえ」
「ん?」
「私って…貴方のお嫁さんだよね」
「俺はそう思うのだけど…結婚式もあげてないし、役所に何の届け出もしていなかったな。考えてみれば」
「いやカノンダ帝国には結婚するのに、わざわざ役場に書類の提出なんかしないけれど、バレンシアはそうなの?」
「いや、バレンシアも無い。イベントがあるとすれば、身内や友人を集めて『私たち夫婦になりましたー』というお披露目パーティーやる程度だよ」
これはグレンの記憶が教えてくれた。
「じゃあ、私たち夫婦になろうね、と互いに認め合ったらいいわけだよね」
「そうだな」
「それじゃ改めて…」
「いや、俺から言わせてほしい。サナ、俺のお嫁さんになってくれ」
「はい、喜んで」
「てなわけで、もう一発いいかな」
「無理、腰がガクガク」
「そっかぁ…」
「次の町でもう一人くらい見つけたら?私も相手出来ない時あるだろうし」
この世界、それなりの男だったら複数の妻がいて当然なのだ。一夫多妻だ。
彼女もそれが当たり前だと思っているから嫉妬心など起きないわけだ。所変われば、だ。
「そうだな…。見つけてみるよ」
結婚した。いずれ子供も出来るだろう。サナはどう思っているのかは知らないが旅から旅の風来坊でいるのは難しいと、この時判断した。
俺とサナの二人旅は、そんなに長く続けられることではないかもしれない。
西の大陸の国々の情報を今のうちから集めて、落ち着く国を考えておこう。
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この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
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