レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか

宮崎世絆

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学園編

7 初っ端からフラグ踏み抜いたんだよ

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 学園長は新入生徒を一通り眺めると、触っていた髭から手を下ろして、ゆっくりと語りかけた。

「新入生の諸君、入学おめでとう。儂が、アトランス魔術学園の学園長アルパスじゃ。
さて、せっかくの機会。少しばかりこのアトランス魔術学園の話をしておこうかの。
この学園は、アトランス公国が建国と同時期に創立した大変歴史のある学園でな。魔術に関するあらゆる学問を学ぶことが出来る。魔術の基礎から応用は勿論、魔法や魔導具の研究など。自身の希望する学問を自由に選べる。
また、才のある者は武術、はたまた経営学、皆は既に学んでいるであろうノブレス・オブリージュ。その先にある、帝王学を極めるなど。魔術以外であっても幅広く学ぶことも出来る、唯一無二の学園じゃ。
ここで四年間、大いに学ぶが良い。そして将来、アトランス公国の発展に貢献出来る素晴らしい人材に成長してくれることを、儂は切に願っておるよ」

 ホッホッホッと笑いながら降壇していく姿を見つめながら、思わず膝の上に置いた手を拳状に強く握りしめた。

(ア、アルパス学園長だとぉ!? 何そのニアミスな名前! もしや「ダンブル○ア学園長!」と呼ばせようと企む運営者の罠か!? ……クッ! そう呼んだらなんだか負けた気がする……!!)

『これにて、入学式を終了します。今からチャイムが鳴るまでの時間で、休憩を設けます。講堂の入り口に教室の案内表が新たに貼り出されているので、確認の上、休憩時間内に各教室に向かって下さい。
時間は二十分ほどあります。休憩時間の間は自由に行動して構いませんが、入室には遅れないように。教室にいる担任教師の指示に従って下さい。では、今から自由に解散して下さい』

 全体の照明が明るく戻り、案内を聞いた生徒達は幾分眠たそうにぞろぞろと講堂から退出していく。
 そんな中、ソレイユは拳を握り締めたまましばらく席から動けなかった。



(……はっ、いけない。ダンブル○ア学園長の事は一旦忘れて、私もそろそろ教室に向かわないと!)

 数分後、我に返ったソレイユは、まばらにだが生徒が残っている講堂から足早に外へ出た。



「……君……」
「……っさい……」

(ん?)

 教室の案内表を確認して講堂から本館に向かう道すがら、どこからか言い合いのような声がかすかに聞こえた気がした。

(……もしかして、初日早々喧嘩でもしてる?)

 何となく気になったソレイユは声のした方へ足を運んでみると、講堂の横の雑木林の奥から確かに声が聞こえた。

 気配を殺して歩みを進めると、見通しの悪い奥まった場所で新入生らしき二人の男子生徒が何やら口論していたので、二人に気付かれないよう幹に隠れながら聞き耳を立てた。

「だ、だから。ぼ、僕は、ロア君の魔力測定の時の魔法が凄かったなと思って。それで声を、かけただけで……」
「だから。何でお前なんかが、この俺に気安く声をかけてんだよ!」

 ロアという名らしき赤い髪に青い瞳の美形生徒は、そう言っていきなり相手の生徒を突き飛ばした。

「……さっきから馴れ馴れしくしてきやがって。いい加減、心底鬱陶しいんだよ!」

 倒れた生徒を更に足で踏みつけようと脚を上げたのを見て、ソレイユは咄嗟に魔法を行使した。

水の球ウォーターボール!」

 勢いよく放たれた水の球体はロアの頭に命中したが、球は崩れる事なくそのまま頭全体をスッポリと覆った。

「?!ガバガバ?!」

 突然顔だけ水に覆われたロアは、慌てた様子で水の球を外そうともがいている。
 しかし、水の中に手が入り込むだけで球自体を掴むことが出来ないことに、かなり混乱しているようだ。

 そんなロアを尻目に、ソレイユは倒れた生徒に近づく。

 突き飛ばされた、茶色の髪に茶色の瞳の普メン。
 失礼だが、ぶっちゃけモブ顔の気の弱そうな生徒は、尻もちをついてまだ動けないでいた。

「ちょっと、貴方大丈夫? 立てるなら、ここは私に任せてさっさと行ったほうがいいよ?」
「ご、ごめん……!」

 そう言って慌てて立ち上がると、本館に向かって逃げるように走って行った。


「さてと」

 デコピンするように自分の指を弾くと、ロアの頭を覆っていた水の球体は弾けるように消え失せた。

 ようやく息が出来た頭だけがずぶ濡れのロアは、よろけながら懸命に息を整えていた。

「ハアハアハア……いっ一体誰だ!? だ、誰がこんな、魔法を……」
「はい、私」

 軽く手を挙げて答える。

 手を挙げたソレイユを、息を乱しながらロアは睨みつけた。

「いきなり何しやがるんだお前!!」
「それはこっちの台詞。今の水魔法は貴方の頭を冷やしてあげただけ。……いきなり生徒を突き飛ばすなんて、貴方こそ何をしているのよ?」

