レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか

宮崎世絆

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幼少期編

39 お兄様が居なくても頑張るんです

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 大号泣でユリウスを見送った後、何もする気が起きなくなったレティシアは、昼食も食べずに自室のベッドに寝転がって、ただボンヤリと時間をやり過ごしていた。

 そうして夕方に差し掛かった頃、机に置いてあった転写書が突然僅かに光ったのが見えて、慌てて飛び起きた。

「も、もしかして!!」

 急いで机に駆け寄ると、少し震える手で転写書を開いた。すると真っ白だった1ページ目に綺麗な文字が浮かび上がっていた。

「兄様の字だ! 聞いてはいたけど、本当に文字のやり取りが出来るんだ! すごい!!」

 文章の内容を早速読んでいくと、何事もなく学園行事は終了し、今はあてがわれた自室で寛いでいると綴られていた。別れてまだ半日だけど既にレティシアが恋しいとも。

 読み終えたレティシアは、寂しかった気持ちがようやく薄らいでいくのを感じた。

「兄様、初日で疲れてる筈なのに……。あっ、そうだ私も返事書かなくちゃ!」

 椅子に座って、すかさずユリウスに貰った魔法ペンを手に取り、次のページをめくって思い付くまま書き進めようとしたが、ユリウスから聞いた転写書の注意点を思い出し、今まさに書こうとしていたペンがピタリと止まった。

「あ、危なかった……。考えなしに思いの丈を書き殴るところだった。書いた内容は残らないし、兄様に読まれるんだから。ちゃんと考えてから書かないと……」

 一旦ペンを置いて目を瞑って深呼吸する。
 落ち着いたところで、何を書くか頭の中で改めて考えて整理してみる。

「……よし」

 目を開くと、再度ペンを手にして声を出しながら書き始めた。

「拝啓ユーリ兄様。早速転写書に書き込んでくれてありがとう。初めての学園生活初日、何事もなかった様で良かった。兄様と離れてまだ半日だけど、私も兄様が居ないのは凄く寂しい。でも、兄様の文字を見て、少し寂しさも和らいだよ。今日は早めに休んで、明日からの学園生活頑張ってね。レティシアより……っと。最初だし、こんなもんかな」

 しばらくするとレティシアが書いた文字が仄かに光を放ち、光が消えていくのと一緒に文字も薄くなっていき、光が完全に消えると文字も跡形もなく消えてなくなり、真っ白なページへと戻っていた。

「わー本当に消えた。これで兄様の転写書に転写されたのか。うーんファンタジー」

 転写書を閉じると、レティシアは腕を伸ばして大きく伸びをした。

「ふー、転写書のお陰で元気出たー! ……元気出たら何だかお腹空いてきちゃった。お昼食べなかったし、私だけ早めに夕食を用意してもらおっかな。……シシリー、シシリー?」
「はーい。何かご用ですか?」

 隣の部屋で待機していたシシリーが、扉を開けて顔を出した。

「お腹が空いちゃった。早めに夕食を食べたいって料理長に伝えてくれるかな?」
「! 了解です! 大至急伝えて来ます!」

 シシリーは嬉しそうな笑顔を浮かべると、小走りで部屋を出て行った。どうやら心配させてしまっていたようだ。

「兄様も学園で頑張っているんだし、私もやれる事を頑張ろう!」

 気合いを入れていると、扉のノックの音がして、返事をする前に扉が開かれた。

「レティシア様! 夕食の準備は整っているそうですよー! 早速参りましょう!」
「ありがとう、じゃあ行こっか。あとシシリー、私が返事をしてから、扉を開けるようにね」
「そうでした。気を付けまーす」

 この様子だと、またやらかすだろうな、と思いつつシシリーを従えてダイニングへと向かった。


「あれ? デュオーっ」

 振り分け階段を降りようとした時、反対側の階段奥の廊下にデュオが書類を抱えて歩いているのが見えたので、思わず手を挙げて呼び止めた。
 レティシアの声に気付いたデュオは、こちらを振り向き敬礼をすると、近づいて来てくれた。

