レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか

宮崎世絆

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幼少期編

38 ユリウスお兄様とお別れなんです

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 転写書を受け取った日から数日があっという間に過ぎて、とうとうユリウスが魔術学園に入学する日が来てしまった。

 レティシアはいつもより早く目が覚めてしまい、朝を迎えてからずっと、この世の終わりのような気持ちだった。

 着替えを手伝っているシシリーは、心痛む面持ちのレティシアを見て呆れた様に笑っている。

「レティシア様ー、ユリウス様とは毎日連絡取れるんだし、そんな深刻に考えなくても良いのではないですかー? 私は毎日連絡のやり取りをする方が苦痛ですけどねー」
「シシリー、ユリウス兄様を見送ったら特訓再開しようねー? 何だか今日は、物凄ーい魔法でシシリーに殺れ勝てそうな気がするー」
「おっお嬢様! ちょっと早いですが、朝食のお時間でございますです! ささ、参りましょ!!」

 シシリーは慌ててレティシアの支度を完了させると、急ぎ足で部屋の扉を開けた。


 今日の朝食が済めば、ユリウスは学園へと旅立つ。

 最後の晩餐ならぬ最後の朝餐の様に感じてしまう。到着したダイニングには既にユリウスが座っていた。
 普段と違うレティシアの様子に、やや困った顔で微笑んだ。

「おはようレティ」
「……おはようお兄様……」

 レティシアが席に着くと、ちょうどレオナルドとルドルフを抱いたルシータが到着した。

「おはよう二人共」
「おはよう!! 今日は二人共早いな!! まあ、ユリウスの初登校だ! 無理もないか!!」
「おはようございます。義父様、義母様。それにルドルフも」
「……おはようございます。おはよう、ルルー」

 あからさまに元気の無いレティシアに、レオナルドとルシータは先ほどのユリウスに似た表情を浮かべて、席に着いた。ルドルフはおねむなのか、シンリーに預けられた。

「レティ! 寂しいのは分かるが、せっかくのユリウスの門出なんだ! ユリウスが気兼ねなく学園に行けるように、もう少し元気な振りをしてはどうだ!!」
「……はい、お母様」
「レティが浮かぬ顔だと、ユリウスも要らぬ心配をする。しっかりしなさい」
「……ごめんなさい、お父様」

 ごもっともな意見にグウの音も出ない。レティシアは何とか笑みを浮かべようとするが、唇の端がヒクついただけで、何とも言えない表情を浮かべる事しか出来なかった。

 そんなレティシアの様子に、レオナルドとルシータは諦めたようにため息を吐いた。話をしている間にテーブルには既に朝食の用意が済んでいた。

「とりあえず朝食にしよう。『いただきます』」
「「「いただきます」」!!」



 ***




 いつもより会話の少ない朝食となってしまい、さすがに自分の態度は良くないと思ったレティシアは、学園に向かう時間になるまでリビングで家族で過ごそうと提案した。

 学園への移動は、以前アトランス宮殿へ行く時に使用した転移用魔法陣が使われる。

 ユリウスは移動する前に変装石を使用するらしい。その後正体がバレないようランダムに、寮の自室へそのまま転送されるそうだ。

 変装石使用中の姿は、家族にさえ見せてはいけないそうなので、転移用魔法陣がある建物の中に他の者は入れない。

 レティシアは努めて元気に振る舞い、僅かな家族団らんの時間を過ごしていると、あっという間に出発の時間となってしまった。

「……そろそろ時間かな」

 ユリウスはソファから立ち上がった。

「ユリウス。あまり気負わずに、だがしっかり学んで来なさい」
「はい、義父様」
「ユリウス!! レティの事は我々がしっかりと見張っておくので、気兼ねなく学んで来ると良い!!」
「よろしくお願いします、義母様」
「ちょっとお母様! 見張るってどういう事?! お父様も何でうなずいてるの?!」
「レティは何をしでかすか分からないからな」
「レティは何をしでかすか分からない!!」
「レティは何をしでかすか分からないからね」

 レティシアの信頼度はかなり低い事が証明された。

「もうっっ! みんなして!!」

 レティシアが膨れっ面を作ると、三人は声を上げて笑った。それと同時に応接間の扉をノックする音が鳴った。

「……時間だね。じゃあ、行くね」

 ユリウスは扉に向かい歩き出した。

「まっ待って兄様、途中まで一緒に行く!」

 レティシアは慌てて立ち上がると、ユリウスを追いかけた。ユリウスは嬉しそうに微笑むと、レティシアの手を握り、反対側の手で扉を開けた。

 扉を閉める前に、ユリウスはレオナルドとルシータに深くお辞儀をした。

「「行ってらっしゃい」!!」

 レオナルドとルシータは笑顔でそう言うと、ユリウスは一瞬目を見開いたが、「行ってきます」と笑顔で返し、ゆっくりと扉を閉めた。

 扉の外ではデュオが控えていたが、ユリウスはレティシアと行くと言ってデュオを下がらせた。

 手を繋いだまま二人で歩き出したが、お互いに何か言葉を交わす事なく、ただ無言で歩き続け、あっという間に目的地の扉の前までたどり着いた。

 ユリウスはレティシアの手を離して向かい合うと、レティシアを引き寄せ、強く抱きしめた。
 レティシアもユリウスの背に手を回して逞しい胸板に、既に涙目になった顔を埋めた。

「……どんな些細な事で良いから、転写書に書いてね。毎日待ってるから」
「……うん。毎日、書く」
「体には気を付けて。くれぐれも無茶はしないで」
「……それは私の台詞だよ。ユーリ兄様、無理なんかせずに、折角の学園生活楽しんで」
「レティが居ないとどうかな……。出来る限り頑張る」
「楽しむのを頑張るって……。変な兄様」

 二人して抱き合いながら笑い合うと、意を決したようにユリウスは抱擁を解いた。

 扉の取っ手を回し、ゆっくりと扉を押し開ける。
 取っ手を掴んだまま扉を潜ると、振り返ってレティシアに笑顔を見せた。

「行ってきます」
「!」

(頑張れ私。涙なんて見せないで、笑顔で見送るんだ)

 レティシアはこぼれ落ちそうな涙をグッと堪えて、笑みを浮かべた。

「っ、行ってらっしゃい!!」

 ゆっくり、ゆっくりと扉が閉まっていく。

 扉の向こうに消えていくユリウスを、目に焼き付ける様に見つめ続けた。

 ユリウスの姿が見えなくなる瞬間。ユリウスの唇が動いて、何かを呟いた気がした。
 しかし声は聞こえないまま、遂に扉は閉ざされた。


 扉が完全に閉まったと同時に、レティシアは我慢していた涙が、淀みなく流れ出た。

 頬を濡らす涙に気を向ける事なく、閉ざされた扉をただ見つめ続けた。


 しばらくしてレティシアは指でそっとなぞる様に扉に触れると、涙を流しながらもう一度、精一杯笑顔を浮かべ呟いた。

「いっいっでら゛っじゃまじぇ、お゛、お゛に゛い゛だま゛ぁ゛ぁ゛ぁァァ……」
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