 ロアは濡れた前髪を鬱陶しそうにかき上げた。

「……平民並に魔力量の低い下層な奴が、馴れ馴れしくこの俺に声をかけてきたからだ。俺はただ苦言を呈していただけだ」
「……ハア? なにそれ。馴れ馴れしくって、さっきの生徒は謙遜してたじゃない! それに魔力が低いって、学園に通える子の魔力が低いわけないでしょうが!」
「現にアイツは魔力量が少ないと言っていた。なら平民並だと言うのが妥当だろ」
「仮に、彼が平民並みだったとして。それで何か問題ある? 別に何も無いじゃない。例えばもし彼が平民だったとしても、虐げていい訳ないでしょう!?」

「……なんだお前。随分と平民に肩を持つ言い方だな? ……もしかして、お前がその平民だ。とでも言いたいのか?」

「ハァ……。もし、そうだって言ったら?」

 ロアは汚いモノを見るようにソレイユを見た。

「今すぐにでも学園を辞めることだな。平民の魔力持ちなんて、仮に貴族の養子になったとしても結局下層の魔力量しかないだろ。ギリギリ入学出来たかも知れないが、低級の魔法しか使えない奴なんて学園にいても邪魔なだけだ!」

 それを聞いたソレイユは、馬鹿にしたように鼻で笑った。

「はっ!! 私のな水魔法で、もがき苦しんでたくせにねー? 自分で解除すら出来なかったくせにー? まあ随分と偉そーなんですねー?」

「なっ!! こ、この女! 下層の分際で!!」

 顔を赤らめたロアは堪忍袋の尾が切れたのか、ソレイユに掴み掛かろうと手を伸ばして近づいてきた。

「アンタさ、さっきから下層下層と。……いい加減…平民を、見下すなぁぁ!!」
「は? ぁブゥッッ?!」

 胸ぐらを掴もうとするロアの手が届く前にソレイユは右手を振るい、手のひらがロアの左頬にクリーンヒットした。

 ロアは勢いよく横に吹っ飛び、強く殴り過ぎたせいかロアの身体は力のモーメントが働いたかのように宙で回転して、そのまま地面に勢いよく大の字に倒れた。


 誰かが見ていたのか何処からか悲鳴が聞こえ、その悲鳴にハッと我に返った。


 講堂に残っていた生徒も今の騒ぎに気が付いたのか、次々に集まってきた生徒達で辺りは騒然となった。


(……や、やっちまった……!)


 ついカッとなって無意識のうちにぶっ飛ばしてしまった。
 自分の仕出かした事の重大さに、今更ながらに気が付いた。

 破滅を防ぐために、あれ程練りに練った『これで完璧! 平穏な学生生活エンジョイ♡計画』の目論見その一。

『入学初日は目立たずに過ごす』

 これが今まさに水泡に帰すこととなったのだ。

(せっかく考えた計画が、おじゃん……だ)

 ソレイユは失意の面持ちのまま、重い足取りでロアに近づく。
 ロアの顔を見た瞬間、死んだ魚の眼から一転。射るような眼差しで、殺意丸出しなまま見下ろした。

 ちゃんと手加減したので、ロアは死んでいる訳ではなくただショックで気を失っているだけの様だ。

 だが、ずぶ濡れの左頬が手形状に腫れ上がっていた。


(……ハア。まあ、やっちまったものはしょうがないか)

 コイツ…このロアの態度はどうしても許せなかった。

 『貴族なのだから平民を蔑ろにして当然だ』と言いたげな態度が、前世の記憶を持つソレイユの道徳心を酷く刺激したのだ。
 せっかくの計画が台無しだが、ビンタでぶっ飛ばした事への後悔は微塵も無い。一ミクロンたりとも、素粒子も無かった。


(一応、学園には決闘制度とかあるし。多分退学にはならないとは思うけど。……絶対に学園長辺りから、ものすんごくお説教されそう……)


 憂鬱に立ち竦んでいると、程なくして騒動を聞き付けた職員達がやって来た。

 気を失っているロアを担架に乗せて運び出し、現場で騒然としている生徒達を本館へと移動させた。


 その後、ソレイユは職員に連れられて職員室にて事情聴取を受けた後、そのまましばらく待機させられていたが。
 案の定、すぐさま学園長からの呼び出しを食らった。

「場所は分かりますから」と言って職員の付き添いを断り、一人で学園長室に赴くことにした。
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