「レティシア様。何かご用でしょうか?」
「あ、ううん。用って程じゃないのだけど。お兄様が学園に行ってしまったでしょ? 側近だったデュオは、お兄様が留守の間どうしているの?」
「そうですね。従者としての役割はなくなりましたが、家臣としての責務はありますので、それを全うする所存です。他はユリウス様に要請されている案件がありますので、その準備など、ですね」
「そっか、やっぱり忙しいんだね。ごめんなさい、引き止めてしまって。お仕事頑張って」
「ありがとうございます。では失礼致します」

 デュオは敬礼をすると、元いた廊下へ歩いていった。

「ユリウス様からの頼まれごとって何でしょうねー?」
「さあ。でも、あまり無理せずに頑張って欲しいかな。デュオは真面目だから、根を詰めすぎる気がするし」
「あー、それは同感ですー。デュオさんは若いのに、家臣の中でも優秀な人ですからねー」

 そんな話をしながらダイニングルームに向かい、シシリーがダイニングの扉を開けてくれたので中に進むと、レオナルドとルシータ、その隣にはベビーチェアに座っているルドルフがすでに席にいて、レティシアは驚いた。

「お父様とお母様? それにルルー。夕食にはまだ時間あるのに……」
「ハハッ!! レティシアが早めに夕食を食べると聞いてな! 私も小腹が空いたので、早めに夕食を取ることにしたんだよ!!」
「私もルシータと同じだ。さあ、座りなさい」
「ねーね、まんま」

(……私が落ち込んでたせい、だな)

 両親達の心遣いに胸が一杯になりながらも、笑顔で席に着いた。

「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫! ユリウス兄様が頑張ってるんだから、私も頑張ろうって、さっき決意したから! ルルー、お姉ちゃん元気元気!」
「そうか。しかし、レティが張り切ると、何をしでかすか分からないからな。ほどほどに頑張りなさい」
「レティが元気になったのは喜ばしいが! レオの言う通り、ほどほどに頑張れ!!」
「ほじょほじょー!」
「もう! 二人とも! ルドルフまで!!」

 一向に信用されていない物言いに、頬を膨らませて抗議するも、笑っている両親達を見てたら怒っているのも馬鹿馬鹿しくなって、つられて一緒に笑い出していた。


 少し寂しくて、けれど楽しい夕食の後。
 早めの夕食だったので、まだ日の入りには時間があった。

 レティシアは腹ごなしに、シシリーと野外鍛錬場で少しだけ訓練する事にした。

 ドレス姿で自衛出来る方法を教えてくれると言うので、部屋着のままで訓練を受けた。

 合気道の様な手業を教わっていたが、夕闇が近づいてきたので切り上げることとなった時、ある事を思い出したレティシアは、魔法での自衛方法を思いついたから最後に見てほしいと頼んだ。

「良いですよー。でもー、あくまで自衛ですからねー? 殺傷能力の高い攻撃魔法とかはダメですよー?」
「大丈夫だってないから」


 レティシアはシシリーから少し距離を取ると、おもむろに人差し指を突き出した。

「じゃあいくよー」

(いつしかの礼じゃあ!! 受け取れシシリー!!)


なんちゃって台風ジョーク・サイクロン!!」

 風圧を高めた風魔法が轟音と共に指から放たれた。

「ふぎゃあぁぁーー!!」

 まともに受けたシシリーはそのまま遥か彼方に飛んでいった。


 遠く後方に生えていた木のてっぺんに、かろうじて引っかかったのを確認したレティシアは満足げにうなずくと、さっさと屋敷に戻ろうと踵を返して歩き出した。


 遥か遠くから、シシリーの助けを求める声がかろうじて聞こえたが、アサシンである事を知っているレティシアはまるっきり無視して、鼻歌混じりにそのまま帰って行った。


 シクシク泣き真似をするシシリーが引っかかった木の頭上には、一番星が綺麗に輝いていた。
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